6時になったら帰りましょう
『領──……!?』
「まあ、土を踏むのは初めてなんですが……わあ!見てください、セヴォンさん!建物が石でできてますよ!」
「ちょっと、ちょっと待ってください」
通行人がよこす視線を払いながら、セヴォン達は一度馬車まで引き返した。
「…………あのですね」
「はい」セヴォンは何から言えば良いか分からず、しばらく固まってしまった。「ええと、領主──ここは王国ですから、王族だと言うのは、そうですよね。先程魔法を見ましたし」
はい、とソーレがはにかんだ。
冗談じゃない!どうして、今まで黙っていたんだ!──セヴォンは動揺のあまり叫び出しそうになったが、何とか踏みとどまった。目の前の男は知る由もないだろうが、自分は女神を殺そうとしている。セヴォンは、自身の行動を「世界紀行制作の為の旅行」と銘打ってはいるが、その本懐は大犯罪の下準備だ。もしも夢半ばで計画が挫頓すれば、自分自身はもちろん、自分と関わりをもってしまった全ての人間にまで断罪の手は伸びる。その内の一人に、他国の要人が追加されてしまった。
「……さわりだけ言いますけど、早めに別れた方がお互いの為です。ここで別れましょう」
「そんな、折角ですから一緒に回りましょうよ。そう言えば、セヴォンさんは何故ウチを目指していたんですか?私は帰省ですが」
観光だ、としか言いようがなかった。
それならばと門へ戻ろうとするソーレの肩を掴み、尚も止める。
「もう!急がなければタイムセールヒンは売り切れるんですよ。もしかして、ご存知ないんですか?タイムセール」
「知ってますけど、そうではなくて……」伝えるべき事を、何一つ伝えられない自分への溜息を噛み殺し、続ける。「……まず、建物が石でできてるのは当たり前です」
「まさか!」
「本当です。
「はあ……」
「田舎出身ということにすれば多少は誤魔化せますが、さっきみたいに大声で普通のことを言うと目立ちます」暴漢がやってるかも、と零すと、ソーレは静かになった。「とりあえず、今日はもう遅いので宿へ入りましょう。観光するにしても、目星を付けないと楽しくありませんから」
◇
『なー、いつまで付き合うんだよ。もう5軒目だぜ!』
「……別に此処で放り出してもいいけど、それで怪我されたら僕の監督責任が問われる。そっちの方が面倒だろ」
翌朝。
自領の観光を始めたソーレは買い食いを楽しんでいた。正確にはセヴォンがソーレに金を渡し、ソーレがあれこれ買ってきて、それを木陰で淡々と食べる事を「買い食い」と称していただけだが、彼に言わせればそれでも十分楽しいらしかった。このソーレ・ピストネーという男は贅沢を嫌うようで、金はあるからレストランに入ろうと言っても頑なに断った。その割には物欲しそうにショーウィンドウを眺めるので、やっぱり入ろうと声をかけても断られ……昨日は買い食いをしたから、と翌日はセヴォンの用事に。昨日は付き合いましたから、とその次の日はまたソーレの用事に。そのようにしてズルズルと月日が過ぎたものだから、セヴォンはソーレに対していくつかの事を聞きそびれた。
自国の王族と謎の男が周遊していると言うのに、なぜ行く先々で騒がれないのか。「土を踏むのははじめて」と言ったが、それでは、今までは何処で暮らしていたのか。なぜ、銃声が轟いた時点で目を覚まさなかったのか。聞こう聞こうとは思うものの、口に出すタイミングがない。
◇
いつかの夕方。セヴォンが遂に口を開いた時、遮るように鐘が二度鳴った。通りの街頭が瞬く間に灯り、店が閉まり、街にいるすべての人々が何処かへ消える。
「これは……」
夜の訪れを拒絶する、銅と鉛がぶつかる轟音。
鐘はゴオンゴオンと鳴り続け、悲しげな旋律を奏でだした。
「ジョンダの鐘ですよ」セヴォンは街の様子を眺めて続ける。「毎月末、午後6時に必ず鳴る鐘です。鐘の音が聞こえたら、どんな状況であろうと家に帰って家族と過ごすと言う制度で……ああ、えっと。要するに、6時になったら帰りましょうですね」
「へぇ。何故6時なんでしょう?」
「さあ……あぁ、でも、そうだ──」
セヴォンは鞄から本を取り出すと、「わらべうた」と書かれたページを開いてソーレに読み聞かせた。
いつの
この
どうか、どうか、
どうか、
どうか、どうか、
どうか、
この音が鳴りし所こそ、あなたの家族がいる所。
店員が慌ただしく食器を片付ける音と、鳴り響く鐘の音。セヴォン達が座るテーブルを除いて、世界はとても騒々しかった。
「……嫌だな、縁起でもない。これじゃあ、まるで──いえ。これは、あくまで詩ですよね?誰かが作り出した、架空のお話……そうでしょう?セヴォンさん」
セヴォンは何も返事をしなかった。
同情と、諌めを込めた視線だけを返して、ただ黙っていた。
「……恐ろしいですよね。家族と再会するのは」
「いえ、まさか。むしろ楽しみに思っているんですが……恐ろしいのは、その後の事です。
セヴォンは黙って頷いた。
断る理由がなかった。
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