第二十四話

 僕は目一杯息を吸う。すると、ひんやりとした空気が僕の鼻を伝って喉元を通る。都会ではあまり味わえない感覚だ。そして目の前には美少女が2人、わいわいと戯れながらBBQの準備をしていた。それを僕はベンチに座って遠目から見ている。僕の担当である薪拾いは少し前に終わっており、今は暇を持て余しているっていう感じだ。だが、この光景を見ていて何故だが疑問に思うことがあった。


「あれ?前にもどこか同じようなところに来たことがある気がする。いや、見たことがある?」


 僕は首を傾げて精一杯思い出そうとする。だが、そう簡単には思い出せなかった。


「まあ忘れるってことはそこまで重要なことじゃないんだろうね。それなら別にいっか」


 僕はとりあえず首を振って、このことについて考えるのはやめにする。


 改めて周りを見てみると、辺りは木で囲まれていた。目を凝らして先を見ようとするが、結局木しか見えない。今ここは美桜先輩の家が所有する土地なのだそうだ。森の中の一部を伐採して少しスペースを作ったような感じ。BBQをするにはもってこいの場所だ。


 僕が周囲を見回していると、こちらに近づく足音が聞こえてきた。


「桜玖さん、薪は拾い集め終わりましたか?ちなみにこちらの準備は大方終わりましてよ」


 美桜先輩は両手にお皿と箸を持ちながら問いかけてくる。その隣では雫が眠そうな表情で目を擦っていた。


 僕は改めて薪を見てから答える。


「はい、多分これだけあれば足りると思うのですが」


「そうですね、これだけあれば余裕で足りると思いますわ。薪拾いご苦労様ですわ」


「いえ、これは僕の仕事だったので」


 そこで、雫が美桜先輩の袖をチョンチョンとつまむ。


「どうしまして?」


「食材持ってこないと」


 それを聞くと、美桜先輩はハッとしたような表情になる。


「私としたことが、忘れていましたわ。機材は持ってきたのに食材をまだ持ってきていませんでした」


「え?それ大丈夫なんですか?」


 美桜先輩はビシッと指を一本立てる。


「ノープロブレム!この近くにある小さな小屋に食材はあらかじめ置いてありますの。ここから距離もあまりないので問題はないですわ」


「そうですか、それならよかった。それじゃあ行きますか」


 僕が立とうとすると、美桜先輩から待ったの声がかかる。


「桜玖さんは座って待っててくださいまし。私と雫さんがいれば全部運んでこれますわ」


「ん、美桜先輩もそう言っていることだし、桜玖は待ってて」


 僕は少し上げた腰を元に戻す。


「わかったよ、それじゃあ二人ともよろしくお願いします」


 それだけ言うと、二人はコクリと頷いてその場を後にした。だが、途中で美桜先輩がクルッとこちらに向き直った。


「そうですわ、そのまま待っているのも暇でしょうし、飲み物を入れてきて差し上げますわ。少し待っていてくださいまし」


 それだけ言うと、駆け足で荷物が置いてある場所にかけていってしまった。


 雫は美桜先輩が行ってしまったのを見て、またこちらに戻ってくる。


「雫、ごめんね。食材の方をお願いするよ」


「ん、それは大丈夫。任せて。桜玖はゆっくり待っていればいい」


 雫はそれだけ言うと空を見上げる。


「今日はいい天気、絶好のBBQ《バーベキュー》日和」


「そうだね」


 僕も雫に習って空を見上げる。空には雲がひとつ見当たらない。日が燦々さんさんと辺りを照らしている。少し暑いくらいの日差しだが、ここが森だからだろうか、あまり不快には感じなかった。


「お待たせしましたわ!」


 美桜先輩は両手でマグカップを持ちながらこちらに駆けてくる。


「はい、これを飲んでくださいまし。私が一番好きな紅茶ですわ!」


「紅茶ですか?紅茶ってそんなにいっぱいいろんなものがあるんですか?」


 美桜先輩ため息を吐きながらこちらにマグカップを手渡してくる。


「お茶には茶葉というものがありますわ。茶葉が違うだけで味も全然違うんですのよ」


「あ、そうですよね。あははは」


 僕は恥ずかしくなって笑って誤魔化す。


「それじゃあ私たちは行ってきますね」


「ん、それじゃあ行ってくる」


 美桜先輩と雫は再びこちらを離れて行った。だが、またしても美桜先輩がこちらを振り返る。


「新鮮なお肉を持って参りますので、期待しててくださいまし」


 それだけ言うと、また美桜先輩たちは歩き始めた。


「美桜先輩もああ言っていることだし、期待して待とうかな」


 僕は紅茶を口に含む。


「うん、たしかに美味しい」


 そのまま紅茶を啜りながら美桜先輩たちを待つ。だが、気がつけば僕は眠ってしまっていた。まるで気を失うかのように。


 僕を中心に、周りは静寂に包まれている。だが、完全に意識が落ちる寸前、遠くから人の叫び声のようなものが聞こえた気がする。それでも僕は眠気に勝てず、そのまま意識を手放したのだった。


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