『罪擦り編』

 青山は側にあった椅子を持ち上げ、引き戸の方へ向かった。どうやら壊す気のようだ。

「っざけんなよコラァッ! こんなとこに閉じ込めやがってクソがッ!!」

 ガンガンと、しきりにぶつけるもガラスは割れず。さらには机の脚で思いきりどつくも……まったく微動だにしない様子だ。やっぱり、物理的になんとかするのは無理なんだろう。何より、戸が揺れもしていない。まるでコンクリートの壁だ。

 まったくどうして、こんなことに巻き込まれなきゃならないんだ……悲観した僕は床にへたり込み、スマホをグッと握りしめた。そんな僕の目の前を啓介が横切っていく。

「っおい傑、やめろ! もう壊れないのは分かってるだろ。窓ガラスが割れなかった時点で、おかしすぎるんだ。お前も、さっき言ってただろ」

「くそがっ!! こんなとこでこんな変な話、受け入れろってのかよ!? ふざけんじゃねえ、舐めやがって……!」

「違うって落ち着けよ! もし本当の話なら教師を見つけないとさ、俺もお前も処刑されるかもしれないんだぞ? 話し合って、しっかり教師を見極めた方がいいだろ!」

「っく、畜生が……クソったれえっ!」

 ガコンッ! と蹴飛ばされた椅子の放つ音が、現状の虚しさを強調させた。

「傑、落ち着いて考えよう。いま焦ってもどうにもならないだろ。ちゃんと状況理解しないとさ」

「ちっ、誰なんだよ……誰だ、その教師ってのはよ……」

「分かんないけど……とにかくこれから、ちゃんと話し合えばボロが出たり、手がかりが掴めるかもしれない。

 それこそ、ろくに議論ができないまま票が分かれたら、お前が最初の犠牲になりかねないんだからな? 冷静になれよ」

「……くそ面倒くせえな。なんなんだ畜生」

「それに時間だって、限りあるみたいだし……」

 すると青山は、いきなり僕を睨んできた。

「あぁ……わかったぞ、お前か? そうだ。お前だろ永田!」

 は……? おいおい嘘だろコイツ。冗談じゃない。何を言ってるんだ、不条理にも程があるだろ!

 凄い形相で向かってくる青山に、慌てて尻を床に這わせながら後ずさるも、あっという間に胸ぐらを掴み上げられてしまった。

「痛っ……なんだよ……」

「おいこらぁ永田っ! てめえなんだろ!!」

「ちょっ……ちょっと、待ってよ! 僕じゃない……なんで僕なんだよっ、冗談やめてくれ! 僕はこんなの知らないよ!」

 すると背後から、青山の腕を掴む啓介の姿。

「おい待てってやめろよ傑! 漣が教師だってまだ決められないだろ、何の証拠もないんだからっ!」

 そうだ証拠がない! それなのにこいつは、なに勝手に決めつけてんだ。しかも、こんな時にまで暴力を振りかざして、解決しようとするなんてどこまで馬鹿なんだこいつは……青山の理不尽な所業に口元が歪む中、大きな手は離れることなく僕を締め上げてきた。

「うっせえよ、コイツに決まってんだろうが! イジメられて、その腹いせにこんなこと仕組みやがったんだ。くだらねえことしやがって。そうだろ、ぁあ!?」

 く……ダメだこいつは、とことんクソだ。僕じゃないのに……冗談じゃないぞ。こんなとこで処刑に選ばれてたまるか。こいつが処刑されろよ! 僕は目に力を籠めて睨み返す。今までにこんな強く人を睨んだことは無い。これが窮鼠猫を噛む、というやつだろうか。

「……っなんでだよ、僕は知らないよ! だって、そしたら何で啓介まで恨まなきゃいけないんだよ!? 沙羅のことだってそうだ! 恩こそあっても、恨むなんてしない。おかしいだろそんなのっ!」

「てめえ、言い訳してんじゃねえよ!」

 そう言って片腕を振り上げた瞬間、視界の半分には栗色の髪がふわっと靡き、鼻には甘い香りが入り込む……沙羅だ。

「ねえ青山君やめてっ! まだ決まってないでしょ? 決めつけないで、いったん落ち着いて考えようよ。だって教師さえ見つければ、私たちみんなが出られるんだよ。

 こうやって人に擦りつけるようなことしてたら、それこそ怪しくなるでしょ? ここで言い争ってる時間だって無いんだよ!」

 青山は数秒黙り込んでから舌打ち。乱暴に僕から手を離した。

 襟元を正して座り込んだ僕は唇を噛みしめる。

 ありえない……あいつはクソ過ぎだ。だから嫌なんだ、ああいうやつ。人のことを乱暴に貶して自己満足に浸るエゴイストめ。

 そうやって顔を顰めて俯いていると、心配そうに眉尻を下げた沙羅の顔が覗いてきた。

「ねぇ漣君、大丈夫だった……?」

「えっあぁ……ごめん、ありがとう沙羅。それに啓介も」

「ほら、立てるか?」

 啓介が手を差し出してくる。

「うん、ありがとう。おかげで助かったよ」

「……しっかり話し合って決めないとな。嫌な感じだ、この中にこれを仕組んだのがいるなんてさ」

 まったくだ……しかし青山のような奴がいたら、ロクな話し合いにならないだろう。前途多難な状況に僕の表情は曇りゆく一方だった。

 それにしても二人には、いつも守られている気がする。有り難いことだ。

 思い返せば、小学校や中学校ではこうして守られることは無かった。周りは見て見ぬふり。なんなら笑っている奴だっていたくらいだ。

 そして僕が一番驚いたのは、先生が揶揄って馬鹿にしてきたこと。あんなのが先生で良いのかと、教育現場の実態に落胆したのは今でもはっきりと覚えている。

 世の中、思いのほか汚れているのだ。かつて小学生時代にいじめから女の子を救おうとした実績だけが、未だに汚れず僅かばかり輝いている。泥の中の小さな砂金のように。まぁだから何だ、という話ではあるが……あの時の女の子にとって、僕は啓介や沙羅のように見えていたのだろうか。

 だとしたら、過去の僕を少し讃えてあげたいところだ。勲章ってやつだな。

 その後、啓介や沙羅が率先して仕切る形で、机を突き合わせ八人で話し合いをすることに。片側に啓介、僕、沙羅、梶ヶ谷。他の四人は向かいに座る形だ。

 皆は啓介たちに反対することは無く、大人しく従っていた。どうすれば良いのか分からない状況で、導く人がいると必然的に頼ってしまうものなのかもしれない。思いのほか淡々と話し合いの場が作られた形だ。

 それにしても、教師とやらをどうやって見つければ良いのか。まったくヒントが無いというのに。もう頭はグチャグチャだ。また自分が疑われるはず、という不安からだろうか。僕は机の上に乗せた手を意味も無くさすり、啓介の話に耳を傾けた。

「みんな混乱しているわけだ。しっかり状況を理解してから、今後どうするかを話し合っていこう。

 まずは、いま置かれている状況だけど……とりあえず俺たちの中に、恨みから処刑アプリを使ってこれを仕組んだ教師が一人いるってわけだ。ただ、その恨みの範囲や内容が分からない。一人に対してなのか、若しくは複数なのか……そしてスマホにタイマーが表示されてる。これがリミットっていうことだろうな」

 僕は手元のスマホに目をやった。たしかに、さっき気付かなかったけどタイマーが見える。残り時間から察するに、僕たちが日々受ける授業と同じで五十分間のようだ。さっき六限目まであると言っていたが、最大で六回の処刑が行われるというわけか……通常なら四限目の後には昼休みが挟まれるはずだが、そこでも何か行われるのか? まさか昼食は出ないと思うが……そもそも食欲など微塵も無いし、この後もたぶん湧かないだろう。

 何にしろ、一限目で教師を見つけたいところだ。もっとも『処刑』がいったい、どういうものか気になるところだが……まぁ今は、それを考えている場合ではないだろう。僕はゴクリと、言い得ぬ緊張を落とし込んだ。

「これがゼロになる前に誰かを選ばないと、自動的に青山から処刑されてしまうわけだ。そしてもし、教師を選択することができたなら俺たちは助かる。

 つまり、理不尽に閉じ込められた全員が助かるチャンス……それは一度だけってことになるな。この一限目が終わった時に、教師が選択されていないといけないってわけだ。処刑の内容は分からないけど、犠牲が出るかどうかはここにかかってる」

 僕はこのまま選択せずにいても一向に構わないところだ。むしろ大歓迎。そしたら処刑がどういう事なのか分かるし、害だって少なくなるわけだからな。

 しかしそれとは別に、いったい恨みを持ちそうな奴は誰だ……青山に町田、それから梶ヶ谷あたりも怪しいな。というか、僕はいつ恨みをかってしまったというんだ? 正直なところ心当たりなんて、全くと言っていい程に無い。なぜ恨まれないといけないんだ。ただ静かに過ごしてきただけなのに。

 でも啓介が言っていたように、もし恨み相手が特定の誰かなら僕はただの犠牲者ってことか……クソ、なんでこんなことに。僕は唇を噛み、話の続きを聞いた。

「これは酷な話だけど……誰かを決めないといけない。じゃないと、どのみち誰かが処刑されるうえに無用な犠牲が生まれてしまうかもしれないわけだ。だから誰を選ぶのか……それを、これから慎重に話し合っていこう」

 するといきなりドンッ! という音。青山が机を叩いたようだ。僕を指さしている。嫌な想像は一瞬で、僕の頭を埋めた。

「だからよ! どう考えても永田だろうが! こいつにしようぜ。おい荏田、お前もそう思ってんだろ?」

「ああ、まぁねえ……コミュ障だし? 青山に恨みあって、それにウチら巻き込まれたぁ的な感じで。だからワンチャン、こいつあるよねぇ」

 僕はグッと歯を食いしばった。こいつらクソ過ぎんだろ……なんで僕なんだ。だいたい、話し合いにすらなってないじゃないか。こんな一方的な軽いノリで、処刑対象にされてたまるかよ! 何か言い返さないとダメだ。僕は、焦りを滲ませながら立ち上がる。

「いや、ちょっと待ってよ! 僕は教師じゃないって、そうやって決めつけないでよ!」

 すると青山は威嚇するようにギロッと睨んできた。

「は? だったら、その証拠を見せてみろよ」

「え……? そんな……証拠って何だよ、それ。だってさっきも言ったけど、僕を気にかけてくれる啓介や沙羅を恨んで、こんな意味不明なことに巻き込むわけがないでしょ!?」

「さあな? お前がサイコパスで、狂ってたって落ちじゃねぇのか? 対人問題アリの永田なんだからよ。何があっても、おかしくねえだろうが」

「……っな、なんでだよ! 僕はそんなイカれてないっ!」

 するとさっきまでジッとスマホに視線を落とし、考え込むような素振りを見せていた町田が突然、僕に目を向けてきた。

「いいや……永田さ。逆恨みしたかもしれないよね。あたしは永田かなって思うな」

 は……? おいおいおいおい! なんだよ、こいつ嘘だろ。僕のこと全然知らない癖に何を言ってるんだ? 冗談じゃないぞ……これで三人、僕の票が集まりすぎだ。なんとかしないと……でもどうすりゃいいんだよクソ。ていうか何だよ町田の奴、こんな時に意味わかんない同調してくんなよ!

 僕は固く握った拳を、さらに強く握りしめる。

「っだからさ。なんでだよ……そんな逆恨みとかさ。僕は、そんなことしないからっ! だいたい僕がこんなことする度胸なんて無いの分かってるでしょ! 本当にやってないんだよ!!」

 必死に訴えてみるも、その眼鏡の奥にある怪訝な目つきは変わらず。状況が状況だからか皆の視線まで異様に怖くなってくる。まるで冤罪裁判にかけられている気分だ。もしこれで、神保さんや梶ヶ谷の票まで流れてしまったら僕は処刑されてしまう……正直言ってクソ最悪だ。

 僕は机上に視線を落とし、顔を強張らせる。そんな僕に追い打ちをかける様に、町田は敵意のある溜息を吐いてきた。

「んん……どうだろうかねぇ? というか実際のとこさ、親切心を自分に対しての侮蔑にとらえて逆恨みしちゃう子ってリアルにいるし。永田も親切にされるのが惨めだったんじゃないのかね。本当は恨んでたんじゃない? そこの二人のことだって」

 こいつ……よくもそんな虚言をぬけぬけと。僕は、声にならない声を口の中で籠らせた。

 急に追い詰められたことで、頭が真っ白になりロクな言葉が思いつかないが、何か言わなければと口を開く。

「っく……そんな、そんな捻くれたこと、僕は考えてないから! だったら、僕を教師にさせようとしてるお前らの方が、ずっと怪しいじゃないか! 教師だけど選ばれたくないから、そうやって僕を選ばせようとしてるんじゃないのかよ!」

 すると青山は、いきなり失笑し始めた。

「永田、お前は馬鹿なのか? 教師云々っていうよりな、全員名前いれられたかねぇんだわ。今は、そう言う話をしてんじゃねえんだよ。

 恨みを持ってそうな奴とか、こいういことやりそうな奴を探すっていう話してんだろうが。

 お前は本当にアホだな。んなことも分かんねえのかよ」

「くっ……そ……」

「そんでもって、お前が一番やりそーなんだよ。こりゃもう、こいつで決まりだな」

「っなん、なんでだよ……だから違うって僕じゃない! なんで僕が、そんなに言われなきゃならないだよ! 僕はやってない!」

「やってないって言うだろうが、やってる奴は。あははは!」

 ダメだ、こんなのあんまりだ。話しにならないじゃないか……理不尽過ぎる。僕の顔はあっという間に、嫌な汗を滲ませて歪んでいった。

「ちょっと待って!」

 沙羅の力強い声が響く。目を向ければ、凛々しく皆を見やる沙羅がいた。

 なんとなしに、沙羅が救世主になる予感……これまでの経験からだろうか。何かを期待してしまう自分がやるせないが、もう頼みの綱は沙羅か啓介しかいないのが事実。僕は固唾を飲んだ。

「煽り立てるようなことしないで、まず落ち着こう。感情的になったら冷静な判断できないよ。それにね、私は漣君じゃないと思うの」

 僕の胸には一瞬で希望が満ち溢れた。突き落とされた井戸の底で震えて蹲る中、温もりある手を差し伸べられた気分だ。こういう人のことを『神』と言うのだろう……もう心からの感謝しかない。なんてお礼を言えば良いのか……僕は嬉しくて泣きそうになる気持ちを堪える様に、俯きながらストンと椅子に腰を下ろした。

「おいおい、マジで言ってんのか? 渋谷は、なんでこいつじゃねえって言えんだよ。お前だって、こいつに恨まれてるかもしれねえんだぞ?」

「……だって、この教室に入るのを躊躇ってたんだもん。教師として、これを仕組んでいたんなら、あんな本気で怖がるのかなって思った。

 それにね、私が大橋君と会って漣君を見つけた時だって……素で驚いている様子だったんだよね。悲鳴が聞こえた時も、本気で怖がってたし。近くにいたから分かるの。大橋君はどうかな?」

 沙羅……助け船を出してくれたけど、怖がり過ぎてる僕を暴露されるのは、神保さんがいる手前……少しばかり複雑な気持ちだ。

 僕は一層深く俯く。すると隣では「たしかにそうだな……」と啓介の声。

「渋谷の言う通りかもしれない。それに不審な点で言えば……最初にこの教室にいた町田と梶ヶ谷も、ちょっと怪しくないか?」

 町田に目を向けると、さっきの余裕の顔は一変。唖然とした様子で、口を半開きにさせていた。そして、慌てた様子で「は? なんでよ、冗談。なんであたしなわけ?」と不満げな声を出す。沙羅越しには「そ、そうだよ。別に怪しくないでしょ」と不安げな梶ヶ谷の声が聞こえた。

「まあ待って。素直に疑問を感じたから言っただけだよ。最初から二人でいたのは、町田たちだけだからさ。

 俺と渋谷は階段で、その後一人でいた漣と合流した。傑と神保も階段で出くわしたらしい。そして荏田は、あとからそこへ加わってきたわけだ。だから町田と梶ヶ谷の二人以外は、こうやって校舎内でバッタリ会ってるんだよ。これって、ちょっと不自然じゃないか?」

「っなんでよ! 別に、ただそうだっただけじゃないっ!」

「そ、そうだよ。気づいたら二人だっただけで、そんなのこじつけだよ……」

 そこで啓介は皆に視線を移す。

「みんなも考えてみてくれないか。もしグルだったらってことを」

 その場には沈黙が生まれた。グルとは、いったいどういうことだろうか。教師は一人のはずなのに。僕は無い頭で考え始める。

「もしグルなら、それだけで二票固まるし、周囲の印象を操作しやすい。自ずと最後まで残れる可能性が、大きくなるわけだろ? 教師は望みってのを叶える。そして協力者も最後まで残って無事に下校して、教師から何らかの報酬を受ける。そんなシナリオが描けるんじゃないか?」

 この瞬間、頭で光の筋がすっと伸び、バラけていた情報が綺麗に繋がった。そこまで考えが及ばなかった。たしかに、最後まで残れた生徒は下校できると言っていたわけだ。それが協力者か……そうともなれば、最初からこの教室に二人でいた町田と梶ヶ谷が怪しい気がする。なんで二人セットだったんだ?

 皆の視線が一気に集中する中、町田は首を振った。

「なんでっ!? あり得ない、だいたい恨みとかない。なんであたしが仕込むのよ、変なこと言うの止めてよね!」

 すると荏田が、何か気づいたような面持ちで首を傾けた。

「んぁー今さぁ、思い出したわ。そうだよ、ウチ知ってんだよねぇ」

「はっ……? 何が?」

「いやぁ、町田さぁ。裏アカ使ってオカルト的なのやってんでしょ?」

 これに町田は、明らかに動揺し始めた。

「ちょ、っそ……どうして、それを……」

「あははっ。ちらって見えちゃったんだよねー。学校の昼休みの時さぁ。何か呪詛とか蟲毒とかキモイの調べてたし。いじってんの覗けば、裏アカで何かしてたっぽかったしーあっほら、ダリってウチの裏アカね」

 すると町田は何か心当たりがあったようだ。目を見開いて口をまごつかせている。

「な……っなんで。嘘でしょ。呪い方を教えてくれって、しつこく聞いてきたの……荏田だったわけ!?」

「そうそー、まぁ遊び半分で絡んでみた感じ? こっそり皆に教えちゃったけど。で、皆とやっぱ町田やべーって盛り上がったの、いま思い出したわ。考えたらこれも、処刑アプリとか言ってたっしょ? 町田ってそういうの、まー好きそうじゃん?」

 なんでそういう大事な事、もっと早く思い出せないんだよこいつ! その無意味にくるくるする髪とか指とかペラペラ喋くる口じゃなくて、頭回せよアタマ! まったく……僕は、ぐぬぬと顔を歪める。

 すると町田は泡食ったようにその場で立ち上がり、机に両手をバチンッと叩きつけた。

「ちょ、待ってよ! 違うっ、あたしは確かに裏アカでオカルト情報発信して、呪術とかいろいろ教えてるけど、これは知らない! 本当に知らないから!」

 しかし、町田に対する訝し気な視線と雰囲気は閉塞感を与えたようだ。町田の表情は一層険しくなっていく。

「は、嘘でしょ……なんでよ、なんっであたしが……っていうかバラしたの荏田かよウザッ……!」

 町田は口元を歪め、荏田の腕を勢いよく掴み上げた。

「あんたのせいでっ!! ふざけんなよっ、あたしはやってないぞ!!」

「っんだよ……放せよ痛い!」

 荏田は振りほどこうと腕を揺さぶり、バタバタしながら互いに睨み合いを始めるが、席を立った啓介と青山によって町田の腕が押さえられた。

「……っく、なんだよあたしじゃない! 放せよっざけんな!」

 啓介は「待てよ落ち着け町田! まだ決まったわけじゃないだろっ!」と声をかけるが、パニクっているようで必死の形相になっている。その気持ちは分かる。僕がさっきそうだったんだからな……。

「あたしじゃないんだよ! だいたい恨んでるやつなんていないしっ!」

 すると、行方を見守っていた神保さんが「でも、私恨まれてるかも……しれないわ」と口を開いた。町田は、もがく動きをぴたりと止めて振り向き「……は?」と力無い声。

「前にわたし、調子に乗ってるとか……目の前で言われたことあったから。だからまだ恨まれてるのかもって、いま思ったの」

「……い、いやっ何言ってんの。それは一年の時の話しでしょ? なんでそんなのいまさら、ありえないから! ふざけないでよね!」

 おいおいこいつ、神保さんにそんなこと言ってたのか。許せない……僕としては処刑決定だぞ。

 青山は町田の肩を掴み、席に抑えつける。

「おい、もう諦めろよクソが。てめえのせいで迷惑してんだよ。グルは梶ヶ谷か?」

 梶ヶ谷は慌てた様子で「な、なんで……知らないよっ!」と声を上げた。

「……だからあたしじゃないし! グルとか知らないって言ってんじゃんよ!」

 これに荏田は空笑いを響かせる。

「いやいや町田さぁ。いま実際に、真理亜恨んでたって事実が出たんだよー? しかも裏アカで好き放題、愚痴こぼしてんのも知ってるし。もう決定だっての。絶対こいつだわ。普段から変なオカルトしてんのもさぁ、マジで怪しすぎでしょ。そう言う関係で、この変なのも見つけたんじゃないわけ?」

 たしかに呪術なんてものに興味を持っていると、こういうことをやりかねないか。じゃあ町田が教師で正解か……? 考え込む僕の前で、青山は舌打ちを響かせる。

「ったく町田はよ、一年の頃から空気読めないでいたもんな? お前さ、省かれ気味になったのは、自分が原因なの分かってねえのか? 考えてみりゃそうだわ、こんな自己中女だったらやりかねないだろ」

「そうそう、だからもう町田は確実なわけ。あっはは、仕返しできずに残念過ぎるけどね」

 すると町田は鬼の形相になり、荏田を睨み始めた。

「はああっ!? なんでっ!? ふざけんなよっ、ウザすぎんだけど!!」

「おい荏田、傑も! 煽るなやめとけ。町田もちょっと落ち着けよ!」

 啓介は、町田を抑えるのを青山に任せると皆へ目を向けた。

「みんな聞いてくれ。基本的に、誰が誰に投票したのかは分からないわけだ。町田を疑ってない人だって、この中にいるはず。だから落ち着いて話をして、投票を各々で決めればいい。

 特に最初は、教師を当てないと犠牲が生まれてしまう大事な局面だろ。ちゃんとした話し合いが必要だ。まだ、町田や梶ヶ谷と決まったわけでもないしな……町田、お前もいいか?」

 バンッ! と町田は机を一叩き。そのまま顔を伏せて泣き崩れてしまった。

 聞いた話と素行的にはやりそうだが……本当に教師なら、こうやって取り乱して泣くのだろうか。あまりにも単純すぎやしないか? 疑心暗鬼とはまさに、今の心境を言うのだろう。僕にはさっぱり誰が教師であるかの見当が付かなくなってしまった。

 僕の隣に戻った啓介は、どうしたものかといった様子で小さく唸る。

「にしても、恨みから処刑アプリを使ったって言ってたよな。でももしここで今みたいに、誰かの恨みが分かったとしてもだ……その人が使ったかどうかは別問題とも言えるからな。誰だって恨みの一つや二つあるだろうし。

 ただ、ここにいる全員に恨みがあるとすればそれは、何か共通点みたいなもので探れるんじゃないか?」

 荏田は、とうとう頭がパンクしたらしい。ぐてっと机に伏せ始めた。

「めんっどくさいなー。ってか共通ってったってなぁ……ウチら皆クラス変わらないで、そのままなことくらいじゃない? あとは部活やってないのが多いとかくらい?」

「ああ、そうだな……なかなか共通点って言っても、すぐには見つけにくいか」

「んでしょー? 強く恨み持ちそうなやつが、そういう危険なのやらかすわけっしょ? それだったらやっぱ町田とか永田とかさー、あと梶ヶ谷あたり何考えてるか分かんないし怪しくない? だから、とりあえずは町田決定でいいっしょ」

 またこいつは性懲りも無く……見た目だけで決めつけやがって。お前だって容疑者に変わりはないんだぞ! 僕は口元をギュッと力ませ、そう言ったことにしておいた。

 そういや、町田は反論することを止めてしまったようだ。すっかり憔悴してしまっている。この姿を見れば、教師ではなさそうな心象を受けるが……これは演技なのだろうか。ダメだ、分かんない。そして今も、教師はこの中に隠れて演技をしているということだ……よく考えると怖い。頭がこんがらがっていく一方の僕は答えを求める様に啓介を見やった。

「んん……決める要素にはならないけど、こうして地道に探っていくしかないか。皆の素直な意見が聞きたいところだな。ここにいる誰かに纏わるエピソードがあったら、隠さずに言って欲しい」

 すると「そうだね」と同意する沙羅の声。

「私も、できるだけ皆の意見とか情報を聞きたい。誰かを恨んでそうな関係だったり、何か気にしてそうな人がいたとか、睨んでたとかの些細なことでも良いんだ。何か、無いかな……?」

 僕は神保さんをこっそり観察することと、沙羅や啓介と他愛ない会話をする程度だ……役に立てそうにはないな。しかし青山は心当たりがあったようだ。

「そういや梶ヶ谷。お前、永田のこと結構睨んでたよな? もしかして何か関係してんのか?」

 梶ヶ谷は動揺した様子で「えっ……!?」と声を漏らした。そう言えばそうだ。僕は梶ヶ谷とよく目が合う。なんで僕を見てくるのかとは思っていたけど、もしかして恨まれていたのか? でも心当たり何てないぞ。

「べ、別にそんな……睨んでなんてないよ」

「んあ? じゃあなんで、いつもあんなに見てんだよ?」

「そ、それは……」

 何だ……? なんでこんなに答えづらそうにしているんだ、こいつは。まさか本当に僕に恨みがあるのか? 仮に恨みがあると言っても処刑アプリを使ったかどうかは分からないが……ただ、今は情報が欲しいところだ。そこで、梶ヶ谷に抱えていた疑義を問うてみることに。

「ねぇ、梶ヶ谷はなんでそんな見てたの? 結構な確率で僕と目が合うから、ずっと気にはなってたんだけど……何か僕、恨まれることしたの?」

「っえ。いや、その……違うよ。べ、別に僕は永田君を恨んでなんてない。本当だよ」

 すると、しびれを切らした青山が机をバンッ! と叩く。

「だから何でおめぇが、いつもガン飛ばしてんのか聞いてんだよっ! 理由を言えって、言ってんのが分かんねえのか。てめえはよ!」

 僕は思った。なんでこいつは、すぐに音を立てるんだろうかと。別にここには熊いないぞ。あ、いやお前が熊だな。クマ科なんだこいつは。蜂蜜の海で窒息しろ。僕は心の目で青山を睨んでやった。

 それにしても、梶ヶ谷は明らかに焦りを見せているようだ。何を隠しているんだろうか?

「っい……いやだから。そ、そういうつもりじゃないんだよ。べ、別に何も意味は……ないからさ」

「おい、梶ヶ谷。てめえ何か隠してんだろ……? 何でそんなキョドってんだよ、さっきから」

 すると、とうとう俯いて黙りこくってしまった。これはどういうことだ……こんなの町田より怪しいじゃないか。少なくとも僕にとってはだが。まさか梶ヶ谷が教師なのか?

 そして数秒の沈黙が場を支配したところで沙羅が「ちょっと、一回まとめない?」と提案し始めた。

「いまいろいろ情報が出てきて、判断材料が増えたわけだよね。最初は漣君を疑ってたでしょ? その次に町田さん、いま梶ヶ谷君って来てる。

 このままだと散らかっちゃうと思うし。ここで一度、一番怪しい人を指さしで決めて、その人の言い分をしっかり聞くっていうのはどうかな?」

 これに啓介は深く頷く。

「ああ、それがいいかもな。結局、曖昧な議論で票が分かれたら、無駄な犠牲が出るかもしれない、一定程度は固めた方が良いだろ。そのきっかけとして、一番疑わしいやつを確認する作業は大事だな。そうすれば本人の弁明の機会も生まれるし、擁護する意見を募ることもできるわけだ」

 この提案に反論する者は出ず、嫌疑の強い者を決める場が設けられることとなった。確かに弁明する機会を、しっかり与えるのは大切だろう。さっき僕には、それさえも与えられなかったのだから。その必要性は痛く感じるところだ。こうやって民主主義が出来上がるのだろうか。

 そして、最も指さされた者は町田だった。そりゃそうなるか……呪いとか関わっている時点で怪しいわけだからな。町田も予想していたのか、たいして反応を見せず。沙羅は情けを漂わせる顔で口を開いた。

「……ねぇ、町田さん。いま一番みんなに疑われてるけど、何か言いたいことあったら、ここでしっかり言って? じゃないと、ほら疑いが晴れないよ?」

 しかし町田は、無表情で周囲を睨み始める。

「……もういい。なに言ったって、どうせ言い訳にしかならないじゃんさ。最悪だよお前ら……あたしは本当に教師じゃないしね」

「町田さん……」

 数秒の静寂……町田は盛大に溜息を吐いた。

「ああぁぁーいいよ。あたしを選んだら、お前ら全員呪い殺してやるからさ。ははっ……ははは、みんな苦しんで死ねよ。あっはははは!!」

 なんてこった。町田……とうとう自暴自棄になったのか。これはとりあえず、町田が教師ということで決着しそうだな。憂いの目を向ける僕の視界隅では、青山が鼻で笑い始めた。

「ああったく……こりゃ決まりだな。やっぱ町田と梶ヶ谷がグルだったんだ。怪しすぎだしな、お前らよ」

 荏田は、それに同調するように頷く。

「それなぁ。ウチも思うわそれ。思った通りにならなくって壊れてんの。残念すぎでしょこいつ。それに、疑わしきはとか言うじゃん。こりゃもう決まりだよねぇ。ってかウチ、早く帰りたいわぁ……」

 こいつはアホの子なのか? 疑わしきは罰せずの意味を、完全に履き違えているのだろうな。トイレのスリッパで飛行機に乗るくらいのレベルで。僕は胸の内で嘲笑ってやった。

 すると隣で、啓介が迷いのある様子で唸った。

「そうだな……町田は良いのかそれで。もう時間がない、何か弁明しないとこのままじゃ、お前になっ……まちだ?」

 町田はいきなり、カチャン……と眼鏡を無造作に机上へ転がせた。そして肩を揺らしながら笑い始める。どうやら本当に壊れてしまったようだ……。

「っふふ……アハハハハハ!! あぁぁああっ! もうお前ら死ねよッ、全員死ねーッ! いいよ……どうぞほら、あたしを選べば? というかね……お前らのこと、始めっから嫌いだったんだけどなァア!?

 梶ヶ谷はさぁ、中学ん時覚えてるよね? お前のせいで散々だったよ。委員会でお前がよく休むから、あたしばっかり仕事増えて……それでも優しくしてやってたけど、あれ別に好きな先輩がいたからだぞ? でもそのせいで、お前ひっついてくんのクソうざかったよ! それから変な噂立って揶揄われてっ、お前のせいで……お前のせいなんだよ全部ーッ!! だから高校じゃ、お人好しキャラやめて心機一転しようとしたら、まぁたお前の顔見ることになるとか……正直最悪だよマジでさァア!!

 それに永田……何なのあれ。いつもそこの二人に、気にかけてもらって自分じゃ何もしない。っははは……ほんとに何あれ? お前子供かよ。キモいんだよ!!

 神保もお前なんで持て囃されてんの? 顔が良い。成績上位。演劇部で優秀。現代アートも評価される。だからァア!? あたしの方が学年成績上だし、トリリンガルだしねーッ!! 自分だけ才有るみたいに、いつも気取った感じで澄ましてるの本当ムカつくんだよ! お前さぁ、ちょっとできて、胸がでかいくらいで調子に乗ってんな……肉便器にでもなってろよカスーッ!!」

 僕は呆然自失となった。僕だけじゃない、皆も呆然と固まっている。だって、豹変するにもほどがあるだろ。人間ってここまで変われるものなのか? いやこれが本来の人間の姿なのか? 狂気そのものだ……こんなところで町田に、言葉を失うという初体験をさせられるとは思いもしなかった。それに中学で、梶ヶ谷とそういう繋がりがあったとは。

 そう言えば、神保さんは中学時代に現代アート作品が評価されたってこと聞いたっけ。高校に入ってからは演劇部の功績しか聞かないけど、まだ作品を作っているのだろうか? 才ある人……ますます僕には手の届かぬ天上の華に思えてくる。どんな人が好きなんだろう……いや、今はそう言うこと考えている場合ではないか。僕は、ふわっと浮遊した意識を現実へ切り替えた。

 町田は息を荒げて、再び不気味に笑う。

「っとに……ムカつくんだよみんな……あとは大橋な。ほんとにお前もウザい、ウザすぎ。正義の味方みたいに気取りやがって……本当にムカつく。済ました顔してリーダーぶってんじゃねえよっ!! お前もだよ渋谷ーッ!! お前らさ……なに? なに偽善者ぶってんだよクソ野郎!! もういい加減死ねよ、目障りなんだよ。気にかけてあげてるオーラがウザい! 自分より下に見やがって。空気読めないって、裏でバカにしてたんだろどうせっ! 空気読んで仲良しごっこしてるお前ら、リアルにキモいんだけど!!

 青山もだよ……人が怖くてよく吠える犬だよな。いつも、調子乗った顔見るだけで腹立たしかったし。人を揶揄って楽しんで、自分が裏で揶揄われてるのに気づいてないとか、笑えるし! なんなんだよその男は強さみたいな妄想は……だったら無人島にでも行って一人で生活してこいよ!!

 最後に荏田な……お前くそすぎるわ。あんたが一番クソだわ。あたしのこと遊んでたんだな。だから、普通の付き合いしてる子とかも、みんな変な目で見てたんだって今……分かったよ、ありがとうクソビッチ。

 あたし知ってんだよ? 青山も含めて男子三人とヤッたんだろ。このヤリマン野郎がよーッ!! お前を先に呪い殺してやるよッアハハハハハ!」

 機関銃の連射がおさまった後の様な、虚無的な静けさが教室を支配した。まるで時間が止まったようだ。町田がこんな本性を孕んでいたなんて……本当に人間怖い、怖すぎる。やっぱり関わらない方が、身のためだと実感せざるを得ないところ。

 ところで僕は、そんな情報知らなかったぞ……荏田ってそういう感じだったのか。言わずもがな僕を含め、皆の視線が一気に二人に集中された。

「……っは? いい、いや知らんし! コイツの出まかせだろ。ウチは知らないから……」

 荏田はすっかり視線が落ちてしまい、青山はバツ悪そうに顔を背けている。皆からの白眼視が痛いのだろう。でもなぜか神保さんは、たいして驚いていなさそうだ。まさか、知っていたのだろうか? 

 ともあれ、これで決まりか。壊れたように笑っている町田が処刑されれば、僕たちは出られる……良かった。でもなんでこんなことを、したんだろうか……自分が処刑されるかもしれないというのに。いろいろ恨みがあったというのは分かったが、そこまでリスクを負ってやることなのかは疑問だ。

 すると沙羅が、場の空気を切り替える様に手ぶりを交え「と、とにかくさ……」と口を開いた。

「とにかく。みんな、もう時間。誰か選択しないと。十分話し合えないのは悔しいけど、現状自分の思ってる人に決めよう」

 きっと僕は選ばれない。このままなら町田だ。僕は膝の上で町田を選択し、ほっと胸を撫で下ろした。その後、間もなくチャイムが鳴り、お決まりのノイズ音。

『お疲れさまでした。集計結果を発表します。六票が町田宇美へと投票されました。よって、処刑対象は町田宇美です』

 六票……町田は放棄したのだろうが、他に誰か選択しなかった人がいるのか。すると町田は、操り人形のように変な立ち上がり方をし始めた。

「えっなに! これ……っきゃあああぁぁ!」

 バンッ! と勢いよく前方の黒板に、宙を浮いた状態で叩きつけられたかと思うと、腕を広げ磔状態に……まるで十字架だ。ポルターガイスト現象なのかこれは……僕はただ恐恐として、その異様な光景を凝視した。

「やだぁぁ!! いやあああぁぁっ……!!」

 何が起きているのかと思えば、胸元からは滲む血が……みるみるうちにシャツが赤く染まりはじめ、脚を伝って流れていく。足元には血だまりが広がりつつあった。

 すると青山が「……おいマジか、啓介スマホ見ろ!」と声を上げた。

「っ何だこれ……まさか、俺たちが処刑しろってことか!?」

 僕は慌ててスマホを見やる。さっきまでの選択画面はなかった。代わりに、町田のキャラだけが単体で大きく映り、同じ磔状態になっている。胸にはチェーンソーが浅い部分に当たっていた。まるで殺すのをじらしているように。キャラの上には『さあ、タップして殺してあげよう』という文字。傍には、七つ横並びで灯りの消えたランプ。これは嫌な予感がする……。

「痛っぁああああ!! きゃああああぁぁっっ……!!」

 悲痛な叫びが響き渡る教室は、先ほどとは異なる緊張で充満している。早く何かしないといけないような、言い得ぬ焦燥感を執拗に与えてくるばかり。僕は、スマホの上で視線と指をウロウロさせた。そしてどうすれば良いのか答えを探すように、皆へと目を向ける。

「なあ……これ、俺たちがタップしてランプつけないと、ずっと動かないんじゃないのか!? だとしたら町田がずっと苦しむぞ……!」

 啓介の切迫した声色。たしかにチェーンソーは全く動いていない。ひたすら胸の浅い場所で血を浴びている。

「でも、こっ……これほんとに押して良いのかな」

 困惑した沙羅の声が、深刻さを醸し出す。

「……やるしかないだろ。いくらなんでも、これはむご過ぎだ」

 啓介はタップしたようだった。スマホを見れば、ランプが一つ灯っている。そして、それに続くように一つまた一つ……さらに一つと灯っていき、とうとう最後が僕になってしまった。もうタップするしかない。自分が殺すような感覚だ……クソ。

 僕は、動きづらくなった指をなんとか動かして画面に触れた。最後のランプが灯ると、チェーンソーは胸にガシガシと食い込んでいく。それと同時に町田の悲鳴は消え……ビチャビチャと何かが流れ落ちる音が虚しく教室に響いた……もう最悪だ。前を見たくない。きっと、凄惨なことになっているに違いない。想像するだけで吐き気が……気持ち悪い。

 しかし皆が、しばらく沈黙を喫しているのが気になった僕は、徐に顔を上げる。すると全員が呆然と黒板の方を見ていた。それにつられて目を向けると……驚くことに、そこには何も無かった。町田が消えていたのだ。血だまりも何もない。僕は唖然として、何ら変哲のない黒板を見つめながら「どう、なってるのこれ……」と声を漏らした。啓介も同様で「消えた……どうなってんだ」と理解に苦しんでいる様子。

 消えた、とはどういうことだろうか。僕の頭にはここが普通の場所じゃない、という考察しか浮かばず。これは夢なのか? でもあの感じ、到底そんなふうには思えない。どうなってるんだいったい。

 しかし、これでここから出られるわけか……後味こそなんとも悪いが、仕組んだ本人の責任ではあるのだ……仕方ないだろう。僕はこじつけて、タップをして殺したという感覚を逃がそうとした。

 そして悲劇の終焉を告げる様にカタン……と、青山がスマホを机に放った音が響く。

「……んだよ畜生が。ひでぇもん見せられたなクソ」

「あぁでも、あれっしょ……自業自得だし。だってあいつのせいで、こうなったんだからさ。ってか、これで出れるじゃん? はぁぁ……マジで変に疲れたわ」

 そう言う荏田の顔は、まるで苦手なゲテモノを食べた後の様に歪んでいた。きっと僕も、こんな顔をしているだろう……なんとなくわかる。しかし、嫌な予想はしていたものの、まさかここまで酷い処刑内容だったとは……町田は本当に死んだのだろうか。

 するとノイズが聞こえてきた。放送が始まるようだ。

『只今の処刑結果の発表です。町田宇美は生徒でした』

 耳を疑った。この瞬間、場の空気が一気に凍り付いたようだった。僕は、ゾワッとした嫌な気持ちを抑え込むように上体を倒し机に俯く。目の前の手が、変な震え方をしていたのでグッと抑え込んだ。まだ終わらないのかという絶望、町田を選んでしまった自分への悔恨、次に自分が選ばれたらという畏怖が、頭に一気に押し寄せてくる。

 沙羅は「そんな……うそ」と隣で悲哀を示す声を出した。そして続けざまに同様の声色で「これが処刑って、ことなのか……しかも町田は……違う?」と、啓介の声。

『それでは、二限目の授業を始めましょう』

 まるで何事も無かったかのようにチャイムが鳴った。そして、スマホにはタイマーと選択画面が現れる。どうやら恐恐とする僕たちを、待ってはくれないようだ……。

 僕は、止まりそうな呼吸を必死に整え、焦りを生み始めた頭を落ち着かせる。町田はもう死んだんだ。もう起こったことを、どうこう言ってもしょうがない。今考えるべきは、この中にまだ教師がいる。それは誰なのかということだ……いったい誰なのか、本気で考えていかないと。自分が、あんな目に合いかねない。嫌だそんなの……本気で、自分が生き残ることを考えないと。

 弱い心から目を逸らす様に顔を上げると、手で口を覆い涙目になっている神保さんが映った。

「どうしよ……ころ、しちゃったの? 私何てこと……」

「待って。だって皆で決めたことだもん。真理亜だけの責任じゃないよ」 沙羅がフォローを入れた。

 その通りだ、皆で処刑を行ったんだ。これは皆の責任。くそ、そういう意味かよ……命の授業って。選ばれたくないのは第一だけど、選びたくもない。でも生き残るためには、グダグダ言っていられないな……。

「なんだよふざけんな畜生。おい、どうすんだマジで。まだこん中にいんだろ? クソ……次の奴決めねえと。なんなんだよ、町田じゃねえとか」

 青山も予想していなかったのだろう。声には戸惑いが窺える。

「ヤバくないこれ……やだウチ死にたくない! やだし、誰だよ。もういいよ、やだやだやだっウチは処刑されたくないっ!!」

 そう言って荏田は、机に泣き伏せてしまった。まるで、さっきの町田の再現を見ているようだ。泣きたいのはこっちも同じだというのに。若しくはこれも演技か……? この中には、確実に一人嘘をついている奴がいるわけだ。今もうまく演技をして……いったい誰なんだ。見ているだけじゃまったく分からない……。

 啓介は、僕の隣で一度深くため息を吐いた。きっと自分を落ち着かせようとしているのだろう。こういう状況でも冷静に判断できるのは、たぶん啓介と沙羅ぐらいしかいない。きっと啓介が、皆をまとめる様に一声を上げるはず。

 すると「みんな聞いてくれ」と、予想通り啓介が口を開いた。

「これで、処刑がこういうことだってこと。そしてスマホが処刑の道具になってるってことも分かった。正直、まだ信じられないけどな。

 そこで、一つ提案があるんだ……」

 言い得ぬ緊張を纏った声色だ。提案とはなんだろうか……泣き伏せていた荏田が顔を上げ、全員の視線が集まる中、再び口を開いた。

「……今後は処刑の時、躊躇わずスマホの指示に従って早く殺すってことにしないか? じゃないと、苦しみながら死ぬことになるだろ。そんなの……あんまりだ。

 少なくとも、俺が選ばれた時にはそうして欲しいって思う。あんな苦しみ方、したくないからな……」

 その通りだ……どうせ死ぬなら一瞬が良い。僕も、あんな死に方はごめんだ。まったく惨いにもほどがある……だが、それだけじゃない。勝手に処刑されるならまだしも……自分たちのスマホで、それを実行しないといけないのだ。自分が殺しているという感覚に、苛まれて仕方がない。また経験しなきゃいけないのか、あれを……。

「それから、まだこの中に教師がいるわけだろ。処刑が本当に『死』を意味するものって分かった以上、もっと真剣に教師を割り出していかないといけない。次は、なんとしても生徒みんなで帰るために、しっかり教師を探し出そう」

 ここで皆の顔つきや雰囲気が、一変したように感じた。きっとそれは僕も同じだ。ああして、リアルすぎる惨たらしい『死』を目の当たりにした以上……なんとしてでも、選ばれるわけにはいかないのだ。これは遊びじゃない、生死を掛けた授業。生き残るための腹の探り合いが、いま始まろうとしている……そんな気配が漂っていた。

 そこで青山は、僕や梶ヶ谷に目を向けてきた。

「……んじゃあよ、さっきの話の流れでいけば、梶ヶ谷か永田だよな」

 またこいつは僕にあらぬ罪を……そう言うお前だって普段から暴力的だ。十分にこういう危険なことを、やらかす因子じゃないか。自分のことを棚に上げて人のことばかり。もどかしく唇を噛んでいると、梶ヶ谷が急に立ち上がる。

「っ……もういいよ。こんなのさ……バカげてるよ。な、何もしたくない……もうさ、みんなでやってよ。こんなの嫌だ」

 そして、絶望に屈した面持ちで隅へと座り込んでしまった。啓介は席を立ちあがり「おい梶ヶ谷。しっかりしろ」と声を掛けに行くも、うんともすんとも言わない様子。完全に気力がなくなってしまったみたいだ。魂の抜け殻とでもいったところか。

 梶ヶ谷がさっき頑なに、僕を見ていた理由を言わなかったのは何故なのか、気になるところではあるが……あの状態じゃ、もう聞き出すことは無理だろう。

 その後、啓介は幾らか声をかけていたが、反応を得られなかったようだ。険しい顔で、こちらへ戻ってきた。

「……だめだな、何も話したくないみたいだ。困った……俺たちだけで、話を進めざるを得ないか」

 青山は腕を組み、背もたれにドカッと寄り掛かる。

「んならよ、もうあいつで良いだろ。他に手がかりねえんだ。今俺たちは、恨みがあって怪しそうな奴を探してるわけだろ? 別に怪しくない奴を探してるわけじゃねえんだ。比べた結果で、怪しい奴からどんどん決めていくしかねえだろ?」

「いや、たしかにそれはそうだけどな。怪しいやつ、か……」

 僕は皆へ順番に目を向けていく。怪しいやつは僕にとって青山と荏田、そして梶ヶ谷だ。沙羅と啓介、そして神保さんは、こんなことしないはず。

 そういえば、さっきグルっていう話題になった。誰かがグルになっている可能性は、まだ消えたわけじゃない。だとしたら、こうやって誘導してくる青山と荏田が一番怪しくないか? さっき町田が、そう言う関係だという事を暴露したわけで。こいつらが、グルになっている可能性は大いにあるはずだ。青山は啓介に頭が上がらないで、制止されていることが多いし、僕につっかかってくる。邪魔者に見ていたかもしれない。そして荏田は協力者なのかもしれない。

 そういえば以前、荏田が神保さんと校舎裏で言い争っていたのを見かけたことがあるな。あれは、いったい何を話していたんだろうか……それも気になるところだ。

 僕の中では、青山と荏田への疑念が一段と強まっていったものの……ここで刺激して僕に目が向いたら困る。今はリスクを極力減らした方が良いだろう。僕は口を噤むことにした。

 啓介は机上で俯いたまま考え込む様子を見せていたが、不意に顔を上げる。

「確かに怪しいのから、決めていくしか方法はないか。でも、なるべく怪しいと思う事柄を抽出して、ふるいにかける必要はあるだろ。

 梶ヶ谷は、あんな状態だ。そして隠し事をしている素振りだった。今一番疑わしいのは、梶ヶ谷に違いはないのかもしれない。みんなの中には、梶ヶ谷より怪しい、それか梶ヶ谷は教師じゃない、そう思う者はいるか?」

 青山は啓介の言葉を洗い流す様に、大きくため息をつく。

「あいつは単純に、バレちまって絶望してんだろ? もうあいつで決まりだろうがよ。荏田はどうなんだ?」

「……あぁウチも、梶ヶ谷でいいと思うけど? 普段から地味だし、なんかいろいろ恨み言を、影で言ってそうな感じはあるしね。何考えてるかわかんない系って一番怖いっしょ? てか、大橋はどう思ってるわけ?」

「俺は、そうだな……梶ヶ谷は町田との確執があったわけだ。あとはさっきの、漣を気にする様子ってのもな……ちょっと引っかかる。だから現状、不審さで言えば梶ヶ谷になるかとは思う……渋谷はどうだ?」

「え、あぁ……私は正直な話ね。梶ヶ谷君には、ある相談を受けたことあって。その内容が、あまり人に言えないことなんだ。普通じゃないというか……ごめんね、あんまり言いたくないの。本人もいて逆上されたら困るし……だから、それもあって私は、梶ヶ谷君かなって思ってはいるよ」

 青山は顔を険しくさせ「おいなんだそりゃ……やっぱ決まりじゃねぇかよ。気持ち悪い野郎だな」と吐き捨て、舌打ちをした。

 確かに沙羅が、いろいろ周囲から相談を受けやすいし、頼られやすい人だということは、身をもって知っていた。

 沙羅の物腰の柔らかさ、可愛らしい敵意のない顔、分け隔てない態度。それだけじゃなく、身に纏う温もりあるオーラはいつも、安心感を与えてくる。これで僕のような相手の心を今までに、どれだけ開かせてきたかは想像に難くないところだ。

 何しろ入学当初、ニヒルの大海原にポツンと浮かんだ僕を、手繰り寄せることができたぐらいだからな。おそらく大罪人の心だって開かせてしまうだろう。沙羅はそんな人だ。持って生まれた才能だろう。

 まさか梶ヶ谷に、そんなシリアスなことを相談されていたなんて。沙羅も大変だったんだな……それなら、梶ヶ谷が本当に教師なのかもしれない。それにしても、さっきの隠し事といい今の一件といい、どうも謎が多い奴だ。

 啓介は同情した様子で、沙羅を見やる。

「渋谷……まさかそういうことがあったなんて、知らなかった。何か心に闇を抱えていたってことなのか……俺も気遣って見てあげれたら良かったのに、悪いな」

「ううん、大丈夫だよ。まだ教師って決まってはいないけど、もし本当に梶ヶ谷君が教師なら、こんなことをさせるまで気づけなかったのは悔しいけどさ」

 緊張の糸が切れたのか、目の前では荏田が腕を上にグイと伸ばし始めた。

「まぁさ……これで決まりっしょ。町田は残念だったけどさ、ウチらはここで生還できるってことだよね。もう散々だわ、とんだ災難だし」

 だと良いのだが……正直なところ、僕にとって梶ヶ谷が教師だと確信できる要素は無く、やはりモアザンの域を出ない。誤った選択にならないかという不安は、心のどこかでくすぶっている。

 その後、特に他の点を探り合うことなく、梶ヶ谷を選ぶ空気で終了のチャイムを控えた。無用に探り合うより、いま疑わしい者をとりあえず選択していく。そんな無言の同調が、いつしか生まれてしまっていたのだ。下手に人のことを探れば、自分に目が向きかねない状況だ。無理もないだろう。誰だって我が身は、可愛いというわけだ。ただ、神保さんは悩む要素があるのか熟考している様子だった。

 それにしても……さっきは沙羅や啓介が僕を庇ってくれたわけだが、誰かを庇うこと自体はメリットが少ない。結局のところ、庇ったところで本当に教師だったらどうするのか。そして、自分に目が向いたらどうするのかという問題が常に付きまとう。よっぽどの説得材料でない限り、庇う発言は渋られるだろう。今もこうして、梶ヶ谷を庇うものは誰一人としていないわけだ……さっき、僕が庇ってもらえたのは奇跡と言えるな。

 全員で助かるより、自分がいかに処刑されずに済むかという考えにシフトする。これは、生存本能が導く必然といったところだろうか。

 とかく僕には、これから考えなきゃいけないことがある。それは、梶ヶ谷が生徒だったらどうするか、ということ。次に始まる授業で一番疑われるのは、僕なのだ。次にまた、庇ってもらえるかは分からない。だから、自分がどうしたら選択されないで済むか……そこを、考えておかないといけないわけだ。そして気づいた……いつの間にか、人の死がどうでもよくなっていることに。まったく、妙な気分だ。

 そこでキーンコーンとチャイムが流れる。普段なら解放感のある合図なのに、今は不安を煽ってくる音にしか聞こえない。

『お疲れさまでした。集計結果を発表します。四票が梶ヶ谷祐樹へと投票されました。よって、処刑対象は梶ヶ谷祐樹です』

 僕は結局、選択をしなかった。僕の他にも、放棄したであろう梶ヶ谷を除きもう一人、選択をしなかった人がいるようだが、神保さんだろうか……?

 そして梶ヶ谷は、見えない何かに掴まれるように一度宙に浮きあがり……ロッカー手前の床へと叩きつけられる。

「ぅあ!」

 刹那の声。バキッ! と鈍く湿った音。

「っああぁぁぁ……ッ!!」

 響き渡る悲鳴。やっぱり酷い……それにしても、これは何なんだいったい。尋常じゃない動きだぞ。見えない何かに動かされているような……くそ、絶対にこんなの嫌だ……。

 スマホに視線を落とすと、梶ヶ谷のキャラとランプが映っていた。どうやらランプは、生存者分らしい。今気づけば、机に放られていた町田のスマホも無い。共に消えるという事か?

 そして、画面上で床に寝た梶ヶ谷には、町田の時と違い、頭や胸や腕そして足に鉄球の様なモノが乗っている。既に右ひざは鉄球が押しつぶしているみたいだ……僕は理解した。きっと、これがさっきの音の正体だろうと。

 皆は互いにアイコンタクトをとり、ランプを灯し始めた。僕も、苦しませまいという思いでタップする。すると今まで聞いたことの無い、まるで大きな卵が割れるようなグシャリという音がした……もう最悪だ。

 だが、さっきは消えたわけだ。なら今回も……恐る恐る目をやれば、やはり床で押さえつけられていた梶ヶ谷の姿は、綺麗サッパリ無くなっていた。やはり絶命すると同時に消えるのだろう。

 それにしても気持ち悪い。なんでこんなことに、巻き込まれなきゃいけないんだ。さっきから、僕の心臓は妙な脈ばかり打っている。このままだと、勝手に心臓が止まってしまいそうだ。頼む、梶ヶ谷が教師であってくれ。すると放送の合図たるノイズがかかる。

『只今の処刑結果の発表です。梶ヶ谷祐樹は生徒でした』

 この瞬間、僕の全身からは血の気が引いていった。次に疑われるのは間違いなく、僕だ。うまく立ち回らないと、あんな目に合う……そうなってたまるか。

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