第2話 ホームステイ?

「夏帆?」

「え?」


 美紀の声で、自分が柄にも無く考え込んでしまっていたことに気がついた。


「どうかした?」

「うん、ホームスティ」


 思っていた言葉がそのまま、ぽろっとこぼれ出た。


「ホームスティ? 夏休み?」

「家に来るかもって」


「マジ!?」と美紀。

 静香は言っていることがイマイチわからないという顔をしている。

 二人の反応を見て、夏帆は夢の話を事実のように話している自分に気がついた。


「あ、もしかしたらって話」


 慌てて、それでいてなるたけ平静を装って夏帆はごまかした。

 夢の話なのだから、笑ってそう言えばいいのだが、なぜかそれは出来なかった。

 あの夢が現実に繋がっているという奇妙な確信が夏帆にあった。

 だから、夢の話と笑い飛ばす気になれないどうしてもなれなかった。夏帆と同じように、なんとなく宙ぶらりんの言葉は、もしかしたらという言葉になっていた。


「いつ?」

「まだわからない。連休明けにはわかってると思う」


 明日から、五月の大型連休だ。今年は丸々一週間の休みになる。


「いつ、そんな話になったのさ」


 少し拗ねたような感じで美紀が口を尖らせた。


「いや、まだわかんないし。わたしも昨日聞いたばかり」

「なんか、急な話じゃん。どんな人かは聞いてる? まさか、男とか言ったりしないよね。それは、ちょっと許さないぞ」

「いやいやいやいや。それは無い。美紀、それはないよ。断言する。ドラマとか映画じゃないんだから。第一、そんなのお婆ちゃんが許してくれないって」


 両手をぶんぶん振って、否定のポーズ。まさか、そう来るとは思わなかった。


「夏帆ぉ。あたし、まだ友達の結婚式に出たくないよ? 女子高生ホームスティの男性と出来ちゃった結婚。今日はクラスメイトの方にインタビューしてみたいと思います」

「だ、か、ら。それは無い。ちゃんと女の子です!」


 夢の話だと言うことをすっかり忘れ、夏帆はダンっと机を叩いた。だしぬけに教室に響いた音に他のクラスメイトの視線がきゅゅんっと夏帆たちにピントを合わせてくる。

 急に恥ずかしくなって、夏帆はちんまりと椅子に座り直した。


「そんなに興奮することないじゃん。恥ずかしい」

「恥ずかしいのは美紀の脳みそ」

「そーいうこというかなあ。ひとが心配してるのに」

「その心配は的外れだよーっだ」


 あっかんべろべろべーっと美紀に舌を見せる。すぐにほっぺたをむにむにーっとつまんで反撃された。


「いたたたたっ。みーきー! いたーいー」

「おーーー伸びる。伸びるぞー。夏帆、またほっぺた柔らかくなったんじゃない? かあいいなあ~。美紀、喜べ。これがホントのもち肌だ」

「うれしくない~」


 少し紅くなった頬を押さえながら、夏帆は少し涙目で美紀を睨んだ。丸顔の夏帆のほっぺたは自慢ではないがよく伸びる。

 それこそつきたてのお餅のようにみゅいんみゅいんと伸びてくれる。

 この柔らかい頬のせいで、丸いタヌキ顔なのではないかと密かな悩みを抱いていることは誰も知らない。

 いそいそと頬をマッサージしながらケアしていると、必死で笑いをこらえていた静香が目頭をハンカチで押さえながら尋ねてきた。


「くふっ。夏目さん、ちょっといいかしら?」

「……いいんだよ、静ちゃん。無理しなくても」

「んくっ。あ、あのね。そうじゃないの。そうじゃなくてね、ホームステイに来るかもしれないって人ってなんて言う名前なのかなって」

「あ、それ。あたしも知りたい」


 美紀と静香が興味津々の顔で夏帆を見つめている。まさか、今さら夢の話とは言えず夏帆は少し悩んでから夢で聞いた名前を口にした。


「アリエル、っていう名前だったと思う」


 へえっと美紀が目を丸くし、静香が人差し指を口元に添えて考え込む。


「ほえー。外人かあ。夏帆、英語喋れんの?」

「英語?」

「そう。英語。外人さんだったら、英語話せないとマズイっしょ」


 言われてみれば、確かにその通りだ。

 今の今まで気にならなかったが、アリエルというのはどう考えても日本人の名前ではない。

 ひょっとしたら、英語ではなくフランス語とかドイツ語かもしれないではないか。


「そ、それは……」

「何にも考えて無かったんだろ」


 もちろん、考えていない。考えているわけがない。


「日本に来るぐらいだから、基本的な日常会話ぐらいは不自由が無いと思うわよ」


 考え中の格好のまま、静香が助け船を出してくる。


「そ、そうだよねっ」

「そういや、そうか――静香、どったの?」

「アリエルってどこかで聞いたことあるなと思って……」

「よくある名前なんじゃねえの?」

「ううん。お芝居で出てきた名前だったと思う。外国で――確かイギリスだったと思うんだけど……なんだったかしら」


 まだ考え込んでいる静香を美紀がジト目で眺めやる。


「うわ、ブルジョワだ。ブルジョワがいる。くっそ、あたしなんてパスポート見たことも無いのに」

「大丈夫。わたしも見たこと無いから」

「夏帆ーっ」「美紀っ」


 二人で哀愁のハグ。少し切ない。


 庶民二人が互いに友情を確かめ合っていると、不意に静香がパチンと指を鳴らした。ようやく何かを思い出したらしい。


「思い出した。テンペスト」

「てんぺすと?」


 オウム返しに繰り返す美紀に静香はうなずいて見せた。


「そう。シェークスピアのお芝居に出てくる風の妖精の名前がアリエルって言ったはずなの。どこかで聞いたことあると思った。ロマンチックな名前の人よね」


 へえと夏帆はうなずいた。さすがにお嬢様は博識だ。変わった名前だなと思ったが、まさか妖精の名前だとは思わなかった。

 そう言えば、確かに精霊がどうとか言っていた気がする。空へと連れて行ってくれるとも。


「その名前で男ってことはないか」

「まだ言ってるし」

「心配してんじゃん。夏帆の貞操を」

「そんな心配しなくてよろしい」


 ぺちんと美紀の頭を軽くチョップ。まるで見計らったように昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 まるでビデオの早送りになったかのように教室の中が慌ただしくなる。いつものように自分の席へと戻る途中、ついっと静香に袖を掴まれた。


「夏目さん。詳しいことがわかったら教えてね」


 引き寄せられた耳元で静香がそっと囁いた。


「わかってるって。もし、本当に来ることになったらちゃんと紹介する」

「ありがとう。楽しみにしてるわね」


 夢の話だったはずなのに、夏帆はもう疑っていなかった。なぜかはわからないけれど、確かな確信がある。ゴールデンウィークが明けたら、二人に紹介しよう。きっと仲良くなくなれる。


 そんな気がした。


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次回 第3話 朝の出会い

今日の20時15分過ぎに更新予定です。


次回、ようやく夏帆の家にやってくる女の子の登場です。


少しでも気に入っていただければ、嬉しいです。

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