夜のロリコンに対する本能的防衛反応


 わたしは世にも恐ろしい人間を見つけてしまった。それがこの白石アリスという不思議な少女だ。

 べつに魔力を持っているというわけでもなければ、特別な力を持っているというわけでもない。所詮は脆弱な人間、恐れる必要などどこにもない。

 ……それなのにどうしてだろうか。身体の震えが止まらない。

 わたしの本能が白石アリスという少女が如何に危険な人物であるかということを物語っているのだ。


「どうしたの夜ちゃん? こんな感じでいい?」


 アリスちゃんに話しかけられて肩がビクリと震えた。

 アリスちゃんに視線を戻すとシャトルを打ち終えた後のようで、上手くサーブが出来ていた。

 ……いかんいかん。今はバトミントンの時間だ! 集中してればどうということはないだろうし、先ほどのような強い刺激は感じられない。

 バトミントンに集中するんだ――――!


 それから程なくして鐘が鳴り、クラブ活動も終わりを告げた。

 わたしたちはオバサン教師にバトミントンの更衣室へと案内された。

 ……更衣室あったんだな。道理でみんな教室で着替えないわけだ。


「ここ?」


 ずいぶん古い建物だ。更衣室に使われてるぐらいだから、そんなに綺麗な建物だとは思ってないけど。

 わたしが更衣室の扉に近寄ろうとすると、中から血相を掻いたバトミントンクラブに所属している女子たちが一斉に出てきた。


「えっ……なに?」


 あまりに突然の出来事だったので、やや驚きながらもわたしは首を傾げた。


「……なんだったの?」

「知らんな」

「とりあえず中に入ろっか」


 そう言って陽菜が更衣室の扉を開ける。

 わたしは陽菜の後ろから中を覗く。更衣室内ではアリスちゃんが一人で着替えていた。

 あまり良い予感はしないな……今のうちに《鑑定》を使って調べておこう。



 ◆



「わたしやっぱり着替えなくていいや。このまま帰る」

「着替えないとダメだよ。汗掻いたでしょ」


 いや、これは冷や汗っていう別の汗だから大丈夫だよ。むしろ着替えると余計に汗が酷くなりそう。

 わたしはアリスちゃんを鑑定してみた。

 その結果、わたしは彼女に近寄りたいとは思えなくなってしまったのだ。その理由は思いの外シンプルだった。

 だって……貞操の危機だから!!


 鑑定してみて最初に見えたワードが称号の欄にあった言葉が『キモデブニートのロリコン』だぞ!? こんなん近くに居たら死ぬわッ!

 それにアリスちゃんの魂が引きこもりのニートだったオジサンだったんだ! 記憶だって引き継がれてたし!

 だからわたしは無理! 帰る!


「陽菜、離して!」

「夜、どうしたの。そんなに暴れて……」

「お前は死にたいのか!? わたしは死にたくない! だから帰るッ!」


 どれだけ抵抗しても、陽菜の筋力に勝つことはできず、わたしは更衣室地獄で着替えさせられる嵌めになった。


「夜ちゃん、かわいいパンツ穿いてるね。触ってもいい?」

「ひぃっ……!」


 このアリスちゃんがわたしのことをベタベタと触ってくる。狂気じみたその瞳はまるで獲物を捕らえたマンティコアのように凄まじく、このわたしですら失神するか否かという状態だ。抵抗も何もない。

 そこにあるのは『恐怖』だけだ。


「ねえ、私と一緒に気持ちいいこと、しない? いっぱい教えてあげるよ?」


 アリスちゃんの手がわたしのお腹から徐々に下の方へと移動してきた。

 そのとき、わたしのなかで何かが弾けとんだ。


「――――り……」

「えっ? なんて言ったの?」

「もうムリぃいいいッ!!!」

「夜ッ!?」


 わたしはもう一心不乱に魔力弾を撃ちまくった。

 幸いなことに、未来ちゃんが小さな結界を展開してくれたお陰で更衣室内にあるものが壊れることはなかった。……が、アリスちゃんは恐怖のあまりに漏らしてた。

 わたしもわたしで魔力が尽きてその場で意識を手離した。





 次に目を覚ましたときには、わたしは家のベッドで寝かされていた。


「ひな……どう、なって……るの?」


 魔力を一気に使いすぎた影響か、上手く声が出せず、弱々しくて掠れた声が出てきた。

 わたしのことを見てくれていた陽菜にここに至るまでの経緯を説明して貰った。


 あの後、倒れたわたしはたまたま様子を見に来たオバサン教師に介抱されて保健室まで運ばれた。発熱が酷いこともあって家に連絡が行き、凪が車でお出迎え。わたしは病院送りに。

 全てを目撃してしまったアリスちゃんは陽菜と未来ちゃんが脅しに脅し捲って口外しないようトラウマを植え付けたらしい。

 そして陽菜は帰る途中にわたしの家へお見舞いにやって来たら、たまたまわたしが目を覚ました……らしい。


「どうしてそんなことしたの? 魔力が暴走したわけじゃないでしょ?」

「お前は何も感じなかったのか」

「アリスって子のこと?」


 ああ、ダメだ。コイツ何も感じてない。この調子だと未来ちゃんも同じような気がする。


「《鑑定》してみれば、陽菜もわかるよ……このわたしがあのアリスに恐れた理由もね」

「魔王が同級生に恐れるって……もしかして例のシャドウウルフと関係してるの?」


 どうだろうか? 今のところは特にこれと言った証拠はないし、何とも言えないが、個人的にはたぶん無関係だと思う。ロリコンだし。……まあ、前世の記憶を持ち越してる点でみれば何かしら関与はしてるのかもしれないがな。

 でも記憶自体にはわたしたちとは何の縁もないような引きこもりニートの生活しかなかったし、偶然記憶が残っているだけの可能性だって十分にあり得る。


「でも野放しにしておくわけにはいかないよね……」


 ロリコンだし。放って置いたら次の犠牲者が出る。


「陽菜、一応監視対象として見ておいて。あとアリスちゃんをセシリアに見せて確認しておいて」


 セシリアには聖女ならではの能力がある。その能力で本当に問題ないかをチェックして貰おう。ついでに心の浄化も任せる。あれはわたしの手には負えない。


「わかったよ。じゃあ私はそろそろ帰るから、夜もムリしないようにね」

「うん、ありがとう」

「またね」


 陽菜が部屋から出ていって一分後ぐらいにわたしが目を覚ましたという情報を聞きつけた凪が、わたしの部屋に飛び込んできた。


「お嬢様が急に倒れたと連絡があって驚きましたよ。これを機に今度からは少しでも具合が悪いと思ったら私や鈴木、学校の先生とか乃愛様でも構いません。すぐに頼れる人に言ってください」

「……ごめんなさい」


 ここは凪に言われて素直に謝っておく。凪は引き際を見誤ると過保護になる傾向があるから、バトミントンどころか体育の授業にすら出させて貰えなくなる可能性だってある。

 だからすぐにでも謝る必要があるのだ。


「でもお嬢様が無事で良かったです。夕食は食べられますか?」

「うん、少しなら」

「ではお持ちしますので、少々お待ちください」


 夕食後、わたしはバトミントンで冷や汗を掻いていたので身体がベタベタしていて気持ち悪いと訴えたところ、凪と一緒に入浴する嵌めになった。

 一人でも入れるし、乃愛と一緒でも良いと言ったのだが、凪は「一人だと危ないし、乃愛様の目の前で倒れられても困ります」と言い返してきた。ぐうの音も出ない正論だった。

 明日も同じことになりそうだ。間違えなく明日は外に出られないだろう。

 ……明日はせっかくのお休みの日なのに。


 わたしは二度と魔力を一気に使いすぎないよう心に留めたのだった。



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