想定外のできごと


 加入するクラブを決めた翌日の放課後。

 わたしと未来ちゃんは、体力測定の残りをするために体操着で校庭に出ていた。

 他のクラスに欠席者は居なかったようで、今日はわたしと未来ちゃんのみだ。


「まずは夜ちゃんからやろうね」

「はーい……」


 シャトルランを面倒くさがりながらも、わたしは渋々スタート地点に立った。

 どうせ美人教師も女の子相手だからすぐに疲れて終わるのだろうと高を括っているに決まっている。

 そこまで鍛えているようにも見えないし、当然といえば当然だろう。

 だが残念だったな。こっちとら休日に乃愛と学校までランニングしてるんだぞ。おまけにそのあとも全力で遊んでるから体力なんてそんな簡単には尽きたりしないぞ。


「じゃあ始めるよ!」




 ◆



 シャトルラン、二十回で終わった。

 ……いや、べつにふざけてたわけじゃないから。たまたま足が縺れて転びかけたのを踏ん張っていたら時間が過ぎちゃっただけだから。本気出せば二百回ぐらい余裕で超えられるし。ポケットに手裏剣という重りが八枚も入ってる上に、ちょっと油断しただけ。


「次は未来ちゃんだね。まずは五十メートル走から」


 未来ちゃんが走っている姿を座って眺めている。先に戻ってても良いと言われたけど、置いて帰るのもなんか申し訳ない気持ちになったからだ。陽菜だったら問答無用で置いて帰るよな。

 ……ホント、どっちが魔王でどっちが勇者パーティーの一員なんだか。


「未来ちゃん、走るの遅い……?」


 未来ちゃんの走りを見てそう思った。

 クラスメイトたちを見てたから基準も何となくわかるが、未来ちゃんはどこからどう見ても遅かった。

 「走っている」というよりかは「早歩き」をしていると言った方が正しいかもしれない。

 中身はジジイだし、平和ボケでもしたか?

 それとも生前と同じように動けると思ってあまり運動しなかったのか?

 どちらにせよわたしが言えることは1つだけだ。


「幼少期って、人生で一番大切な時期なんだよ……」


 というのも幼少期は物覚えが良すぎるのだ。わたしも乃愛に付き合わされて様々なことを教わったが、技術面だけで考えればどれも乃愛よりも速く、上手く上達した。

 それでも体格や元々の知識量に違いがあるので乃愛に勝てたことは一度もないが、技術だけならば乃愛にも勝っている。

 だから幼少期というのは大事なのだ。

 このジジイのことだから、どうせ「動くのダルいし、魔力だけ体内循環させてれば大丈夫だべ」みたいなこと考えてたんだろうな。

 その証拠として魔力量だけはわたしよりも多いし。

 ……あっ、ようやくゴールした。


「ぜぇぜぇ……」

「貧弱すぎるでしょ」

「老人をバカにするでない……」


 お前は今、自分がただの幼女だということを忘れるな。老人のろ文字もないだろうが。

 美人教師を見てみろ。なに言ってんだコイツみたいな顔してるじゃねーか。


「未来ちゃん、ハンドボール投げで終わりだから頑張ろうね」

「わ、わかったのじゃ……」


 美人教師に連れられて未来ちゃんはハンドボール投げを測定した。

 未来ちゃんがハンドボールを終えると美人教師は「二人とも早く帰るように」と言って職員室へと戻って行った。


「じゃあそろそろわたしたちも――――」

「《物理保護――限定展開》!」


 未来ちゃんが防御魔法を展開したので、わたしは思わずそちらの方を見た。

 それと同時だっただろうか。ちょうどそのタイミングで黒い『ナニカ』が防御魔法に弾かれたのは。


「なに!?」

「シャドウウルフ……じゃな」


 わたしは未来ちゃんの言葉を聞いて目を見開いた。

 シャドウウルフは前世のわたしたちが暮らしていた世界で生息している割りとメジャーな魔物だった。……もちろん魔王視点になるが。

 勇者たちから見れば中盤辺りで大量に出てくる雑魚枠だろう。一匹では大したことはないが、群れを成すとかなり厄介だ。


「兎に角倒すぞ」

「うん」


 一応場所は学校の校庭だ。あまり大きな魔法は使えない。というかシャドウウルフ相手に魔法を使うこと事態があまり良くない。

 シャドウウルフは魔法に反応して攻撃してくるのだ。余程の回避能力がない限りは使うべきではない。

 それなら、コレに魔力を込めれば……!


「せいッ!」


 わたしはポケットに忍ばせていた手裏剣に手を伸ばし、魔力を込めてシャドウウルフに投げつけた。普通に手裏剣を投げるだけでは威力に欠けるので、魔力でそれを補うのだ。

 手裏剣による攻撃を受けたシャドウウルフは意図もあっさりと生滅してしまった。

 手応えがあまりにも無さすぎた。今のはいったい……?


「恐らく、この世界に魔力が存在しないから形を保つことが難しかったのじゃろ」


 わたしは未来ちゃんの説明を聞きながらも、シャドウウルフが先ほどまで居た場所に落ちていた紫色の石を拾った。


「これか……」


 サイズは通常の十分の一ぐらいだろうか?

 手のひらぐらいの大きさだが、これは間違えなく魔石だろう。

 これを媒介に召還術を使えばシャドウウルフの召還も可能だった筈だ。


「じゃが、どうしてここにあるのかのう?」

「兎に角みんなに相談してみよう」


 これが本来のサイズの十分の一だということは、他にもシャドウウルフが出てくる可能性があるということだ。

 わたしたちは一度家に立ち寄ってヴァルター・鈴木を誘拐。

 勇者の住まう高橋家に向かった。


「あれ? 夜ちゃん。それにマクスウェルまで……どうしたんだ?」


 高橋家にたどり着き、インターフォンを押すと勇者こと、高橋勇が姿を現した。

 マクスウェルというのは未来ちゃんのことだろう。二人は面識あったのか。それは初めて知ったな。


「中で話すから、お邪魔するよ。あとセシリアと陽菜も呼んできて」


 勇者は未来ちゃんの方に目を向けると、未来ちゃんは黙って頷いていた。

 ……まだそこまで信頼されてないのか。

 これでも対立していた頃よりも長い付き合いのはずなんだけどなぁ……ちょっとショックだ。


「わかった。先に俺の部屋に行っててくれ」

「うん、ありがとう」


 わたしは未来ちゃんを連れて颯爽と勇者の部屋に足を運んだ。

 部屋の中央には折り畳み式の机が置いてあったので、ランドセルを置いて座った。

 同時にヴァルター・鈴木はわたしの右斜め後ろで正座をした。


「そんなにショボくれることかの?」

「ショボくれることだよ。もう六年以上の付き合いになるんだよ。それなのにまだ信頼されてないなんて……」

「気持ちはわからんでもないが、お主は仮にも魔王じゃからな。勇者としては警戒せざるを得ないんじゃろ」

「それはわかってるけど……」


 こっちは演技とか抜いてもわたしは相当信頼してるんだぞ。勇者たちは知らないだろうが、それこそ対立していた頃からな。

 必ずわたしを倒しに来てくれると、このわたしを楽しませて殺してくれるということをな。


 そして王位に立って初めて気が付かされるんだ。人間という生物がどれだけ愚かで闇を抱えているかということに――――。


「まあ、いいや。残念なのは確かだけど、それ以上に優先するべきことがあるし」

「そうじゃな」


 そして、勇者が陽菜とセシリアを連れてきたところで勇者と魔王による緊急会議が始まった――――。



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