第8話

 不思議な人だった。


 心が崩壊しているから、だろうか。見知らぬ自分が部屋に来ても、特に気にしないでいる。同じベッドで寝ても、特に何も言ってこない。


 ただ、彼女の日常生活は壊滅的だったので、そっちも自分がやることになった。まず、携行保存食がばかみたいに積み上げられた机や部屋を整理し、掃除する。ごはんを作り、お風呂を湧かす。シャワーしか浴びていない彼女を、浴槽に沈める。ときには、身体を洗えと言われて身体を洗ったりもした。


「きもちいい」


 身体を洗われている間の彼女は、少しだけ、生きているような気がした。自分の錯覚かもしれない。


 彼女の生活は、単調なものだった。起きたら、ごはんを食べて。仕事場に行って、仕事をして。帰ったら、ごはんを食べてシャワーを浴びて。眠る。まるで、自分が殺した後の人間のような、生き方。何も考えず、何も思わない。他者と仲良くなろうとも思わないので、男が同じベッドで寝ていても何も感じない。


「身体。洗ってくれてありがとう。シャワーだけにします」


 そう言った彼女を、浴槽に放り投げた。


 数秒沈んで、彼女が出てくる。浴槽から出ようとしたので、沈めた。


「ちゃんとお湯に浸かりなさい。疲労回復の効果があります」


「やだ」


 子供か。


「あなたも入ってくれるなら、わたしも入る」


「俺は後で入りますから」


「やだ。いま。入って」


「お断りします」


「なんでよ」


「差し障りがあるからですよ」


 彼女のことが、好きになっていた。だから、彼女の前で服を脱いで下をさらすのは、できない。


「差し障りってなに」


「いいから」


 とりあえず、彼女を、浴槽に沈める。

 しばらく揉み合って、そのあと、彼女は、おとなしくなった。

 浴槽でちゃぷちゃぷしている彼女を、なんとなく、見つめる。かわいい顔。かわいいからだ。きれいな歌声。なのに、心はしんでいる。どういう、気持ち、なのだろうか。いや、しんでいるから、感情はないのだろう。


「のぼせそう。上がる」


 浴槽から出てきた彼女。ふらついたので、抱き留めて支えた。


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