第6話

 腕を組まれそうになって。とっさに、払った。そんなことをされたら、好きになってしまいそうだから。


「やめてください。好きになってしまう」


「好きに?」


「いえ。こちらの話です」


 好きになれるのなら、なんでもよかった。そういう、生き方だから。


「じゃあ、帰りましょうか。殺し屋さん」


「ええ」


 並んで、関係者通路を通り。そこから脇の階段を降りて、地下へ。誰もいない駐車場。


「わたしの車。あそこです。運転してくださる?」


 キーが、放り投げられる。受け取って、車を開けようとしたとき。


 物陰から、なにか。動く。


 アイドルに向かって。誰が、飛びかかった。女と男。ふたりいる。


「おっ」


 とっさに、キーを女のほうに投げた。


 男のほうを制圧しようとして。


 アイドルが、男を。


 片手で投げ飛ばしていた。そのまま、関節をめる。男。気絶していた。女のほうに駆け寄って、自分も女の背中を蹴飛ばした。女が絶息する。


「あ、気にしないでください。あなたが悪かったんじゃなくて、わたしのほうがぶつかりに行ったんです。ちょっとしたウォーミングアップ」


 キーを拾って、あらためて車を開ける。


「強いん、ですね」


 助手席。彼女が、座る。

 どこにでもある、普通の車だった。高そうな装飾もついていない。


「襲われるのには慣れましたから」


 彼女。特に気にしたふうでもない。助手席で、のんきにしている。


 ハンドルに手をかける前に。


 助手席の彼女に。顔を近づける。お互いの息が、体温が、感じられる距離まで。彼女の、目。はな。口。頬。髪。


 やはり。


 生気がない。彼女は、心が、しんでいる。しんでいるのに、なぜか、生きている。


「あなたみたいな人は、初めてだな」


「わたしも。あなたみたいな人は、はじめてです」

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