第4話 当たり前

「毎晩毎晩、無人の小屋から通報があるんですよ? 調べて下さい、こんなんじゃやってられませんよ! 調べて下さい、お願いしますって!」

「落ち着け、星君。虚偽通報ということならば、偽計業務妨害罪に当たる可能性もある。タチの悪いいたずらだったら、その小屋から電話をかけているんだと見せかけてどっか別の場所から掛けている可能性だってあるしな。」


 星が訪れたのは、防人地区を管轄とする警察署である。崎守町は田舎町だから、公的機関の人間同士は大抵面識がある。今回対応してくれた脇岡圭志わきおかけいしもその一人で、星とはかれこれ30年近い付き合いになる。


「とりあえず俺も含めて3人くらいでその小屋に行ってみようか。現場の様子が分かりません、じゃ話にならんからな」



 ※ ※ ※ ※ ※



「はー、この灯台まだあったのかい。懐かしいねぇ、昔は夜にこの灯台の光が見えたら帰る時間だ、って目安にしてたもんだよ。」


 毎晩電話が掛かってくる小屋の様子を見に来た脇岡が、しみじみと灯台を見上げる。ところどころ錆びていて、真っ白だったと思われる塗装もすっかり剥がれてしまっているものの、構造がしっかりしているのだろう、倒れそうな雰囲気は全くない。


「俺が生まれてからずっとコイツはここに建ってたんだもんなぁ」

「脇岡さんはずっとこの町に住んでるんですもんね……」


 何の時だったかは忘れたものの、脇岡は生まれてからずっとこの土地に住み続けているのだと聞いたことがある。今はもう50歳を超えているから、この灯台ももう半世紀以上建っているということになる。


「うん、そうだねぇ。コイツは俺にとっちゃ、そこにあって当たり前のものだったんだよなぁ……」


 しばらく無言で灯台を見上げた後で、「じゃ、まず中調べてみるか」という脇岡の一言で調査が始まった。


「で、件の電話はどこに?」

「左奥に四角いテーブルありますよね? その奥に、何か棚みたいなのあるじゃないですか、その上です」

「んーと、あ、これか。……何で受話器外れてんの?」


 相変わらず埃を被ったままの電話を見つめながら、脇岡が独り言のように呟く。


「あ、すいません。昨日、僕受話器そのままにしちゃったかもしれないです」


 同行していた溝上が扉の外から応える。


「あれ、じゃあずっと受話器外れっぱなしだったってこと? その割には受話器だけ埃被ってないように見えるんだけど……」

「あ、いや、確か一昨日は星さんが直してたはず……」

「おう、俺は受話器戻したな、間違いなく。あ、そういえば脇岡さん他のここに駆けつけた奴らに聞く限りだと、戻しても翌日には外れてるみたいで、ついでに電話がかかってくるかどうかは受話器が外れてるかどうかと関係無いみたいです」

「本当に? え、じゃあ受話器はひとりでに外れるし、しかも受話器がどんな状態かは電話鳴るかどうかに関係無いってこと?」

「そういうことですね……」


 よくよく考えてみれば、おかしな事である。「こんな時間に毎日毎日意味の無い通報してきやがって」というのがあってかそこに違和感を抱く人間がいなかったのが不思議なほどだ。


「にしても、周りに足跡1つ無いですね……」


 外で何か手がかりが無いか探していた溝上が首をひねる。



「今夜一晩、ここに泊まってみるか……」

「「え?」」


 しばらく調べてみたところで、脇岡からとんでもない提案。


「だって手がかり無いし、それが一番手っ取り早いんじゃないか? 足跡も無いんじゃ、誰かが面白半分でイタズラ電話掛けてる、って訳でも無いんだろうし。」


 言っていることは全くもってその通りなんだけれど、こんな所に泊まるなんて……。そんなことしたくはないが、かと言ってそれを止める合理的な理由は思いつかない。


 消防2人は顔を互いに見つめ合った後、しぶしぶそれを了解するほか無かった。



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