何を何々の何が何

360words (あいだ れい)

第何話 これくらい薄い人間関係であれ。

 グシャ。

 コーヒーを飲み終え、缶を片手で潰してみる。大した握力もないので、やわらかいはずのアルミ缶が中途半端にへこみ、いびつな形になるだけだった。

 さっきまであれほど温かかった缶は中身を失い、外気がいきによってみるみる冷たくなっていく。

 まるで自分を俯瞰ふかんで見ているような気分になる。


「は」と小さく息を吐くと、出てくるのは濃い白のもや。12月中旬ともなると寒さと乾燥が厳しい。

 だから、こうやって自分で稼いだわけでも無い金で、ホットコーヒーを買ってだんを取る。

 だが、安くはない金を払って手に入れた温かさも、全部冬の空に吸い込まれて消えていった。

 手に残ったのは、缶コーヒーの無残むざんな死体だけだ。

 虚しい。

 俺は再び「は」と、さっきよりも小さく息を吐いた。




「おい」

 聞き覚えのある声がしたと思ったら、同時にスパンッ、と軽い衝撃を頭にらった。

 声のする方を向けると、そこにはクラスメートの間中まなか 銀二ぎんじが丸めた美術の教科書を片手で素振りしながら立っていた。凶器はソレらしい。

郡司ぐんじ。逃げるにしても、もっと分かりにくい場所に行くのをおすすめするぞ」

 俺は高校内の自販機コーナー横の壁に寄りかかっていた。昼休みや休み時間は人であふれているのだが、放課後になると人が全くいないため、俺のお気に入りスポットだった。

「それなら、見逃してほしいんだけど」

 俺は叩かれた頭をさすりながら、缶をゴミ箱に入れる。

「無理だな。相手方は先にカラオケで待ってるんだ、早く行くぞ」

 銀二は後ろからガッ、と俺の両肩を掴むと、なんと軽々と持ち上げた。

「怖ぇやめろ! 放せ!」と必死に訴えるが、銀二が力を緩める気配はなかった。


 銀二は今年の頭に、体力測定で握力70キロオーバーの化け物記録を叩きだしている。

 さらに、見た目でもわかるのだが、身長190センチメートル、体重85キロ。俺の身長が170cmで一般的だったとしても、銀二と比べれば圧倒的にチビ。


 そんな銀二の怪力で肩を掴み、さらにこの巨体で持ち上げてしまえば、俺の様なチビが抵抗しても意味がない。

 どうやら銀二は、俺がイエスというまでつもりのようだ。

 クソ!

「分かった、わかった! 行くよ、行くから手を放してくれ!」

「おぉ、良かった。お前が話の分かる奴で」

 俺が『イエス』を言うと、銀二はスッ、と力を抜き、地面にそっ、と着地させる。銀二の手が肩から離れると俺はその場に倒れ込んでしまった。

「バカ力が……」地面から立ち上がりながら、俺は呟く。


 行くぞー、と言いながら先を歩いていく銀二の背中を見ながら、俺はあいつが心優しい人間で良かったなと、心の底から思うのだった。




 ――――――***――――――




「カミって、いると思いますか?」

「カミぃ?」

 ベンチの隣に座る後輩の床真ゆかま ユカミが、唐突にそう質問した。

「えぇ、カミです。あのスーパーなパワーで世界を作ったり、壊したりしちゃう奴です」

「カミかぁ、いるんじゃね?」

「ほぉ! 郡司さんはいると。して、理由ワケは?」

「だって俺たちが今ココにいるじゃん? ってことは、カミがスーパーなパワーでこの世界を作ってくれたってことになるわけじゃん」

「郡司さんに聞いた私が馬鹿でした。そうでした、あなたはつまらない男だったのでした」

 ユカミは、大げさにやれやれ、と首を振って遠い目をした。

「……だったら。ユカミはどう考えているんだよ」

「私? 私ですか」

 俺がユカミに質問すると、そうですねー、としばらく俯き、言った。

「私はカミはいると思います」

「ほら! ユカミも同じじゃん!」

「いいえ、つまらない郡司さんとは私は違いますよ」

「じゃあ、何が違うのか言ってみろよ!」


「例えば」


 ユカミが突然声のトーンを落とす。まるで、周りの誰にも聞かれてはいけない秘密を話す時のように。

「実は私が、カミだったりして」

 そう言った彼女の目に光は無く、謎の真実味を帯びていた。

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