Day.15 オルゴール

 そのオルゴールは世界を救うという。

 神殿の奥に安置されているオルゴールは、貝殻の裏側に似た真珠色の素材で出来ていて、流水のような模様がぐるりと側面に描かれており、蓋は不思議な七色のきらめきを持つ玉で飾られていた。世界を救うというそのオルゴールは今まで一度も鳴らされたことがないが、外側は丁寧に手入れされていた。

 その安置所に、一人の少女がやってくる。神殿に仕える巫女である。彼女は今日からオルゴールの手入れを任されることになっていた。まずは祈りを捧げ、それからオルゴールを持ち上げると柔らかな布で優しく拭う。磨き終えると玉がきらきらと光を反射し、巫女は嬉しそうに目を細めた。

 それから巫女はオルゴールの手入れをし続けた。七年ほどが経った頃、神殿の近くで戦争が起こった。神殿にまでその戦火は及び、神殿の民たちもまた狼藉の対象となった。彼らにとって神殿は異教のものであったゆえに。

 巫女は神殿の奥に走り、オルゴールを手に取った。このオルゴールは世界を救うという。それを全面的に信じてはいなかったが、せめてこの状況を打破するものであれ、と願いながらねじを巻いた。そのねじは一度も巻き上げられたことがないというのに、滑らかに動いた。

 そして、蓋を開ける。

 戦争は終わった。一帯が一夜にして――正確には一瞬であったという――更地と化し、兵士どころか国までなくなったからである。オルゴールは世界を救ったが、人間を救うことはなかった。

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