第2章

陽斗が海斗を呼びに行っている間、春樹と蒼は口を閉ざしたままだった。決して気まずい雰囲気だったからではなく、蒼が未だに考えている素振りをしているから春樹は同じように口を閉ざしていた。


すると、遠くから二人の話し声が聞こえて来た。目の前まで来ると一旦静かになり、陽斗が「海斗を連れて来ました」と襖の前で報告する。


「どうぞ、中へ入ってください。すみませんね、海斗。いきなり呼び出したりして」


「あ、いえ、大丈夫です。まぁ、陽斗の説明では一切何も分からなかったので改めてここで話を聞こうと思っています」


「何で俺の説明が分からねーんだよ!」


「お前の話は効果音が多すぎる。感覚で話すなっていつも言っているだろう?」


さらり、と毒を吐く海斗に反論する陽斗。騒がしいこの上ないが、蒼は「今はそんな話はしていられません」と静かに諌めた。


「す、すみません……」


「いえ、私も少し焦っているのできつく言ってしまいました。……では、本題に戻します。実は、先程陰陽寮から妙な話を聞きました。それが……」


春樹が試験を受けた時に起きたこと、更にはそのことについて発覚したことについて、全て話した。海斗の聞く姿勢はいつもより真面目で、深刻そうな顔をしていた。話終わった後、しばらく沈黙が続いた。


「……要するに、今春樹の周りでは様々な力が動いている、ということですか?」


「そうですね。まさに、彼のこの力を巡ってなのか、はたまた私の目論見に勘付いた輩がいたのか……真相は謎ですが、これからは今までよりも変化が激しくなるかもしれません」


「変化が、激しく……」


改めて話を聞いた春樹は今自分がいかに渦中の人間であるか、と言う事実を突き付けられた。彼がこの世界に入らなければ起きなかったことが次から次へと起きている、そのことから目を逸らしたい気持ちでいっぱいのようだったが、首を振って彼らの話に突っ込んだ。


「あの、さっき話していた僕の存在が邪魔って話は一体……?」


「……春樹、今から話ことは決して私達は思っていないと言うことを信じてください。あくまでも上層部が思っているだけです。いいですね?」


「分かりました」


「……まず、この国は現在二つの国に別れているのは知っていますね?」


「それはもちろんです」


「別れることになった理由は簡潔に言うと権力争いです。どちらが国の主導権を握るか、とのことで争いになりました。永遠に続くと思われた争いは今は“休戦”となっていますが、それはあくまでも休んでいる状態なのです。終わっていません。では、どうしたら終わるのか?」


「どちらかが、勝つまで、ですか?」


「そうです。簡単な話です。相手の国を潰してしまえば勝つのです。しかし、それでは困る人が出て来ます。今の状況で一番得しているのは誰でしょうか」


「上の身分の人間、ですか?」


黙って頷く蒼。話についていけない陽斗と春樹は首を傾げたままだ。


「え、何で上の身分の人間だけなんですか?だって、あの会合も統合するためのものなんですよね?」


「それはあくまで建前です。お互いに変な動きをしていないか、探りを入れているだけです。現状で位が上の人達がしているのはほとんど商売です。その中でも相手の国、華国に繋がって商売をしている人間もいます。表面上は対立していても、統合するための話し合いがあるように見えますが、水面下では危ないことをしている人間はたくさんいます。それこそ、奴隷商、とかですね」


小さく揺れる春樹の肩。彼自身もその奴隷商に見つかって奴隷として売られていたのだ。国内では暗黙の了解のように誰も言わないが、恐らく他国には見せていない部分であるのかもしれない。


「これで戦争が再度始まり、統合されたら?相手国にしていた商売は出来なくなり、儲けることが出来なくなる。簡単ですが、複雑な事情があるのです」


「そう、ですか……」


言葉を濁して答える陽斗。聞いてよかったのか、と言うのが彼の表情からも伺える。表面上では綺麗な部分だけを見せ、実際はどろどろの事情が見れ隠れしているのがこの国、和国である。


向こうの国に行ったことのない春樹でも、自分が彼らにとって何故邪魔な存在であるのかを思い知らされた。俯き、拳を力強く握る春樹。彼の様子を見た蒼は話を続けた。


「ですが、そう易々と春樹と私の邪魔をされたら困ります。それこそ、今回は分かりやすい状況だったので何とか出来ましたが、これからはどんな手で阻害するのか分かりません。しかし、私以外にも他の十二神司がいます。絶対に、春樹のことを守ります」


春樹に向けた彼の視線は真っ直ぐなものだった。彼の話を聞いていた春樹はその目を見て、もう一度拳に力を入れる。


「……守られてるだけじゃ、駄目です。僕も、戦います。あいつの為にも、自分の為にも」


「ふふっそうですね。あなたは守られるだけでの人間ではないですものね」


彼の宣言に一瞬だけ目を見開いたが、少しずつ逞しく育っていく弟子を見て、親心がくすぐられるような思いをした。二人のやり取りを見ていた陽斗と海斗は春樹の背中を同時に叩いた。


「なーに言ってんだ!俺らもいるだろ!」


「そうだよ、一人で何でも抱えすぎだよ。俺らもお前を守ってやるよ、この命に代えてもな」


「おうよ!海斗の言う通りだ!先輩に任せとけ!」


「はいっ……!」


彼らの声援に胸から込み上げてくる思いを必死に隠そうとするが、それを超える程の気持ちが止まらないようだ。震える声と、鼻をすする音が聞こえてくる。


陽斗は豪快に笑いながら、海斗はそれを見て強く叩いた背中をさする。そんな三人の姿を見て、自分一人だけで戦っているのではないことを強く感じた蒼。


「これで、本当に叶えることが出来れば……」


小さく呟く声は外から運ばれてくる暖かい風と共に消えて行った。





「ついにお前も陰陽寮へ入学かぁ!一緒に通えるの楽しみだな!」


「はい!よろしくお願い致します!」


「さっきからそれ何回やり取りしてるんだ。春樹はこれから式があるんだ。俺らはいつも通り課業があるだろう?ほら、さっさと行くぞ」


「あぁ〜!待てよ〜!じゃあな、春樹!また後で会おうぜ!」


「はい!」


満開に咲き誇る桜は少しずつ散り始めていた。陰陽寮の中で見た大量の桜の木は悲しげに花びらを少しずつ落としている。その姿を見て、少し前の試験のことを思い出す春樹。


陽斗と海斗、二人と別れた後しばらく眺めていた。すると、後ろから強めの衝撃を受けて一瞬ふらついた。勢いよく振り返ると、そこにはあの時話しかけて来た彼がいた。


「よっ!春樹!やっぱりお前も受かってたんだな!聞いたぞ〜!お前、上位式神を一人で召喚したんだって?」


「あの、君、誰だっけ?」


「え!?俺のこと忘れたの!?酷いな〜、筆記試験の時に話しかけたの俺だけだったじゃん?ほら、思い出して!」


「えー……誰だ?」


「もー!月輪冬吾(とうご)だって!改めて、同級生としてよろしくな!」


明らかに嫌がっている春樹のことを全く気にすることなく話を進める冬吾。彼の底抜けに明るい性格に押される春樹は差し出された手を仕方なく握り返した。すると、返された握手が相当嬉しかったのか、上下に勢いよく振って「これで友達だな!」と言った。


「え?いや、僕は君と友達では……」


「お前も式に出るんだろ?じゃ、一緒に行こうぜ!」


「ちょ、待ってよ!」


春樹の話を聞く素振りなんて全く見せず、握った手をそのまま離さずに引っ張る。引きずられるようにして式が行われると聞いた建物へ向かう二人。いや、一人は嫌々向かっている。それを先程別れた二人が遠くから見ていた。


「お、早速友達が出来たのか〜?」


「まぁ、ここには色んな子がいるからね。」


「良かった良かった〜!あいつ、誰とも一緒にいようとしないだろ?心配してたんだよな〜!」


「俺もだよ。でも、彼がきっかけで春樹の心が温かくなって行くだろうね。楽しみだよ」


「そうだな〜!」


そんな話をされていることなんて全く知らない春樹は観念して一緒に向かうことにしていた。陽斗と海斗は少しの間だけ彼らを見送った後にすぐに自分たちの課業が行われる建物へと向かうのだった。




一方その頃。


春樹は散々引きずられた挙句、式では新入生の代表として前に出た。事前にこの話は聞いていたので何事もなく終わらせることが出来たのだが、その間にも周囲から視線を感じていた。


隣にいる冬吾が式直前まで騒いでいたから、ではなく、春樹のその容姿に全員が注目していた。周囲は黒髪かあっても茶髪に、髪色と同じ目の色だった。所謂、好奇の目に晒されていた春樹は変に圧力を感じて式が終わる頃には心身ともに疲弊していた。


「―――と言うことで、明日から課業が本格的に始まります。最初の一年は座学が主軸となりますので筆や帳面を忘れないようにお願いします。では、今日はこれまで」


淡々と告げた老師は「解散」と最後に一言付け足して部屋から去って行った。それと同時に少しずつ騒がしくなる室内。今日は特に何も持って来ていないので、春樹はすぐに帰ろうと席を立つ。


すると、後ろからまたドンっと強い衝撃が来た。嫌な予感しかしなかった春樹だが、渋々振り返るとそこには冬吾が。


「なぁなぁ!お前、もう帰るのか?」


「そうだけど?帰って勉強するからな」


「え〜?真面目だな、お前は〜!ちょっとくらい遊んでも大丈夫だって!」


「お前には関係ないだろ?じゃ、僕は帰るから」


「つれないなぁ〜……ま、いっか!明日も会えるしな!じゃ、また明日!」


冷たく突き放しても話しかけて来る彼に拍子抜けしてしまう春樹。もっと何か言われるかと思ったのだが、それ以上何も言わず他の生徒に話しかけに行った。それを見て(あいつも俺が珍しいだけだろ)と思いながらその場を後にした。



「……き。こら、……き!春樹!」


「え、は、はい!」


「どうしたのですか?そんなに呆けて。貴方から質問しに来たのでしょう?」


「す、すみません……」


目の前にいる蒼は不思議そうな顔をして春樹を見ている。注意しながらも彼の様子がいつもと違うことを心配し、首を傾げている。彼のその様子に心配かけまいと思いつつも、今日のことについて頭の中ではぐるぐるよ巡っている。


「……はぁ、今日はもう止めましょう」


「え!あの、集中出来ていないことに関してはすみません!ですが、明日の予習も……」


「春樹、落ち着きなさい」


いつもとは違う声色で蒼は春樹を諭す。焦っているのが滲み出ているようで、眉をずっと下げて早口になっている。


「今の貴方の実力なら1ヶ月くらいの勉強は大丈夫ですよ。焦りは禁物です。しばらくは九条邸での勉強も無しにしましょう」


「で、でも!」


「春樹、もう一度言います。焦りは禁物です。今すぐにでも陰陽師になりたいのは分かりますが、貴方には勉学以外にも学んで欲しいのです。きっと、陰陽寮には貴方の知らないことが山ほどあるでしょう」


開いていた巻物を軽快に片付けて行く蒼の姿を見て春樹は更に大きな声で否定する。しかし、自身でも気が付いていない気持ちに蒼は察して被せるように話す。


何も言えずにいる春樹は自分の拳を強く握りしめている。額からは汗が滲んでいるのが見えるのか、蒼は軽くため息を吐いた。


「ほら、部屋で貴方の帰りを待っている先輩がいますよ。行ってあげなさい」


「はい、分かりました……」


渋々、と言ったように春樹は重い腰を上げた。静かに蒼の前から下がり、廊下に出た後も深いため息が出た。


「俺、何してんだろ……」


「なーに思い詰めているんだ?」


「よ、陽斗さん……」


追い出される形で廊下に出たのだが、独り言を拾ったのは陽斗だった。いつの間にここに来たのか分からないが、そんなことを問い詰める気にもならない。珍しく突っかかってこない春樹を変なものを見るような目で覗き込んで来る。


「珍しいな。お前がそんなに元気ないなんて」


「まぁ、ちょっと蒼さんに言われまして……」


「ふーん、そっか。ま!俺なんて毎日言われてるけど、全く凹まないけどな!」


一人でケラケラと楽しそうに笑っている。いつもなら釣られて笑う春樹だが、今回はそんな気も起こらないようで。


「ほら、部屋に行くぞ。海斗もお前のことを待ってるからな」


黙って頷くだけの春樹に背中を強く何度も叩く。それはいつもの彼なりの励ましであることを知っているので、何処と無く安心感を得られた。二人で黙って歩くこと数分、見慣れた襖を先に陽斗が開ける。


「おーい、連れて来たぞ〜」


「あぁ、おかえり。あれ、春樹元気ないの?」


「らしいんだよ〜なんか、蒼さんに色々言われたって言ってんだけどよ、俺なんか毎日言われてんのにこんなんだぞ?」


「陽斗はいい加減に蒼さんの話をしっかり聞いた方が良いと思うけどね」


二人の間で繰り広げられる会話はいつもの調子。そんな彼らと一緒に笑っているはずの春樹が全く興味を示さないので、流石に不安を煽られたのは海斗だった。


「……また何か、あったんだね。話してみなよ、良い助言が出来るかは分かんないけど」


眉を下げながら笑いかける姿は凹んでいる春樹を自分の弟のように思っているようだった。彼の思いが伝わったのか、閉ざしていた口を動かす。一瞬だけ開いたその口は再度閉ざされ、それでも二人は春樹が話すのを待っていた。


すると、「その、ですね」と重たそうな口をゆっくりと開いて口火を切った。



「……僕には、一体何が足りないのでしょうか?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る