第2章 恐怖


「なんや話が聞こえて来たと思ったら俺ん所の悪口言っとったんか〜?あん時あんなにも仲良うしてくれてたや〜ん」


「あの、そこまでお話していないと思うのですが……」


「烏丸さん、ここは一応和国やまとのくにの領土です。あまり好き勝手されては困ります。それよりも、貴方を案内していた巫女がいたはずですが?」


「あぁ、そん人ならとっくに巻いて来てしまったわ〜すまんなぁ」


「申し訳ないと思うのでしたら、彼等にちょっかいをかけるのは止めてください。今、とても大事なことを話しているのですから」


するりするりと躱すように話をはぐらかす烏丸。春樹や海斗達だったら太刀打ち出来ないかもしれないが、流石は神主と言った所か、核心をつくような話し方をしている。それに対してニヤついている表情を一切崩さない烏丸は一体何者なのか、と気になってしまう。


「あの、何でここに烏丸さんがいらっしゃるのでしょうか……?」


「……ここは、和国やまとのくに華国はなのくに両国の中でも有数の神社です。彼等のような十二神司にでもなると、容易に来ることは可能です。もちろん、国の許可を経てですがね」


「そうそう〜やで、俺もここにおるって訳なんよ〜」


やっと出た質問に嫌そうに答えている神主。華国が嫌、ではなく、烏丸の存在が苦手なようだ。それでも全く気にすることない彼は春樹に足音を立てずに近づく。


彼の動きに敏感になったのは本人よりも、むしろ神主と先輩2人だった。身構えるような動きに烏丸は「そんな、ここで変なことなんかせぇへんよ〜」とヘラヘラ笑っている。


「なぁ、春樹くん。十二神司の技、見せてもらったことあるん?」


「まぁ、この前一度だけ……」


「なんや、既に九条が見せとったんか。つまらんなぁ」


大きくため息をついた烏丸は心底つまらなさそうな顔をしている。しかし、すぐに表情を変えて何か悩んでいるような振りをしていた。しばらくの沈黙の後、「あ、そうや!」と思いついたように嬉しそうに人差し指を伸ばした。


「折角ここで会ったんやで、俺の技も見せたる!」


「え?」


「ちょっと、烏丸さん。勝手なことは困ると今言ったばかりで……」


「別にええやろ?もちろん、外でやるし、ここにはなーんも迷惑かけんで!」


突然の思いつきに戸惑う神主。当然彼の唐突な行動を止めたが、それを軽く避けて外に出る烏丸。彼の行動が全く読めない三人は2人の攻防を呆然と見つめるだけだ。


「ほら、そこの2人も春樹くんと一緒に来ぃや?」


「……はぁ。これが終わったらすぐに戻ってくださいね?」


「もちろんやで!ささ、神主の気が変わらんうちにはよ!」


立ちっぱなしになっていた三人を誘うと、仕方ないと言わんばかりに神主は諦めた。しかし、その後の行動に釘を刺した。2人のやり取りを見ていた三人は烏丸に言われるがままに外に向かう彼に後ろをついて行った。


外、とは言っても先程三人が入って来た玄関口。履物を脱いでいたので、急かされながらそれらを履き、奥の方へと勝手に進む烏丸の後ろをついて行く。


「なぁ、春樹。あの人って俺らが話したあの烏丸さんだよな?」


「え、まぁ、そうですね……」


「なんか、やたら春樹気に入られてないか?大丈夫?」


「よく分からないです……」


声を潜めて話をしていると、いきなり止まった烏丸。くるりと三人の方へ振り返り、元々細い目を垂れさせて話を始めながら、彼は自身の来ている装束の袖から何かを出して、手の平に乗せた。


「さて、君らも俺が使っとる十二神司は知っとると思うけど、もう一度紹介したるな〜……『姿を見せぬ命ありき物達よ。ここに正体を現し給へ。』」


彼が唱えた後、ふぅ、と息を吹きかけた。彼の吐息によりふわりふわりと舞っているそれは地面に着く直前、ぼふんと大きな音が鳴った。煙をもくもくと立てて出て来たのはやはり老人のような、と言うより老人であろう綺麗な白髪を持ったおじいさん。


春樹にとっては2回目の対面だったが、未だに彼が嘘を吐くような人間には見えないと思っていた。


「春樹くんは会うの2回目やんなぁ?彼が十二天将の1人、『天空』や。今から彼と一緒に一つの技を見せるなぁ〜」


のんびり話をしている烏丸は横にいる彼を軽く紹介し、今いる場所よりももう少し奥に向かって歩き始めた。ついて行くか迷った三人は「こっちに来ると危ないで〜」と言う彼の忠告に従うように動きを止めた。


「ほんなら、行くで〜!……『十干じっかんつちのと虚空こくうつかム』」


ヘラヘラとしていた彼の表情は変わり、低く真面目な声で術を唱えた。すると、今までなかった霧が何処からか発生し、目の前がどんどん霞んで見えなくなって行く。


もちろん、術者である烏丸も天空も同じように見えなくなって行くのを不気味に感じ、何やら不穏な空気を更に感じ取った。海斗や陽斗も同じように眉を下げて不安な気持ちが表情に出ている。


周りを見渡しても全て真っ白。文字通り真っ白な視界に戸惑っていると、今度は断末魔が聞こえて来る。


「な、なんだよ、これ!」


「陽斗、落ち着いて。これは多分、幻覚を見せる術だよ」


「あら、よお知ってるなぁ。そうやで、これは君達に一種の幻覚を見せている。もちろん、効力はいつもより抑えているけれど、君らには少し強いかもなぁ」


位置が分からない烏丸の声を聞きながら、不安を煽るような台詞を聞いてますます体が固まってしまう三人。陽斗に至っては先程の眠気はどこへ行ったのか、周囲をひたすら見渡している。


「あ、少し霧が晴れて来ましたよ」


「本当だ。これで、ようやく……う、うわぁぁぁああ!?」


「陽斗さん!?大丈夫です……え?」


「春樹?どうした?って……な、何だこれは!?く、来るなぁぁぁぁああ!」


「海斗さん!?2人とも、どうしたんですか!?」


「め、目の前に大きな蜘蛛が……!く、来るな!止めろ!」


大混乱している2人は目の前に“何か”が迫って来ているように見えた。あまりの慌てっぷりに何がどうしているのか、全く分からない春樹。しかし、春樹も例外ではなく目の前に現れた“もの”に対して目を大きく開いた。


「な、何で、お前が、ここに……」


「「うわぁぁぁぁぁああああ!?」」


パンッ、と手を叩く音と共に目の前に迫るものと霧が一斉に消えた。肩を揺らしながら呼吸をしている2人、陽斗と海斗は汗をびっしょりとかいているようで、その場に座り込んでしまった。


「さ、お帰り。どや?俺の術は。最高に、恐ろしいやろ?」


頭を勢いよく縦に振る2人は今にも吹き飛んでしまいそうだ。2人の反応に「そうやろう、そうやろう?」と嬉しそうな顔をしている烏丸。


こんな状態の人を目の前にしてそのような表情が出来る彼の精神を疑いたくなった海斗と陽斗。しかし、立ったままの春樹は何処か違う場所を見ていた。


「……さぁ、春樹くんは何が見えたんやろなぁ?」


「……俺の、僕の、友人です」


「友人?それはまた、どんな様子やったん?」


「彼は、笑っていて。でも、表情がどんどん変わっていって、それから……」


「春樹くん!!」


ぼつぼつと烏丸の質問に答える春樹。無意識なのか、光っていた青い目は何も映さない深海のような色へと変わっていた。


2人も同じように彼の言葉を聞いてるだけだったが、突如叫ばれた春樹の名前。ハッとした春樹は「あ、あれ?」と現実世界へと戻って来たようだった。


「烏丸さん、一体何をしたんですか?」


「おやおや、神主。何を怒ってるんや?俺は“ただ”術を見せただけやで〜?」


「そんな訳ないでしょう!何故、春樹くんにだけこんなにも強い霊力を向けたのですか!?」


鬼気迫る声の持ち主はこの神社の神主だった。後ろから聞こえて来た声にぼーっとしていた頭がはっきりとした春樹。今、自分が何を話そうとしたのか分からず、叫んでいる神主を見ているので精一杯だった。


「……さぁ?何のことやろなぁ?俺には分かりませんわぁ〜」


「惚けるおつもりですか!十二神司と言えど、許される行為ではありませんぞ!」


「はいはい、そんな怖い顔せんと、もうお暇させて頂きます〜ほな!春樹くん、またな!」


「烏丸さん!待ってください!まだお話は終わっておりません!」


神主の激昂に触れた烏丸はひらひらと手を振って、まるで水平移動するように去って行った。彼の言動は神主を更に怒らせるには十分な条件であり、スーッと逃げるように去る彼を追いかけて行った。


取り残された三人は、先程起こった出来事に頭が追いつかないようで、呆然としていた。特に、春樹はまだ何処かに魂が取り残されたような顔をしていた。


「……あれは、一体何だったんだろうな」


「俺、聞いたことある。この前仲良くなった子が言っていた。天空の技は主に幻覚を見せるものが多くて、ほとんどが相手に攻撃するものではないんだって。その代わり、術者が相手に対して戦意喪失させたり、気絶させたりする術がほとんどらしい。……その中でも、今回の『虚空ヲ掴ム』は相手、つまり非術者に対してその人自身の恐怖の対象を幻覚として見せてくる。要するに……」


「自分の奥深くに根付いている“恐怖の対象”が出てくる、と?」


「……まぁ、そう言う事だね。話は聞いていたけど、だからと言って俺達がどうにか対処出来るようなものでもない。あれが、蒼さん以外の十二神司の実力だよ」


海斗の説明を聞いて何となく頭では理解した陽斗。だが、頭では理解していても体がすぐに動けないのが事実であり、自分達との実力差である。


衝撃的であったその術は、跡形もなく消えている。目の前まで来ていた恐怖対象も、いつの間にか消えている。その現実を受け入れられずにいると、ふと横にいる春樹を見た海斗。


「春樹、大丈夫か?お前が一番強い術をかけられてたって聞いたけど……おい、春樹?」


「え?あ、すみません。なんか、まだ夢の中にいるみたいで……」


海斗に声をかけられても全く気がつかなかった春樹。二度目の呼びかけにより反応が出来たが、まだ術の影響が出ているようにも見えた。そんな彼の反応にどう話しかけたら良いのか分からずにいると、陽斗が唐突に質問した。


「お前、一体何が見えたんだ?」


「え?」


「さっきの術は、その人の恐怖の対象が見えるんだろ?俺は……まぁ、大嫌いなものが見えて、海斗は巨大な蜘蛛だったんだろう?でも、お前だけは俺らと反応が違ったからな」


「それは……」


口ごもる春樹。陽斗の質問は鋭かったようで、目を泳がせているのが分かる。その反応を見た陽斗はこれ以上聞くかどうか迷っていたが、それを察した海斗が再度質問をした。


「春樹。烏丸さんが一体何をしたかったのかは分からない。けど、お前のその恐怖の対象を知ることで俺らが何か出来るかもしれない。だから、教えてくれないか?」


「……わかり、ました。でも、他の人には絶対に言わないでください」


「もちろんだ」


下を向いていた春樹は覚悟を決めたように手を固く握っていた。未だに顔を上げない春樹を見て、2人は互いの顔を見合う。いつもと様子が違う自分の後輩を想っての行動だったのだが、烏丸が言った「友人」と言う言葉が誰のことを指しているのか、何故口ごもったのかを思い知らされることとなった。


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