第2章 信仰

辿り着いた小さな島は木々が鬱蒼と生えており、空を見てもあの澄んだ青色は微かにしか見えていない。所々から入ってくる木漏れ日は輝いているようで、目に入ると少しだけ目を瞑ってしまう。周囲を見渡すように歩いている春樹は時々転けそうになっている。


「なんか……神秘的?みたいですね」


「まぁ、神社だからね。霊力が溢れ返っているんだよ」


何と表現したら良いのか分からず、思いついた言葉で尋ねる春樹。さも当然化のように受け答えをする海斗は前を歩いたまま振り返ることはない。


あまり整備されていないのか、はたまたそんなことが出来ないのか、不安定な足元をしっかりと確認しながらついて行った。


すると、遠くからでも見えるそびえ立つ一つの鳥居。あちこち寂れているようだが、その堂々とした佇まいに気圧されそうになる。歩みを進めるたびに近づいてくるそれに不思議な気持ちを抱きながらも足を止めることはなかった。


目の前まで迫った鳥居は陽斗も海斗も躊躇いなく潜って行く。春樹はと言うと、一歩手前で止まってしまった。


「どうした?」


「いや、なんか、僕なんかが入っても大丈夫なのだろうか、とか思って……」


「何を言ってんだよ!ここでは皆んな平等だ。どんな身分でも関係ないんだよ」


「そう、ですか……」


先に入って足を止めた春樹に気がついた二人。先程とは違い、振り返って話を聞いたのだが、そこまで深く受け止めていないようだ。


しかし、歩みを止めた春樹の中ではまだ自分の出自を後ろめたく思っているのだろう。神聖な場所、と言われて自分が入っても良いのだろうか、などと考えてしまったようだ。


そんな不安を汲み取ったからなのか、陽斗が出来る限り明るく振舞って言った台詞は春樹の歩みを動かすには十分だったようだ。未だ浮かない顔をしているのだが、『平等』という言葉を聞いて気が軽くなった春樹。


「すみません、行きましょう」


「そうだね、早く行ってお参りしよう」


気を取り直したように一歩を踏み出し、鳥居を潜った。彼の行動を見ていた海斗はせかすようなことを言ったが、また何かを乗り越えたような面持ちでいる彼を嬉しく思っているようだ。陽斗はと言うと、二人よりも先に進んでおり、遠くから「もうすぐそこだぞ〜!」と手を振っている。


「分かってるよ。ほら、春樹」


「ありがとうございます」


差し出した手を受け取り、力を入れて握る。海斗は掴まれた手を引っ張り、足取りが少し重くなっている春樹を受け止める。登ったり下ったりするのを繰り返しているからなのか、思うように足が動かない。慣れない山登りに苦戦しつつ足を動かす。


「ほら、ここが神社だよ」


「こ、これが……」


「な?凄いだろ?」


「何で陽斗が自慢するんだよ……あ、ほら、あの人が神主さんだ」


遠くから見ているだけでは分からなかったその場所は、一度登り切ると目の前に広がる巨大な建物。しかし、古く歴史が刻まれているのがうかがえる。太く、綺麗に整えられている柱が全体を支えるように堂々と立っている。


圧巻される佇まいに言葉を失う春樹の横で腰に手を当て偉そうにしている陽斗。自慢げにしているその姿に呆れている海斗は指を差した。


「神主、ですか?」


「そうだよ。彼はこの神社の全てを管理しているんだ。すでに蒼さんが話をしているはずだから、大丈夫だよ」


「な、なるほど……」


見上げる程大きい屋敷のような建物の前にポツン、と立っている人がいた。少し変わった風貌で立っている彼は微笑みを崩さずに立っている。止めていた歩みを再び動かし、彼の元へと向かう海斗と陽斗。


動き始めた二人に慌てて付いて行く春樹は転けそうになりながらもどんどん近付く屋敷に釘付けだった。


「こんにちは、神主さん。わざわざ表に出て来て頂いて、ありがとうございます」


「いえいえ、こちらこそこんな遠くまでお越し頂いてありがとうございます。……と、言いたい所ですが、貴方達のことなので恐らく相棒と一緒に来たのでは?」


「ははは……流石、神主さんには全てお見通しですね……あの、蒼さんにはこの事は内密にお願いしても……」


「ふふっもちろんですよ。では、早速中へとご案内しますね」


海斗と神主と呼ばれる男性は挨拶もそこそこに話題を変えられた。全てを分かった上で待っていたという事に驚きつつ、式神を使うのは良くなかったのか、と少し肝が冷えた春樹。


当たり前のように使っていた二人を見ていたので、大丈夫だと思っていたのは良くなかったようだ。神主の後ろをついて行く二人の背中を見ながら、次はしっかりと確認してからにしよう、と密かに決めた春樹だた。


「あ、あの……」


「あぁ、君が春樹くんですね。話は聞いております。期待の新人くんなんですよね?」


「え?あの、何の話を……?」


「まーたあの人何か言ってたんですか〜?」


「まぁ、それ程春樹に期待してるって事だよ。そうですよ、彼が春樹です。来月には陰陽寮に入るための試験があるので、その前に色々教えようと思って伺いました」


今までの経緯を話す前にすかさず神主さんは春樹に視線を向けた。目頬染め、彼らよりも背の高い彼は少しだけ腰を曲げて視線を合わせるようにしている。急に距離を縮めて来た事に一瞬身を引いたのだが、それよりも初対面なのに名前を知っている事の方に目を見開いてしまった。


「そうですか。蒼さんが言っていた事と同じですね。もちろん、彼のような才能を持て余すことなどしてはいけませんよ。私が全力で支援いたしましょう」


「あ、ありがとうございます!」


「元気が良いですね。では、まずは神社の仕組みについて説明いたします。あ、お好きな所へお座りください」


歩きながら話を続けていると、一つの板の間に通された。先に中へと入って行った神主さんは慣れたように上座へと座る。彼に続くように海斗も陽斗も中へと入り、向かい合うようにして正座する。


春樹はどうすれば良いのか分からなかったのだが、とりあえず彼らと同じ行動を取れば良いと思い真似をした。この部屋は天井はそこそこ高く、たった4人で座るには少し広い。この前訪れた会合の部屋よりかは小さいが、立派な造りであるのは知識のない春樹でも理解した。


「あの、神主さん1人でここを管理しているのですか?それだったら、あまりにも広すぎるような……」


「あぁ、もちろん他にも人はいますよ。巫女さん、という方々が私の元で働いています」


「巫女さん?」


「神様に仕える女性のことだよ。今ではほとんどが神社で神主さん達と一緒に管理をしているんだどね」


「なるほど……」


「彼女達には別のお客さんを相手してもらってるからね。僕だけでは頼りないかい?」


「い、いえ!そんなことありません!」


慌てて否定する春樹は目の前で手を何度も横に振る。ここに来るまで誰にも会わなかったことが不思議だったようだ。神主はからかっただけなのか、喉で笑っているようだ。


彼がただ単にちょっかいをかけているだけなのは分かっていた海斗も同じように笑っている。春樹の質問に答えていた彼の横で眠そうにしている陽斗は大きな欠伸をしている。


「さて、眠そうにしている人もいることだし、早速話を進めましょうか」


「うっ……お、お願いします……」


胡坐をかくような態度を取っていた陽斗は痛い所を突かれたように体を強張らせる。そんな彼の態度を見た海斗は隣から肘で横腹を突つく。2人の様子を見ていた神主は少し微笑み、三人に話を始めた。


「では、まず神社についてですね。来たなら分かると思いますが、ここの神社は海に囲まれている孤島です。このような神社は少ないですが、ほとんどは自然、所謂山や海の近くにあります。それは……」


「霊力が、溢れているから、ですよね?」


「そうです、しっかり予習しているのですね。では、何故その霊力が神社に集中するのか?それをご説明致します」


嬉しそうに目を細めた神主さんはいつの間にか横に置いてあった巻物を手にした。褒められたのが嬉しかった春樹は少し胸が踊った。しかし、次の瞬間巻物に目が行き質問をした。


「それは……?」


「これは、今まで神主に受け継がれて来た巻物です。ここにはこう書かれています。『……故に霊力とは、神々や見えない物に対して信じるこ心を持っている者の心なり。信じる者には見え、信じぬ者には死ぬまで見えぬだろう。』…と、こんな感じですね。分かりましたか?」


「い、いえ、全く……」


尋ねられた気がした春樹は質問にたどたどしく答える。他二人の反応も気になったのか、視線を彼らに動かしたが、同じく分かっていないようだった。すると、「そうですよね」と相槌を打った神主さんは再度話を始めた。


「省略してしまいましたが、長々話すとまた寝てしまう人がいますので……まず、ここ神社では神々を奉っています。神様と言うのは私達人間の前には姿を現すことはありません。目に見えない彼等に対して畏怖の念を抱いているのが人間であり、そのような気持ちが霊力の一部だと言われています」


「えー…っと、つまり……?」


「要するに、私達は目に見えない彼等が『存在している』と『信じている』気持ちから霊力が発生するのではないか、と言われています」


「そ、そんな曖昧な物で大丈夫なのですか?」


「春樹くん。人間の信仰心を甘く見てはいけません。人の心と言うのは実際に存在しない物をあたかも存在しているかのように変えることが出来るのです。今の所はそこまでしか分かっていないのですが、今までの歴史の中でも人間の信じる心により生まれた化け物がいるのですから」


最初は少し莫迦にするように欠伸をしかけた陽斗を一瞥していた神主。しかし、その後の話の内容は決して明るい物ではなかった。彼の話に付いていくのが必死な春樹は今まで自分が学んできた知識を活用して考えていた。


彼が言った化け物、と言うのは恐らく式神として召喚される彼等のことだろう。以前、学舎の書庫にあった本で読んだのを思い出した春樹は口を開いた。


「あの、その化け物って僕達が召喚する式神のことですよね?」


「えぇ、一応はそうなっています。彼等には失礼かもしれませんが、この世に存在している物とは思えないからこのように呼んでいるのでしょう」


「その……陽斗さんや海斗さんが所持している式神の彼等も元は化け物だった、と言うことですか?」


「そう、ですね。式神の彼等は元々妖怪であることが多いです。妖怪と言うのは霊力と同じで、人が想像し、それを信じることにより具現化する。ほとんどの妖怪は悪さをしてしまうので、悪行罰示式神あくぎょうばっししきがみとして従わされることがほとんどですがね」


自身の頭の中から聞いたことある単語を呼び起こした春樹。自身がいつか使うかもしれない式神は誰なのだろう、と考えた。


「貴方が将来所持する式神はどんなのでしょうね」


「えっ」


「ふふっ顔に出てますよ」


柔らかく微笑んだ神主に考えていることを見抜かれたことに対して何だか小っ恥ずかしくなった春樹。咄嗟に顔を隠してしまったのだが、彼の行動は逆に羞恥心を出していることになってしまった。


「あはは!お前、本当に表情隠すの下手だよな!」


「うっ……そ、それは仕方ないじゃないですか……」


「でも、自分の表情を表に出さないのも優秀な陰陽師になる条件の一つだよ。実際に戦う時に相手に自分の感情を悟られたら不利になるからね」


「き、気をつけます……」


少しからかわれつつも、的確な助言をしてくれる2人に感謝しつつ、これからは気をつけようと心に決めた春樹。三人のやり取りを見ていた神主は笑顔を崩さずに、目元に皺が寄っているのが見えた。


「九条さん、蒼さんは幸せですね。このような素晴らしい弟子がいらっしゃるのですから」


「そ、そうですか?」


「えぇ、もちろんです。陰陽師とは言ってもこの世界は上下が激しい。素晴らしい人もいれば、悪いことを考える人もいます。例えば……」








「俺の所の弟子のこと言ってるんちゃいます〜?」







聞きなれない方言と話し方。緩いようで何処か人を小馬鹿にするような話し方に春樹は耳を疑った。まさか、こんな場所で出会うだなんて、と喉まで出かかった時。



「久しぶりやなぁ、春樹くん。元気にしとったかぁ〜?」



「……お久しぶりです、烏丸さん」

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