第1章 兆す


淡々と話を進めて行く蒼は顔をしかめている春樹のことなど全く気にせず、むしろ彼の気持ちを煽るような発言を繰り返した。何か言おうと考えても、直ぐに返されてしまうので、春樹はそれ以上何も言えなくなってしまった。


「春樹、と言ったかな?俺は悟。九条悟だ。よろしくな!」


「よ、よろしく……」


「お願いします、ですよ?」


「くそっ…よろしく、お願いします…」


案内人を任された彼、悟は春樹の目の前に手を差し出した。春樹は自分の手をどうするか、一瞬悩んだのだが直ぐに握って握手を交わした。同時に出た言葉はまだ乱暴なもので、再度蒼に注意された。


「ははっお前、俺以外にも怒られてるじゃねーか!」


「うるさいな……お前も一緒に住むんだからな?」


「俺は勝手に向こうの世界に帰らせてもらうよ〜っと!じゃあな!」


ボンっと音と共に煙が出て来たかと思うと、跡形もなく姿を消してしまった。春樹が止める隙間も無かったからなのか、大きく溜息を吐くしか無かったようだ。彼等のやり取りを見ていた悟はふふっと軽やかに笑った。


「彼は、忙しいようだね」


「……まぁ、逃げるのだけは得意なんで」


「そうか、それは今後の活躍に期待だな!」


「はぁ……」


力無い返事を気にしない悟は春樹の前を歩き始めた。彼は何も言わなかったのだが、後を付いて行かないといけないと思った春樹は渋々後ろを歩き始めた。


彼の後ろ姿は蒼に負けず劣らず凛々しい姿をしている。真っ直ぐと伸びた背筋は彼の高い身長を更に引き立てているようだ。春樹はその彼の後ろ姿を眺めながら、彼の歩く速さに必死に付いて行った。


しかし、一つの部屋の前に着くと動かしていた足を止めて春樹の方へ振り返った。


「これが、春樹の部屋だよ。他にも見習いがいるから、仲良くするんだよ」


止まった彼等の横には大きな襖がある。豪華絢爛な模様が大胆に描かれているのを見ると、この屋敷がどれ程の身分なのかが一目で分かる。まだ十歳程しかいかない春樹にとっては見たこともない物で、見上げる程の大きさだった。


「では、私は蒼様に呼ばれているから行くね」


「あ、ありがとう、ございます……」


慣れていない敬語でお礼を言う春樹。少し可愛げのあるお礼にクスリと笑った悟は背を向けて来た道を戻って行った。彼の後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた。


「……さて、入ってみるか」


覚悟を決めて襖の引手に手をかけ、恐る恐る開けた。開ける瞬間に鳴った音に肩を揺らし、そのままゆっくりと開けると、そこには先程の悟と似たような服装をしている人が何人もいた。


一斉に見た彼等は各自寛いでいるようで、机に向かっている者、何か書物を開いている者、はたまた布団の上で寝ている者もいた。様々な行動をしている彼等を目の前にした春樹は何も言葉が出ないまま、立ち竦んでいた。


「あ、お前が新入りか?」


「え?あ、はぁ……そうですけど」


「お〜蒼さんに見初められたって聞いたけど、変わった容姿をしてるんだな」


「この国だと目立つだろ?」


「まぁ、そうですね」


「それなら今まで大変だったなぁ」


春樹が反応すると直ぐに返ってくる彼等の返事は何処かのんびりしている。敵意も悪意もない彼等の反応に春樹は困ってしまった。今まで見て来たのは、圧倒的に塵を見るような目だった。しかし、目の前で会話をしている2人は春樹の見た目も格好も気にする様子を全く見せない。


「あ、あの」


「何だ?あぁ、お前の装束はここに置いてあるからな」


「いや、あのそうじゃなくて」


「他に何か質問でも?」


「あ、はい……先輩方、俺の身分とか気にならないんですか?その、見るからに見窄らしいって言うか……」


語尾がどんどん小さくなる春樹は自身の足元を見ている。自信がないように見える彼の行動は注目している彼等にとってはそこまで重要なことではなかった。吹き出すように笑い始めた彼等を、下を向いていた春樹は勢いよく顔を上げた。


「あはは!お前、気が強いのか弱いのか、どっちなんだよ!」


「え?あ、あの……?」


「あぁ、悪い悪い。ここにはそんな奴はいないよ。むしろ、君と同じような人がほとんどだ」


楽しそうに説明してくれた2人。春樹が不思議そうな顔をしているのを見て、続けて話を始めた。


「あの人、蒼さんは俺らみたいな孤児を拾ってはここで育てているんだ。もちろん、誰でもって訳じゃないけどな」


「そうそう。出かけては君のような汚れた格好をした子供を連れて来るんだ。

『この子は陰陽師の才能がある』って言ってね」


相槌を打った彼はよく見ると瞳が他の人とは少し違うことに気がついた春樹。先程言った意味が何と無く分かったようだった。この国の人なら大体が焦げ茶色に黒色の瞳が入っている。


しかし、彼は黒の割合が多いようで茶色の部分がほとんど無い。春樹に比べて分かりにくいにしろ、彼も苦労してきたのは容易に想像出来た。


「ま、今回は特例だったみたいだけどな」


「そう、なんですか?」


「あぁ。他の奴らからそう聞いたぜ」


少しぶっきらぼうに話す彼は短く刈り上げられている髪の毛が特徴的だ。肌は少し焼けており、春樹と比べると綺麗な焦茶色に焼けている。


「蒼さんはね、元々は農民だったんだよ。あの人は死ぬ気で努力して、ここまで

這い上がってきたんだ。本当に尊敬出来る人だよ」


「……そんな凄い人だったんですね」


彼等は嬉々として話をしていた。春樹は2人の話を聴きながら蒼と出会った瞬間を思い出した。彼は春樹に対して「絶対に陰陽師になるべきだ」と断言していた。その理由は彼の持ち合わせている霊力の多さだろうが、この理由以上に春樹の境遇もあるのかもしれない。


「ところで、俺は今からどうすればいいんですか?」


「あーそうそう。蒼さんから聞いたと思うけど、今日から二週間で色々覚えてもらうから。それの指導係が俺らってこと」


「え?それは悟さんの役目では……?」


「それは違うぜ?あの人は俺ら弟子達をまとめる人だから、そんな暇ないんだよ。俺らがみっちり教えるからよ!覚悟しろ〜!」


淡々と進めていかれる話に追いつけない春樹。先ほど指差した先にあった装束を春樹に投げつけ、顔面で受け止めたのを見て笑っていた。年下の後輩をからかう感覚なのだろうか、2人で談笑しているのを見て不思議と嫌悪感はなく、寧ろ安心感の方が勝ったのを春樹は感じ取っていた。


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