「最終話 愛の代償」

 疲労感を体に背負いながら、我が子の元へゆっくりと向かっていく。


 周囲には先ほど自分が殺してきた人間の遺体が散らばっている。


 胸を裂かれた者。脳を破壊された者。細切れにされた者。どれもが見るに耐えないものばかりだ。


 すると地面に薄汚れたアタッシュケースが落ちていた。ヘリの中でラルクスが持っていたものだ。


 恐る恐る開けると、そこには妖しい深緑の輝きを放つ一輪の花があった。


 臭いを嗅ぐと、研究所で嗅いだものと全く同じだった。


「これがあの犬が言っていた植物か」


 この花で妻は死んだ。しかし、これのおかげで力を手にいれて復讐することができた。


 花が悪いわけではない。その力を悪用した者達が悪いのだ。


「まあ、あんたも被害者だよな」


 そう告げてアタッシュケースを閉じると、力いっぱいに炎に包まれた研究所に投げ入れた。これでもう被害は出ないだろうと彼は確信した。




 被せた葉っぱを払うと、美しい光沢を放つ殻が見えた。


「待たせたな。母さんの仇うってきたぜ」

 愛する我が子に頬ずりをしようとした瞬間、喉の奥から真っ赤な血を吐いた。


そして、続けざまに二回ほど吐血した。


「どうやら本当にもう限界らしいな」


 彼自身、体力が限界だった。そして愛しい我が子を見ていると、涎が出るのだ。美味そうで仕方がない。


 残された気力を振り絞り、土に穴を掘った。


 外にさらけ出しておくと他の動物に食われる危険性と理性が飛びかけている自分自身から守るためだ。


 彼の足が石になったように動かなくなった。体が既に限界を迎えていることを彼は瞬時に悟った。



「おい、俺の子供。よく聞け。てめーの親父は飛んだくそやろーだ。力に溺れて仇を必要以上に痛ぶって殺したりもした。他人の屍で敷かれた道なんて間違いなく地獄にしか続いてねえ。俺は地獄に行くだろう。だからお前の活躍を地の底から見守っている! それから生きていく中で辛いことが必ずある。その時は溜め込まず、思っ切り悲しめ! 泣いてもいいから悲しみを明日に持っていくな! そして! 自分に誇りを持って生きろよ」


 次第に体が徐々に色をなくして、枯れた植物のような姿へと変貌していく。


 体は石のように硬くなり、重く動かなくなっていた。


 それでも喉が副作用に侵食されるまで土の中で眠る我が子に、事切れそうな声で想いを伝える。


「お前は一人じゃない。父親にも母親にも愛されていた。愛しているぞ! 絶対に! 絶対にだ!」


 やがて声帯も侵食されて声を発することが出来なくなった。


 侵食していく副作用に身をゆだねるように彼は静かに目と閉じた。


 






 静寂に包まれた森の中、虫の囁きだけが静かに漂っていた。


 静けさに支配された空間に反発するように何かが割れるような音が鳴った。

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「The  Little Dragon」 蛙鮫 @Imori1998

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