解き放たれた力
生まれつき魔力を持っていたと聞かされても、リディはわけがわからなかった。
意味はわかる。けれども、頭が受け入れないのだ。
立て続けに不可解なことが身に起こったせいもあって、彼女はまともに考えられなかった。
「ま、信じられないのも無理もない。俺だって、さっきまで半信半疑だったからな」
彼女を安心させようと笑みを浮かべるギルは、椅子に座ってランタンを右手で持ち直す。
「このランタンは、魔道具だ。魔力がないと、なんの役に立たない」
そう言うと、ランタンがぼんやりと光りだした。
「だから、ランタンを光らせたあんたには、魔力があるってことになる」
「で、でも……」
「そうだな、それだけじゃ生まれつき持っていたことにはならない。あんたがさっき言ってたとおり、俺の治癒魔法がなんらかの不都合を起こしたってのも、考えられないことじゃない」
「むっ」
リディの反論をさえぎったギルは、ランタンを床に置く。黒い右手から離れた途端に、ランタンは消えた。
「実際、治癒魔法がきっかけになっただろうしな。いいか、あんたは、生まれつき魔力を持っていたんだ。奇跡の担い手だったか、そう呼ぶんだろ、帝国の外じゃ、魔力を持って生まれた奴らを」
「ええ、そうよ。でも、わたしは今まで一度だって奇跡なんて起こしたことはないの。だから、生まれつきなんてありえない」
いくらか落ち着きを取り戻した彼女は、はっきりと否定する。
(魔道具が動いたってことは、今のわたしに魔力があるのは事実なんだわ、きっと)
テーブルを割ったときに胸からこみ上げて腕を駆け抜けた熱が、魔力だったのだろうかと、彼女は自分の両手を見下ろした。
自分に魔力があることは、受け入れられる。今は実感がなくとも、そのうちはっきりわかってくるはずだ。
けれども、魔力を生まれつき持っていたというのは、とうてい受け入れられない。
奇跡の担い手。
リディの祖国をはじめとした大陸西部の多くの国々で、魔力を持って生まれてきた人は、そう呼ばれている。
たいてい物心つく頃に、奇跡の片鱗を見せることで奇跡の子と認定される。そうした子どもたちは、修行を積むために帝国に集められる。そして、帝国の内情を秘密にすると誓いを立てて、祖国に戻ってくる。
帝国に行くことを拒んだ場合、奇跡を起こすはずが厄災を招くと言われている。実際、過去に何度か厄災を招いてしまった事実がある。
リディが、生まれつき魔力を持っていたのなら、祖国は厄災に見舞われていなくてはならない。けれども、そんなことは起きていない。
どう考えても、彼女はありえない話だった。
「リディ。俺は、ずっと疑問だった。弟にあんたのことを相談されたときからな」
いいかと、ギルは身を乗り出す。
「あんたが三才のときに、高熱を出して治癒魔法を施された。それは、高熱のみを取り除いて、あんたの胸に巣食っていた病魔は見過ごされた。俺の弟たちは、あんたの信仰心が奇跡を起こして生きながらえさせたと考えた。神なき国じゃ、無理にでもそう結論づけるしかなかったんだろうよ」
「違うと言うの?」
「ああ、違う。よく考えてみろ、信仰心が強いやつは、あんたの他にも大勢いるだろ」
リディは信仰する気持ちを否定されたようで腹立たしかったけれども、彼の言わんとするところは理解できた。
(そうよね、そう。信仰心で奇跡が起きたら、奇跡の担い手は必要ないもの)
寂しそうにうつむく彼女に、ギルは続ける。
「今まで、あんたを生かしてきたのは、信仰心じゃない。魔力だ。あんたの魔力は生きるために常に消費されていた。でなけりゃ、あんたはとっくに死んでいただろうよ」
「じゃあ、さっきのは完全に治癒されて、わたしの魔力が病魔を抑える必要がなくなったからってこと?」
「まぁそう言うことだろうよ。そうとしか説明がつかないだろ」
ギルの治癒魔法が、枷になっていた病魔を取り除いたことで、魔力が解き放たれてしまった。
(たしかに説明がつくけど、わたしはまだ魔法とか魔力について、ほとんど知らない。鵜呑みにしていいのかな)
魔力や魔法について、きちんと理解してからもう一度考えるべきだろうか。
すっきりしていないのが、顔に出ていたのだろう。ギルは肩をすくめて笑った。
「まぁ、俺の話はかなり確実だと思うが、別に納得しなくていいだろ。リディ、理由が何にしろ、あんたには魔力がある。それだけは、まぎれもない事実だ」
「そうね。わたしに魔力があるのは、もう理解しているつもり」
不安そうな顔で、リディは両手を見下ろす。
「リディ、あんたはこれから、帝国で生きていくすべだけじゃなくて、魔力のあつかいかたも、学んでいかなくちゃならない」
さすがのギルも、同情の念を抱かずにはいられなかった。
(ただでさえ右も左も分からない見知らぬ土地に来たばかりだってのにな)
けれども、顔を上げたリディはずいぶんすっきりしていた。
「言われなくても、学ぶわよ」
強がりもあっただろう。それでも彼女は、ギルが同情するほど悲観していなかった。
(わたしが本当のわたしらしく生きていくのに、くよくよしていられない)
覚悟を新たにした彼女に、彼は苦笑する。
(どこが、神経質そうな女、だよ。ぜんぜん違うじゃねぇか)
いったいどこをどうしたら、リディにそんなレッテルが貼られたのか、気になる。
けれども、今はとりあえず休みたい。
「ま、なんにしろ、明日からだ。明日。今日はいろいろありすぎて、俺も疲れた」
「同感」
二人が浮かべた疲れた笑顔は、よく似ていた。本人たちは気がついていないけれども。
「じゃ、寝るか」
「そうするわ」
寝間着に着替えようか迷ったけれども、リディはこのまま寝ることにした。今まで規則正しくきっちりとした生活に、一区切りつけてやろうと思ったのだ。
大きなあくびをしたギルは、寝椅子に腰を下ろした。
「ベッドはあんたが使え。俺はこっちで寝るから」
「は?」
リディの顔が引きつった。
「ちょっと、ちょっと待ってよ!!」
「なんだよ」
ランタンをしまった麻袋から、ブランケットを引っ張り出した彼は、不機嫌に顔をしかめる。
「それって、わたしとあなたが同じ部屋で寝るってこと?」
指を突きつけられたギルは、こともなげに首を縦に振った。
長い一日は終わりというわけには、まだいかないらしい。
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