第8話 平和の使者

 二体の付喪神が演じたメルヘンチック・スプラッタは、それはもう……恐ろしく凄まじい反響だった。


 配信途中から視聴者数のカウンターはグルグル回っていたが、ヌイグルミの残骸を前に元アイドルが泣き崩れたあたりでジャックポット発動。

 その爆発的な勢いから、国際的なインフルエンサーの誰かに引火したのは明らかだった。


 結果、落ち目だったタエの名前は世界に知れ渡ることとなり……俺との間でオーナー同士のバトルが勃発することもなく、すんなりと和解。

 幸いにして、コロちゃんのほうも修理可能とのことで、そちらについても特にお咎めはなかった。


 万事が万事上手くいき、これにて一件落着。

 と、なるはずだったのだが……


     ◇


 サヤカに呼び出された俺と田中先輩は、一乗寺家の道場で正座させられていた。


「貴方たちのせいで、とんだ迷惑よ!」


 バシンと板の間に叩きつけられた週刊誌の表紙には、『最強は誰(どれ)か?!』の文字がデカデカと輝いている。

 ……付喪神バトルのブームが勃興すれば、大衆の興味がそこに向かうのは当然の帰結だ。


「まずは、コレ!どうして、関係ない私がパパラッチに狙われないといけないのよ!」


 開かれたページには、サヤカの隠し撮り写真と簡単な経歴、そして妖刀『徒花』の来歴が掲載されている。

 ……付喪神・オーナーともに日本代表として相応しい見た目だからだと思うが、口にしても火に油を注ぐだけだろう。


「次に、コレ!うちは茶道の家なのに、どうして果たし状なんかが大量に届くのよ!」


 続いて叩きつけられたのは、プリントアウトされたメールの束。

 ざっと見たところ、おみつの挑戦を断った付喪神からも届いているようだ。

 ……その挑戦者たちの真の目的は、間違いなくオーナー同士の交流だ。


「極め付けは、コレ!どういうわけか、勝手に話が進んじゃってて……」

 

 最後に叩きつけられたのはプリントアウトされたものではなく、現物のエアメール。

 英字で記された宛先住所の隣には、筆ペンで『はたしじょう』と書かれていた。


     ◇


 その本文は至って簡潔。


『あなたより、わたしのほうがつよいです。 ぴーすめーかー』


 極めて拙い言葉遣いなれど、彼の国でわざわざ筆ペンを買い求めたあたり、込められた意志は本気そのものだ。


「『ぴーすめーかー』って、あのピースメーカーかい?!」


 興奮で立ち上がりかけた田中先輩が、足の痺れで転倒する。

 ……眼鏡が割れるほどに顔面を強打しても、その不気味な笑みは砕けていない。


「そう、あの世界一有名な付喪神よ。貴方たちもパフォーマンスを見たことがあるでしょう?」


 ……もちろん、俺も知っている。


 あの開拓時代の名銃は、付喪神のエンターテイナーとしての先駆者にして、彼の国のスピリットの体現だ。


「この『はたしじょう』だけなら黙殺するはずだったんだけど、厄介な事にこんな動画も公開されたの。お父さん、一乗寺家の跡取りとして逃げる事は許さん!とか言い出しちゃって……」


     ◇


 その有りようは、妖刀『徒花』とは何から何までが対極。

 ただ振るわれることを寡黙に願う彼とは違い、実に雄弁だった。


--どうして、そのお名前を名乗っておられるのですか?


『一番の理由は響きが気に入っているからだな。それと、オイラみたいなやつにゃオンリーワンの名前なんて必要ない。まぁ、量産品の誇りってやつだな』


--ちなみに、貴方の願いは何ですか?


『そりゃもちろん、「二度と本来の目的で使われないこと」さ。俺が活躍するのは、スクリーンの中だけで十分だ』


--では、なぜ日本の付喪神に挑戦を?


『ハハッ、それは下らない男の意地さ(笑)最強に憧れない男なんていないだろ?』


--最後に、意気込みを一言。


『……サヤカ、君に逢える日を楽しみにしている』


 なお、最後の台詞だけはテンガロンハットのデブ男のものだった。


     ◇


 短いインタビュー映像が終わり、再びサヤカが火を噴き始める。


「あちらのTV局は、もう何社か動き出しているらしいの。ウチのお父さんも娘の世界デビューだ!って張り切っちゃって、甲冑を新調するとか言い出してるのよ!」


 ……あの人、顔は厳つくても娘にデレデレだからな。

 サヤカがいくら抗議しようが、もう対戦からは逃げられないのだろう。


「……実に羨ましい。応援には行くから、是非頑張ってくれたまえ」


 叶う事なら自身が対戦に応じたかったらしい田中先輩は、エールを贈りつつも歯軋りをする。

 ……何処ぞの皇帝のようにグニグニ曲がる弾道は、間違いなく彼の大好物だ。


「何言ってるのよ!私一人を見世物にして、傍観なんて許さないわ。だから、対戦に応じる代わりに条件を出したのよ……三対三のチーム戦にして欲しい、ってね」


 ……どうやら、俺も逃げられそうにない。


 どういう対戦形式になるのかはTV局次第だが、抽選等で相手を決めるのであれば、銃文化 vs 和菓子文化という夢のマッチングもあり得るわけか。


「……えらい事になったぞ、おみつ」


 俺は苦笑し、今も自ら団子を焼いているであろうみたらしのタレに思いを馳せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

戦え!みたらしロボ 鈴代しらす @kamaage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ