第27話 白灰のハレム 青空卿

 風の国の白灰騎士団の活動結果は、国内西部を支配していた邪竜の討伐。そのしもべ計二十六体の討伐(土地神が討った元同胞を含む)。古都での亡者の浄化。学者二名と神官一名は別働隊として風の国に留まることになった。

 風国南部の蜂蜜の国では亜神四体の討伐、および各地亡者の浄化。

 蜂蜜国東部ソウの国では亜神七体の討伐、および各地亡者の浄化。


 白灰騎士団は国々の首脳たちの協力に加え、古参の土地神と、市井を影から取り仕切る者たちをも味方に付けた。いずれの国でも白灰騎士団への大きな妨害は無い。度重なる討伐業務での負傷者もなく、十全な支援と下準備に裏付けされた、勝つべくして勝つ戦いであった。

 その間、白灰騎士団の十三名には諸々の変化があった。

 まず、キリの腹が大きくなった。これに伴い生活面の仕事でグージィの担当が多くなり、シェルウに接触する時間が増えた。増えすぎた。グージィは祈りの時間が終わるとすぐにシェルウに抱きついて、キリが咎めるまでずっとそのままでいる。しかしキリも本気で怒るわけでもなく、仕事を始めさえすれば何も言わない。二人の関係の変化については喜ばしく考えているようだ。キリは言った。

「女が産める子にはどうしても限りがあります。しかし男であればその限度が…まあ無いとは言いませんが、より多くの子を成せるというわけです」

「それはその通りだけど、色々と問題があるだろう。法律とか…」

「婚姻の適齢が低い国、一夫多妻の国も多いですよ。このソウの国がまさにそれです。そもそも家族は、人と人の関係で最も強い結びつき。助け合える家族が多いほど良いという考えは合理的ではありませんか。もちろん、主人の甲斐性ありきではございますが」

 シェルウには返すことばが無かった。キリの割り切りの鋭さには、シェルウはいつもたじろいでいる。


 クラパリーチェはすっかり肉が付き、背筋を伸ばして二足で歩くようになった。ほとんど口を聞かないこと、手づかみで生肉を食うこと、興奮した折にシェルウを噛むことなどを除けば、成熟した美女そのものだ。時折怒りを込めて、またある時は遊びとしてイオと組手をし、今の所はイオが全勝している。平時でもイオはクラパリーチェをよくたしなめており、傍目から見るとまるで姉妹か母娘のようだ。

 シェルウは未だ記憶の迷宮を踏破出来てはいなかったが、奇妙なことにクラパリーチェが助けとなった。シェルウの夢に現れたクラパリーチェは、野生の異なる側面としての神格を帯びていた。シェルウの悪夢は打ち払われ、その眠りの時間は長くなり、探求はより濃く、深くなった。シェルウは運命の反復を知った。夢の中で視力を失い、クラパリーチェの導きで歩いた。やがて命を落とすと、けものとして蘇ってまた歩いた。また別の小さなけものや虫や火として蘇って死んで、また歩いた。

 この夢はけしてシェルウの夢ではない。神々の夢でもない。シェルウも神々も無数の記憶も、別の誰かに夢見られる夢なのだ。


 騎士団の経理はササクリが引き継いだ。将たらんとする者は銭勘定が出来ねばならん、とはガストンのことばだ。しかし亜神討伐による諸々の収入と、人々の支援もあって、金銭面での苦労は全く無かった。むしろ増えすぎた金の処理が問題となるほどであったが、それは青空卿が設立した"銀行"に預けることで解決された。

 青空卿なる人物の"銀行"は、金の預かり貸し出しだけに留まらず、諸国を繋ぐ商業ギルドのような役割を兼ねていた。北方国や風の国の融資を受けて、流通業の元締めのほか、地方の商人や村落への支援事業を行う。その事業の立ち上げはあまりにも早く、おそらく白灰騎士団結成時から、あるいはそれよりも以前から計画されていたように思えた。

 青空卿はその名の通り真っ青な肌で、額には角があり、背中の羽で空を飛ぶ、何処かの神が遣わした使徒であるという。実在する人物かどうかも怪しいが、プロープシュケらが言った"優秀な人物"がいるのは確かだ。

 青空卿にはその表向きの事業とは別に、裏の顔として、一部の者しか知りえない地下組織としての仕事があった。"敵"の締め出しは緩やかに行われ、徐々に鳴りを潜めていく。取引が結べず支払いは滞り、従業員や奴隷が逃げる。終いには扱うはずの品物が無くなるのだろう。名簿に記帳された"敵"は、その身に何が起こっているのか知ることはない。

 また各地の要注意人物、窓の国から遣わされた密偵、"敵"に雇われた傭兵たちなどの情報は、白灰騎士団にあらかじめ届けられるか、情報提供よりも前に取り除かれた。市井の者たちに白灰の支援者が紛れており、白灰自身さえ誰が支援者であるのか分からないのだ。

 かつてキリが「現世において神よりも優っている」と言い表した金の力を、シェルウは痛感した。それは冥神の力でさえ小さく思えるほどの、全く恐るべき力であった。


 戦いはある程度同じ格でなければ成り立たない。シェルウにとって剣戟を交わすような接戦は、忘却の神より賜った使命を遂げる上で悪手と言える。避けられる戦いは避け、そうでない場合は確実に、運の差し挟む余地なく勝たなければならない。金の力を受け入れたように、彼自身そうあるように運んできた。しかしいつか強敵と戦うことは避けられない。そしてその時が来た。

 白灰騎士団の拠点に一匹の豹が現れた。豹はけもののことばで、窓の国の領主のひとりが黒い石を持っていることを語り、そこで囚われている豹の主の救出を望んだ。


 シェルウが青空卿への面会を求めると、やって来たのは特別な加護も感じられない小太りの中年だった。

「あなたが青空卿ですか?」

「違いますが、この場ではそう思っていただいてかまいません。無論、どんなに忙しくともあなた様のご用命は最優先です。あのかたは、まだあなた様とは会わない方が良いと考えておりますので。お互いのために…」顔を合わせない事情ならお互いにいくらでもあるのだ。

 シェルウは窓の国の領地へ赴く意思を伝えた。白灰がいくら人々の支持を得たとしても、ヴフ皇国と表立って敵対するには早過ぎる。のこのこと無策で敵地へ乗り込むわけにはいかない。騎士団の者たちも連れては行けないだろう。小太りの青空卿は言った。

「我々の使っている手は…言わば"彼ら"の意趣返しなのです。あまりの小ささに見過ごされているのか、それとも泳がされているのか。あなた様が手を加えようとなさっている場所は、まさに"彼ら"の場所です。僭越ながら、行くべきではないかと思います」

 青空卿の地下組織は、"敵"の組織に対抗するためのものなのだ。シェルウが今まで出会った者の中にも、敵に組する者があったかも知れない。

「彼らがただの人間であれば、反乱とまでは行かなくとも…毒を盛るだの事故を誘うだの、いくらでもやりようがあります。しかし神々が遣わした使徒でさえ、幾人も取り込まれている。常人が歯向かえば心を読まれ、我々などたちまちに壊滅させられるでしょう」

「わかった。元よりあなたがたに、矢面に立っていただくつもりはない。これは冥神が遣わした使徒による戦いだ。情報収集と、事後の根回しだけを頼む」

「かしこまりました。…もしあなた様が取り込まれるか、討たれてしまったのなら、いよいよわたしたちはお終いです。いえ、すでに終わっていて、死人のように暮らしていたわたしたちを蘇らせてくださったのがあなた様、白灰なのです。お引き止めなどできませんが、何卒お気を付けください」

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白灰のペルリナージュ 呑川つつじ @tsutsuji_n

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