ある日乙女ゲームの攻略対象だと気づいてしまった

 原作は下記になります。


https://kakuyomu.jp/works/16816452219676718128



 雑感としては一人称なのに三人称のような、客観的に過ぎる書き方が多いのが気になりました。 三人称の意識で一人称を書いてしまっている、そんな印象です。

 三人称単元視点ならさほど気になりませんが、もう少し主人公の視点に立って自然な流れを描くことを意識するとよくなると思います。




「────!」

「……!!」

「!? ──!?」


 朧げに、誰かが言い争う声が聞こえる。 寝ぼけてでもいるかのように、意味を成す言葉としては聞き取れない。

 切れ切れに聞こえるのは聞いたことのない声だ。 なのになぜだろう──どこか懐かしく感じる。


 その理由を記憶の中から探ろうと、そんな考えも起きずにただぼんやりと聞いていると、不意に雨の音が聞こえてきた。


「さむっ……」


 か細い声が聞こえた。 孤独で、寂しくて、悲しそうな、そんな心細さを感じさせる声だ。

 その声に、なぜだかやけに胸が締め付けられる。


 緑色のような何かが点滅し、赤色に変わった。 足はもつれて上手く歩けていない。

 止まるべきなのか、歩くべきなのかも分からず、体は勢いのままフラフラと前へ進み──不意に横から強い光に照らされる。


「…………」


 ぼんやりとした思考のまま、ノロノロとそちらへ顔を向け、同時に響いた甲高い音に意識が覚醒する。 しかし次の瞬間、鈍い音とともに凄まじい衝撃に襲われ、覚醒した意識は衝撃が何だったかを認識する間もなく途絶えた。




「……!!」


 激しい衝撃に弾かれるように飛び起きた。 バクバクと、心臓が痛いほどに激しく鼓動を刻んでいる。

 全力で走ったように呼吸が乱れる。 荒い呼吸を繰り返しながら、不意に感じた寒さに体を掻き抱くと、ひどく汗をかいてずぶ濡れになっていることに気が付いた。


 体には一片の熱もない。 汗に体温を奪われ冷え切っている。 しかし、止まらない震えは寒さのせいではなかった。

 理由は分からないが、寒さとは違う何かにただただ体が震える。 漠然とした恐怖を感じ、途方もない不安に胸が押し潰されそうだ。


 自分の存在を確かめるように、心臓のあたりを強く掴んでいた。 しばらくそうしている内に動悸も収まり、呼吸もようやく落ち着いてきた。

 ゆっくり息を吸い、顔を上げる。 派手に跳ね除けられた布団が目に入り、見慣れた和室の風景がそれに続く。


「ここ……どこだ?」


 ……え?


 頭に浮かんだものとは真逆の言葉が、我知らず口から零れ落ちた。


 ここは間違いなく自分の部屋だ。 物心ついた頃からずっと使っている広々とした部屋。

 なのに、まるで知らない場所にいるかのように『どこだ?』と、そんな言葉が口を突いて出た。


 自分の口から漏れ出た言葉の意味が分からず、思わず口を手で塞いでいた。

 なぜだか分からない。 分からないが、これ以上喋ってはいけない気がした。 話してしまえば自分の中の何かが変わってしまいそうな、そんな予感がしたのだ。


 それに、微かな違和感があった。 自分が口にした言葉に、内容とは違う何かがおかしいと、そう感じた。


「今の夢は一体……」


 考えるべきではない──その直感に従って、思考を別の方向に向ける。

 つい先ほど、自分を飛び起こさせ、あれほどの恐慌に陥れた悪夢。 はっきりとしない、半分眠っていたかのようで、そのくせ妙に生々しかった。


 あれは……そうだ。 まるで実際に自分が体験したかのように感じられた。


礼司れいじ様。 朝食の準備が整いました」


 考えに耽っていると、襖越しに自分の名前が呼ばれる。 毎朝聞いている世話係の女性の声だ。


 そう、そうだ。 自分の名前は『あけぼの礼司れいじ』。 曙家の長男であり次期当主。 当たり前のことを、自分に言い聞かせるように心の中で唱える。

 それが自分であるはずだ。 なのに、なぜか強い違和感を感じる。


 だが、今はそんなことよりも返事を返さなければいけない。 一つでも何かを疎かにすれば、すぐさまそれは噂となり屋敷中に広がるからだ。

 声が震えそうになるのを我慢して、いつも通りの挨拶を返す。


「おはよう。 すぐに向かうよ」

「承知いたしました。 それでは、失礼いたします」


 それだけ告げると、侍女は音も立てずに去っていった。

 早くしないといけない。 乱れた布団を手早く片付けると、ハンガーにかかっている制服を手に取る。 丸一年の間、身に着けていたそれは、すっかり身体に馴染んでいた。

 丸一年──そうだ。 今日は、入学式だ。


 新たな生徒が入学してくるおめでたい日。 新入生たちはそれぞれに、色々な思いを馳せて高校に足を踏み入れるのだろう。


 そんな彼ら、彼女らを迎え入れる役目は生徒会長の自分のものだ。 新入生に対しても在校生に対しても規範を示すべき立場として、間違っても遅刻などするわけにはいかない。


 制服に着替えると身だしなみを整えるため、部屋を出て洗面所に向かう。


「……あれ? 洗面所は……」


 っ──!?


 まただ。 また、わけの分からない言葉が口から飛び出た。

 洗面所は長い廊下を渡って右に曲がればすぐそこにある。 毎朝使っている場所なのだから知っていて当然だ。


 どうも今日はおかしい。 自分でもそう思うのだ。 誰かに聞かれたら不審がられるだろう。 外で出ないように気をつけなければならない。

 そう考えると余計に頭が痛くなってきた。 いつものことだ。 昨日と同じ、何も変わらない。 それが日常。

 だから大丈夫。


 洗面所に入ると、洗面台の大きな鏡に自分の姿が映る。 我ながらひどい顔をしているな。 悪夢のせいでだいぶ参っているようだ。

 冷たい水でバシャバシャと乱暴に顔を洗うと、水分を拭き取ってから改めて自分の顔を確かめる。


 顔色が悪いのは落ち着いた。 いつも通りの自分の顔──そのはずだ。 それなのに、ひどく違和感がある。 まるで自分の顔ではないような、そんな気持ち悪さ。


 端整とも端麗ともよく言われる整った顔に、ブラウンレッドの髪。 そし輝く黄色の瞳。

 それはまるで──


「乙女ゲーに出てきそうな……」


 乙女ゲー……って、何だ!?


 おかしい! 知ってることが出てこないのはど忘れで済む。 だけど今のは違う。

 知らない単語が当たり前のように出てきた。 まるで自分が自分でなくなったかのような──自分ではない別の何かに身体を乗っ取られたような、そんな感覚に体が知らず震えていた。


「なに……言ってるんだ?」


 これ以上はダメだ。 そう本能が訴えかけてきた。

 これ以上、何かに気がつけば──


──自分が自分じゃなくなる……



 何かに追い立てられるように急いで準備を済ませて、学校へと向かった。

 学校に着いてからもどこか、いや、明らかにおかしい。 食堂や職員室はおろか、自分のクラス、生徒会室の場所、そして自分の役割──忘れるはずもないことがどれも、一瞬だが分からなかった。


 あの夢のせい……なのか?


 ふと、そんなことが頭をよぎった。 いや、確かにおかしな夢ではあったけど、夢なんてそんなものだろう。 おかしな夢を見たからおかしくなったなんて、そんなバカな話があるわけない。


「────ちょう」


 理由は分からないが、いつまでもこんな状態でいるのはよくない。

 違和感の原因を探らない方がいい。 それは絶対だ。 しかし、立場上こんな不安定な状態ではいられない。


「か──ちょう」


 なにか解決策は……


「せい──か──ちょう──」


 ダメだ。 何も思い──


「曙生徒会長!!」

「っ!?」


 突然の大声に驚いて見ると、目の前に怪訝そうな顔の女生徒がいた。


「大丈夫ですか?」

「あ……うん。 ごめんね。 少しボーとしちゃって」


 どうやら考えに耽り過ぎて彼女の声も聞こえていなかったらしい。

 今は入学式の準備の最中だ。 それなのに生徒会長がこんな有様など許されるわけがない。 実際、自分に用があった彼女の声も耳に入らずに迷惑をかけてしまったのだ。


「会長にしては珍しいですね。 それで、ここなんですけど──」

「あぁ、ここはこうして──」

「──了解しました。 ありがとうございます」

「うん。 頑張ってね」


 小さく手を振って女生徒を見送る。

 ダメだ。 このおかしな状態のままでいるわけにはいかないが、それをどうにかしようと考えすぎてこれじゃ本末転倒だろう。 このことは家に帰ってから一人で考えよう。


 眉間に手をあてて、意識を切り替えることに集中する。


「学園の王子様が上の空なんて珍しいね!」

「うわっ……!」


 ドンッ、といきなり背中を叩かれ、思わず変な声が出てしまった。 慌てて振り向くと、そこにはありえないものを見たように目を見開く金髪の青年がいた。

 どうやら集中しすぎて背後から近寄る気配に気付かなかったようだ。


「ご、ごめん。 そんなに驚いた?」


 青年は両手を上げて、自分の方こそ驚いたというポーズを取る。

 改めて青年を見ると、ひどく整った顔立ちをしている。 金髪碧眼。 愛想の良さそうな顔に、着崩された制服。


「えっと……」


 誰、だっけ……?


「……お前、本当にどうしたんだ? 何か変だぞ? 保健室でも行ったほうがいいんじゃないか?」


 青年は心配そうに自分を見つめてくる。


 名前は……


 こんなに親しげに話しかけてきたのだ。 絶対に名前を知っているはず。 なのに、なかなか名前が思い出せない。

 とりあえずは目の前の相手を安心させなければ。 自分がおかしいことはなるべく悟られたくない。


「ううん、大丈夫だよ。 少し寝ぼけてたみたい。 心配させてごめんね、瑠衣るい


 あぁ、そうだ。 瑠衣、この人の名前は瑠衣。 中学からの友人だ。


「そうか? ならいいんだけど。 無理はすんなよ」

「うん、ありがとう」


 瑠衣……?


 何かが、引っかかった。 大切な何かが、思い出さなければいけないものが。

 まじまじと、瑠衣のことを見つめる。

 金髪碧眼。 チャラそうな見た目。 そして名前は瑠衣。 苗字は……苗字は……


黎冥れいめい瑠衣るい……?」

「ん? そうだけど、なに? お前本当に大丈夫?」


 瑠衣の言葉は、聞こえていなかった。

 瑠衣のフルネームを口にした瞬間、膨大な情報が頭の中に流れた。 十六年しか生きていない自分の、三十三年分・・・・・というあり得ない膨大な記憶。


 そういえば、脳は処理できないほどの情報を得るとオーバーヒートして意識を失うということを聞いたことがある気がする。

 そんなことを思った次の瞬間、ブレーカーが落ちたかのように意識を失っていた。


「礼司!!??」


 最後に瑠衣の大きな声が耳に入ってきた。


 なんか……死ぬ前に、聞いたような気がするな……





 出だしの切れ切れに聞こえるやり取りの部分ですが、この部分について述べるのは手法や作法がどうこうでなく個人的に感じたことになります。 なので否定的な意見ではあるものの間違いであるとは限らず、好意的に受け止める人もいるかも知れないという点は明言しておきます。


 通常使われない「_」が使われていることに非常に大きな違和感を感じました。 また、実際にやり取りを書いて、部分的に「_」に置き換えたのだろうと思いますが、率直に言えば長いなと、そう思います。

 雰囲気として楽しめる人もいるかも知れませんが、私は視覚的にあまり美しくないと感じ、もっと短く、ただ言い争いをしてるのを何となくで聞こえている感じにしてよかったのではないかと、大幅にカットしました。



『心細い声』というのが形容詞のかかり方として若干の違和感があります。 完全な間違いとは言わないのですが『心細い』というのは心情の表現なので第三者視点として聞く『声』にかけるのであれば『心細そうな』『心細さを感じさせる』といったふうに間接的にその心情が感じられるようにかける方が自然に感じられるのですね。


 もちろん、何かを期待してお願いした相手の返事があまりに覇気がなく不安に思うような時など、自分が心細く感じる時に相手の声を『心細い声』と表現するケースはありますがこの場合はそれに当てはまらないように思えました。



『がばりと布団から勢いよく起き上がった。』

 これは一人称として見た時にひどく客観的で平坦に感じられます。 主体である語り手があまりにも状況を把握できすぎていて、悪夢を見て飛び起きた、その衝撃や混乱して然る様が表現できていない。 特に『布団から』と具体的な描写が外から見ているような不自然さを感じさせます。


 一人称でも客観的、説明的な表現は当然あります。 しかしこの場面ならもう少し緊迫感を出してほしい。 飛び起きて、しばらくして落ち着いて、それからようやく周りの状況を認識できた──一人称であるならそうしたキャラの心情の流れを表現した方が読者ものめり込みやすくなります。

 とは言え、これを自分が上手く直せたかと言えばさほどに自信はないのが正直なところです。



『物心ついた時からずっと使っている』との自分の部屋に対する話ですが、先に言っておくとこの指摘は細かすぎて割とどうでもいいので聞き流してもらっても結構です。

『時』だと割とピンポイントに時間のある一点を指すことになります。 物心が付いた時期については漠然としたものになるのが当たり前なので『頃』とアバウトに指す方がしっくりきます。



『途方のない』は日本語として間違いです。 『途方もない』が正解ですね。 少なくとも慣用句として『途方のない』という使われ方はしません。 『途方のない』でネット検索をかけても『途方もない』の用例しか出てこないですし、時折、個人のブログなどで使われているのが出てくる他は、悲しいことに拙作『白日』のテーマソングにしているKing Gnuの『白日』の歌詞に出てくるくらいですね。



 洗面所で顔を洗うシーンですがどう考えてもまず鏡に映った自分が見えます。 まずそこで何かしら感じるものがあって然るべきで、顔を洗いそれから自分の顔を見るとなると流れに不自然さを感じ得ませんでした。

 飛び起きたシーンといいこうした自然な流れを表現するのが少し不得手なのかと、そういうふうにも思えます。



 瑠衣の登場シーンも上と同じです。 『背後からの気配に気付かなかった』というのは背中を叩かれて驚いて、それから気が付かなかったということを述べる方が一人称であれば自然です。

 また『急いで後ろを振り向くと』の部分は、この状況だと『急ぐ』ではなく『慌てる』とするべきですね。 そして『振り向く』は後ろを向くことなので『後ろを』と付ける必要はないかなと。 『慌てて振り向くと』とするのがいいでしょう。


 指摘以外にも修正をした場所は多くあります。 細かい部分も多いですが一度通読して読書感を確認した上で、改めて文章を区切って見比べてもらうとどこが変わったか分かりやすいと思います。

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