Sno ≠ WhITe ―スノウホワイト―

 原作は下記になります。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054892028415


 一話目ではなく二話目の改稿になります。

 第一回の最初の参加者は自主企画にて特別賞をいただいた白雪さんで驚きましたが、まさかの二回目の最初の参加者が同じく白雪さんから特別賞をいただいた作品で驚きました。


 正直に言うと手を付けるべきかどうかでかなり悩みました。

 ご縁もあり序盤についてはすでに過去に読んでいた作品ですが、描写や文体について大きな問題を感じることはなかったです。

 ただ文章の端々に若干の違和感を覚える点が少なからずあり、そうした点を主に直しています。






 ――――寒い。


 周囲から間断無く、全身へと襲いかかる身を切るような冷たさ。 冷気に晒されているとは信じ難いほどの、まるで氷水に直に手を突っ込んでいるような、皮膚が焼け付きそうな冷たさに、意識が微かに覚醒する。

 凍えるような冷気は皮膚を侵し、肉を伝い、臓腑の奥底まで沁み渡っていく。 身体に宿る命の温もりは徐々に虚空へと押し流され、儚く霧散していった。


 このままじっとしていれば、精神こころ肉体からだも、いずれこの空間にけ込み、同化し、消え失せてしまうのではないだろうか。──そんな錯覚を覚えてしまう、不思議な陶酔感さえ感じられる気がする。


 微睡まどろむような曖昧とした意識の中、しかしはっきりと目覚めるものがあった。 意識とは対照的に激しく昂る鼓動。 今にも薄れゆく命の灯火を再度たぎらせるように、ドクドクと熱い血が全身を駆け巡る感覚。


 呼吸が徐々に荒くなり、寒いはずなのに玉のような汗が額に浮かぶ。

 目は固く閉ざされ、口の端から抑えきれない苦悶の声が漏れた。

 突如、奥底に眠る意識を無理やり引っ張りあげられるような不快感に襲われて──


 青年――白瀬灯弥しらせとうやは目を覚ました。




「はぁっ……! はぁ、はぁ……ゲホッ、ゲホッ!」


 いまだ昂る強い拍動の影響か、酸素を求める体は自然と、過呼吸気味に荒く空気を吸い込んだ。 しかし、肺を満たしたその空気は氷のように冷たく、さらに急激に喉の粘膜を乾燥させたためか、反射的にむせてしまう。


 数回激しく咳き込み落ち着きを取り戻すと、静かに目蓋を開く。 そこには雲一つ見当たらない雄大な青空が広がり、優しい陽射しが体を照らしていた。

 そこで初めて自分が仰向けで倒れしていることに気付き、ゆっくりと上体を起こす。


「はぁ、はぁ…………な、何なんだ一体……」


 少しふらつきながらも両足を踏ん張り、鉛のように重い体で何とか立ち上がる。 未だにぼやける視界の回復を促すように、目元を右手で覆った。

 やがて視力が戻り、灯弥の両目が鮮明に外界の像を結ぶ。


 灯弥の目前に広がるのは、幻想的な蒼白の世界だった。 三六〇度、何処を見渡しても、美麗な氷と霜に覆われた、目を奪われるほどに美しい光景がどこまでも続いていた。

 それらは上空から降り注ぐ太陽の陽を浴び、皆一様にキラキラと宝石のような綺麗な輝きを放っていた。


 御伽噺おとぎばなしの世界に迷い込んだのではないかと、そう疑うほどに圧倒的な神秘性に、一瞬にしてその心を鷲掴みにされる。

 しかし、灯弥の表情に感動はなく、深い困惑を色濃く浮かべていた。 彼がこの氷の世界に魅せられなかったのは、唐突に特異な状況下に置かれ、未だ混乱が抜けていないという要因が大きい。


「ここは……何処なんだ……?」


 自分の記憶にない光景に、灯弥の口から呻くような声が漏れる。 だが、同時に覚えた既視感に灯弥は目を凝らして周りを見ていた。 見覚えのない景色なのに見知らぬ場所ではない。──そんな不思議な感覚が薄気味悪く心に貼り付いている。

 そうして周囲を見渡していた灯弥の脳裏に、不意に衝撃が疾る。 既視感の正体にようやく気付き、しかし心はそれを激しく否定していた。 そんなわけがない、あり得ないと。


 ようやく足腰にも力が戻ってきた灯弥はそれを確かめるため、比較的近くにあった、表面の全てを霜で覆われた巨大な漆黒の建物へと向かう。

 地面を踏みしめる度、飛散した大量の微少な氷が破砕したガラス片のようにジャリジャリと耳障りな音を立てた。

 よく見ると、蒼白の氷霜の所々に赤や黒などの着色されたものも散見される。 アクセントのようにカラフルな氷が散りばめられた大地は、より一層この世界の幻想性を高めている気がした。


 そのまま暫く歩みを進めると、目的の建物に到着した。

 一面の銀世界と光の乱反射で遠近感が上手く働かなかったが、ここまで来るとその大きさは嫌でも分かる。 灯弥の身長の数十倍はあるだろうか。


 手で触れられる距離まで近付き、恐る恐る建物の表面を凝視する。 外壁に張り付いた霜は分厚く明瞭には見通せないが、奥の方に何かが書いてあるらしいことは分かった。

 灯弥は握った拳の小指の脇を押し当て、ゴシゴシと上下にこすり強引に霜を取り払っていく。

 多少の傷と痛みと引き換えにしてかろうじて剥き出しになった外壁に記された文字に、灯弥は目を疑い呆然と立ち尽くす。


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 視認できたのは文の途中であったが、全文を見る必要などなかった。


「カ、カラオケ? 何でカラオケなんかが……」


 予想外の──否、ある意味では予想していた、否定したかった結果に、脳髄を揺さぶられたように足がふらつく。

 確認してしまった事実を拒絶するように、頭は思考するのを止めていた。 考えることなどできず、しかし身体は衝動的に動いていた。


 暫くの間、唖然としていた灯弥だったが、何かにとり憑かれたように一心不乱に、辺りの霜を片端から剥がし取っていく。


 何度も何度も──


 幾度も幾度も──


 それこそ手が赤く腫れ上がっても、その手を緩めることなく──


 しかし、現実を否定しようと足掻く度に現れるのは、居酒屋、パチンコ、漫画喫茶といった、馴染みのある単語の数々。

 それらを見て、灯弥は不意に力なく腕を下ろした。


 どれほどの間、続けていたのだろうか。 灯弥にとっては一分も経過した気がしないが、いつの間にか手の端からは血が滴り、かなりの範囲に赤い斑が続いていた。

 その血痕が、灯弥が足掻いていた時間が決して短くは無かったことを雄弁に物語っている。


 ふらふらと数歩後ずさり、呆然としたまま振り返る。 反対側、目算で十数メートル先にも、同じような巨大な建物が建っている。 右を見ても左を見ても、やはり同様の建物がところ狭しと林立していた。


 それを見た灯弥は、形容し難い虚脱感に襲われながら──


「まさか、ここは――」


 小さく、呟いた。


「日本、なのか…………?」


 到底、信じられる話ではなかった。 雪というもの自体、昔話としてしか灯弥は聞いたことがない。

 日本で最後に降雪が観測されたのは確か四十年近く前──二〇六〇年代も終わりの頃のことと、学校で習った記憶がある。 こんな雪と氷に覆われた世界など、もはや日本のどこにも存在するはずがなかった。


 だが、疑念を解消しようと模索するほどに突き付けられるのは、ここが日本であるという紛れもない、無情な現実だ。

 

 灯弥の脳裏に、つい先程まで見たものが走馬灯のようによぎっていく。


 一つだけ孤立し細長く伸びる謎の棒。 あれはそう──まるで信号機のようだった。


 所々に散見され様々な形で転がる謎の箱。──自動車のように見えなかったか。


 そして、灯弥の周りを取り囲む謎の黒い建物は──まるでビルのようではないか。


 周囲の氷雪に覆われた造形物オブジェクトを確認し、頭の中でできる限り、氷雪を取り除いてみる。 その全てが、日本に存在するものに酷似していた。


「はっ……はは……何だよ、これ……」


 足の力が抜け、どさり、と尻餅をついた。 地面に散らばる砕氷が刺さり臀部に痛みが走るが、それを気にする余裕など灯弥にはなかった。


「ここが……日本……? なら、何で…………」


 灯弥は愕然とした様子で、何者かに問いかけるように、ゆっくりと、虚空へと告げる。


「何で――――誰も居ないんだ……?」


 だが、灯弥の問いに対する反応は無い。

 当然だ。 灯弥の目の届く限り、人間は誰一人として存在しないのだから。

 知らぬ内に握り締めた手に感じたぬめりに、灯弥は手を目の前に翳す。 そしてようやく、自身の手が血にまみれていることに気付いた。


 意識してしまった傷はそれまで無視されていたことに抗議するように、怒りのこもった自己主張を始める。 次第に伝播してくる痛みは耐えられないほどではないが、やはりそれなりに痛かった。

 その痛みを払拭するように、思考を巡らす。


「VR……でもないよな……やっぱ」


 ここまで世界が一変したなど、常識の範疇では考えづらい。 可能性として思い付くのはこれがVRであることくらいだが、残念ながらあり得ないだろう。

 灯弥の知る限りでは、フィールドを自在に動き回り、かつ痛覚まで含めた全ての感覚を完全に再現する事が出来る程のものが出回った記憶は無かった。


 最先端技術を用いれば可能かもしれないが、それらは医学や軍事など特定の分野の一部にのみ導入され、一般に流通するには相当な時間を要する。

 第一、灯弥にはVRを使用した覚えは無い。 何者かに意識を失わされ、拉致され、意識もないままにVRの装置に放り込まれでもしたならば、この状況がVRの可能性はあり得る。 しかしそんな状況自体があり得ない。

 いかに信じ難くとも、これが現実であることは受け入れざるを得なかった。


 不意に空を見上げると、最初見た時よりも太陽が傾いていた。 もう数時間もすれば夕方になり、あっという間に日没となってしまう。

 夜になれば急激に冷え込むだろうことは想像に難くない。 比喩抜きで、寝床の確保は生死を左右すると言える。


「これから、どうすればいいんだよ……」


 途方に暮れたように、灯弥は小さく独りごつ。

 何よりも優先されるのは取り合えずでも寝床として使える場所を確保すること。 最低限、外気を遮断できる場所がなければ、寝ている間の凍死は約束されている。

 しかし、それは簡単に行きそうにはなかった。


 先程調べたのだが、建物の入口らしき所を開けようとしても取っ手や僅かな隙間に氷が張り付き、びくともしなかった。

 そうなると窓ガラスを蹴破るなどして無理やり中へ浸入するしか無いが、それも難しい。

 現在日本で普及しているガラスのほとんどが、耐摩性硬化ガラスという極めて割れにくい性質を持つものだ。 これは防弾ガラスに次ぐ強度を有しており、よほど力に自信がない限り、人力のみで破壊するのは現実的では無い。


 八方塞がりなこの状況で、さらに不安や困惑といった鬱屈したストレスが山積する灯弥の頭では、これらの問題を打破する妙案が思い浮かぶ筈もなかった。 しかし、このままここに居ても状況が好転することはないのは明らかだ。

 故に、灯弥は微かに残る理性で何とか我が身を奮い立たせる。


 目的地など無い。 だが周辺をひたすらに探索していれば、まだ発見できていない何かが見つかるかもしれない。

 一縷の望みを胸に抱き、決意を固めるように両手を握り力を込めた。 右手からは鈍痛が送られてくるが、裏返せばその痛みはまだ生きている証拠とも言える。

 改めて自らの生を実感した灯弥は、地を踏み締めるように歩を進め。


「……よし、行こう。取り合えず、向こうを適当に歩い――」


 ――――瞬間、爆発音が響き、街全体に激震が走る。

 空気を揺さぶるような衝撃に驚いた灯弥が反射的に音の聞こえた方角を見ると、遥か高所に位置するビルの屋上付近の間から白い煙がごうごうと上空へと昇っていた。


 平和ボケした一般人でも理解できる。──今のは、本物の兵器による爆撃であると。


 本来ならば、絶対に近付くべきではないのだろう。 この音を聞いた瞬間に反対の方角へと逃げるのが最善の行動なのだろう。


 しかし──しかしこの爆撃は、灯弥が覚醒してから初めて経験する、意図しない外部からの反応だった。

 たった今、それを求めて再び踏み出そうと決意したばかりだ。 灯弥の中で、どうしようもない激情が燻くすぶり、発露する。


 もしかすればあの現場には、誰か別の生きている人間がいるのかもしれない。


「――――ッ!」


 そう考えた時にはすでに足が動いていた。 何も考えず、ただがむしゃらにひた走る。 ガードレールを飛び越え、広い車道を横断し、最短経路で目的地へと向かう。

 急激に動かした足の筋肉がじわじわと熱を帯び始めるが、決して速度は落とさない。


 そして灯弥が一つのビルを曲がると、そこは霧が漂うように空気が薄く白みがかっていた。

 息を吸うと、僅かに火薬の残り香が鼻腔びこうを刺激する。


 間違いない。──爆撃があった現場はこの近くだ。


 灯弥は期待と焦燥が入り交じる複雑な心情を生唾と共に飲み込むと、意を決して霧が漂う空間へと入る。 視界不良なため先程のように全力疾走こそ控えたが、その歩きは無意識に速まっていた。


 そしてついに――


「…………っ! あれは……!」


 灯弥は、出会った。


「――――ぅ、かはっ……」


 道に倒れる、一人の少女と。


「だ、大丈夫か!?」


 その少女を目にした途端、灯弥は少女の元へと駆け寄っていた。 近付いて見ればよく分かるが、仰向けに臥ふした少女は至るところを怪我をしていた。

 先程の爆撃に巻き込まれたのか、擦過や裂傷、火傷などが美しすぎる白い肢体に痛々しく刻み込まれている。

 当の少女も灯弥が近付いてきたのを察知したようで、少しばかり顔を灯弥の方へと向けた。


「人、間……っ……!」


 灯弥の姿を視認した少女は目を見開き、震える手で独特の装飾が施されたナイフを握り、持ち上げる。 頼りなく揺れる刃先は体を動かすこともままならないことを示しているが、当人はそれどころではないらしい。


「……? い、一体どうしたんだ? まさか、さっきの爆発に巻き込まれたのか? なら、早く応急処置をしないと!」

「…………」


 灯弥は少女の不可解な行動に一瞬、呆気に取られたが、すぐに現状を思い出し少女を助けるために慌てながらも思考する。

 その様子を下から見上げるように眺めていた少女は不意に――握っていたナイフを放した。 カランカラン、と金属がコンクリートとぶつかる小気味良い音が鳴る。

 それに対して何かを発しようとした灯弥の声を遮るように、少女は口を開いた。


「聞い、て……」


 鈴の音のように凛とした彼女の声は、鼓膜から優しく脳に染み渡る。 その静謐せいひつな声音は、不思議とあれだけ狼狽していた灯弥の心を瞬時に落ち着かせた。

 少女は掠れる喉で、言葉を続ける。


「お願い、が……あるの……」

「……あ、ああ! 何だ? 僕は何をすればいい?」


 灯弥が了承の意を示したのを受け取ると──少女は静かに、今にも壊れそうな優しい微笑を浮かべて、


「私を、……ころ、し……て…………?」


 はっきりと、そう告げた。






 体言止めを使われてる部分に違和感を感じることが多かったです。

 最も顕著だったのが「が、それとは対照的に激しく昂る鼓動。」の部分。 文法的に確かなことは言えませんが、「が」と逆説が入るなら「どうした」「どうなった」と明示するべきで体言止めはそぐわないのではないかと思います。

 「対象的に」が逆説の役割も果たしてくれるので、ここを体言止めにするのなら「それとは対照的に激しく昂る鼓動。」とすると違和感は少なくなります。


 細かい言葉の使い方を間違えている点もありました。

「何で――――誰も人が居ないんだ……?」

 誰、というのが人を指す言葉なので、「誰も人が」とすると重複になって違和感があります。

「何故なら今この場には、灯弥ただ一人しか存在しないのだから。」

 『ただ』一人『しか』──こちらも、一人であることを強調する語で重複になってしまっています。

 重複に限らず、こうした細かい点で違和感を感じる部分はありました。 VRの可能性を検討している時の「灯弥の知る限り『でも』──なかった。」の一文も、「知る限り『では』──なかった。」が正解で、『でも』は『あった』で結ばれ知らない事象も含めれば他にもあると、そういう時に使います。


 自分のいる場所が日本であることを考える時の日本の歴史の知識云々の部分については、まるで外国の人間が日本の知識を確認しようとしているような感じで、日本であるかどうかを日本人が確認するにはそぐわないのではないかと思います。

 この点は主人公の境遇が分からないので正しいかどうかは何とも言えないのですが。


 耐摩耗性硬化ガラスについて、普及しているもののほとんどがそれになっているのならこの世界においては『一般的』なものであって『特殊』なものではないなと。 作者さんの視点、読者さんについて合わせた視点で語るなら間違いではないけど、登場キャラの視点で語るなら細かいけど注意するべき点ですね。


 それと豆知識ですが「独りごちる」という日本語は実はありません。 通じるし過去形で「独りごちた」とは言うんですけど、現在形では「独りごつ」が正解です。


 細かい点が多いですが気になった点について修正をさせていただいています。

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