直角三角形の部屋【実話怪談】

まちかり

・直角三角形の部屋

  それは、とある夫婦が新婚旅行でギリシャに訪れた時のお話です。


 新婚旅行といっても〝二人っきりの甘いハネムーン〟などではなく、ツアーに参加して格安で何か国も回る弾丸ツアーだったそうです。


 夕方、ホテルに到着し、ガイドにカギをもらい、ポーターに案内してもらって部屋に入った夫婦は唖然としました。


 部屋の形がなんと、直角三角形の形をしているのです。まるで普通の部屋を、対角線で真っ二つに切ったような形です。しかも、狭い!


 本当は図解出来れば良いのですが、カクヨムでは挿絵機能が無いので思い描いて頂くしかありません。お持ちであれば直角三角形の定規を手に心に描いてみてください。


 直角三角形の90度の部分を左下に、垂直の長い辺を左、短い辺を下にしてください。


 短い辺の面は全て壁、長い辺の壁に中庭を臨む窓、その下に粗末なベッドがあります。


 斜めの辺には、60度のかどの横に入り口、その横に粗末な洋服ダンス。


 バス・トイレはどこでしょう?


 なんと先端30度の辺の頂点右側に、幅1.5m、奥行き3mほどの別室があるのです。


 入り口すぐに洗面所、部屋の奥にシャワーの蛇口が直接付いたマンガのようなバスタブがポツンとあります。しかも照明は洗面所の上に付いた短い裸蛍光灯一本、バスタブが暗い部屋にポツンと浮かび上がります。


 部屋の様子はまるで……女中部屋。ホラー映画のセットならともかく、新婚旅行の部屋とは思えません。


 幽霊を信じる新郎は、部屋に入った瞬間『ヤバイ!』と思ったといいます。それどころか霊感のない新婦すら「この部屋、なんか気持ち悪い……」と言い出す始末。


「あたし、この部屋でシャワーとか浴びられない」


 新郎、新婦がそう言うのも解ります。『自分だってこの部屋に寝ていたら、何を見るのかわかったものじゃない』と思っていたからです。


 ヘンな汗が額に浮かぶ中、夫婦は必死に考えました。


 部屋は変えて欲しい……でも部屋が貧層だから変えて欲しいというのも失礼だし、ただ不気味だからというのも説得力が無さそうです。


 新郎はある結論に達しました。


「『幽霊が出た』と云う事にして、部屋を変えてもらおう!」


 つまり、不気味だからでは説得力が弱いので、幽霊が出てしまったから怖くて居られないなら変えてもらえるのではないか、そう考えたのです。部屋を変えて欲しい新婦は、取り敢えずやってみようと賛成しました。


 夫婦揃ってフロントに行きます。


「(英語)すいません」

「(英語)どうなさいましたか?」

「(英語)実は……信じてもらえないと思うが……部屋に幽霊が出たんだ」


 新郎、英語ペラペラと云う訳ではないですが、必死に説明します。


「(英語)部屋に入ってしばらく休んでいたら、足元に人の気配がしたんだ。見ると、白い服を着た髪の長い女の人が立っていた。『あなた、誰ですか?』と尋ねたら、スウ―ッと消えてしまったんだ!」


 ホテルマンたちには明らかに動揺が広がっているのが判ります。ぼそぼそと現地語で話した後、対応します。


「(英語)お客様、何かの見間違いではありませんか?」

「(英語)いや、私も妻もはっきり見たんだ!」

「(英語)ではカギをかけ忘れた、と云う事は有りませんか? 他のお客様がお部屋に入った可能性も……」

「(英語)いや、カギもちゃんと掛けていた!」


 そこで新郎は大芝居に出ます。フロントのカウンターをドンと叩いて叫びました。


「(英語)こんな部屋には怖くて居られない、今すぐ部屋を変えてくれ!」


 スタッフたちはしばらく現地語で話していましたが、しばらくしてようやく言いました。


「(英語)わかりました、新しいお部屋を用意いたします」


 ポーターが呼ばれ、部屋の荷物を回収しに行きます。新郎新婦はあくまで怖いので、という理由で部屋にも入りません。そして建物の中をしばらく歩いて、新しい部屋に向かいます。


 今度はもう扉からして雰囲気が違います。案内された部屋は、前の部屋とはまるで違う雰囲気でした。明るい壁紙、明るい色のベッド……窓こそありませんが、少なくとも幽霊が出そうな雰囲気は有りません。新郎新婦は明るくきれいなバスルームでシャワーを浴び、明るくきれいなベッドでゆっくり眠ったそうです。


 その数日後、移動中の列車の中で新郎新婦はツアーコンダクターに挨拶されました。


「この度は大変失礼いたしました、とんでもない目に遭いましたね」

「ええ、本当にびっくりしましたよ」

「あのあと、ホテルスタッフとミーティングがあったんですよ」

「はあ」

「あの部屋『には』出ないはずなんだけどなぁ、と言っていましたよ」

「…………」


 そう言ってツアーコンダクターは自分の席に戻っていきました。新郎はその背中を見ながら、思ったそうです。


「……ほかの部屋『には』出るのか……」


 今思い返せば、ツアーコンダクターに相談すればよかったとか思いますが、その時はあまりに不気味でそんなことを考える余裕もなかったそうです。


 ただ一つ心配なのは、実は後から案内されたあの部屋が実は出る部屋で、『霊感を試された』とか『実は出ていたのでは』とかと云う事です。


 でも何ごともなく取り敢えずゆっくり寝られたことで、あの時の判断は間違いなかったと今でも思っているとのことです。


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直角三角形の部屋【実話怪談】 まちかり @kingtiger1945

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