02 星ノ1「嫌いです」



「私の父ビルソッチですね」


「ああ」


紅茶お待たせしました。閣下」



二杯目になる紅茶を……コホン、失礼。紅茶をコウタの前に置くと、ソルコンチは続けた。



「父から聞いたおぼえがあります。東の半島、デル・タマーガ…… 。閣下が、父を初代インパツェンド総隊長に任命して下さった、その直後の合同調査だったとか」


当時を思い出しているかのように、コウタはまぶたを閉じ紅茶を口に運んだ。


「んん。……んん!? ――!! あっめーなこれ! お前キビ入れやがったな!?」


「え!? 母が新種を開発したとかで甘くないと言ってたのですが、失礼します閣下!――ッ!!あ"っめーなこれ!!ペッペッ!」


コウタの紅茶好きは、ディアモン族の中では周知の事実であったが、ソルコンチの母が他の惑星に時空転移するまでは、ソルコンチに度々煮え湯を飲まされることとなる。


「それでビルソッチとその部下二人、つまりうちから三人を派遣し、あとはアラン族の調査官を加えた合同調査だったんだが……」


「だが?」


ジレンとソルコンチが声を合わせる。


「んー。その当時の調査データがあるか聞く為に、メリアからの所へ飛んだんだ……」


「はい? 様ですかぃ?」







星ノ2「嫌いです」




ジレンの、老いた顔の深いシワも相俟あいまって、なかなか際どいあきれ顔へと変貌へんぼうしていく。

そしてソルコンチも、ジレンと同様に呆れた顔を右手で覆いながら、ため息をついた。


「ワシらの頭様とうさまがこんなに馬鹿じゃとは思わなんだ。立場上、頭様とうさま様の場所は教えておいたが、まさか会いに行くとは…… 。はあ、情けないわい…… まあいいですわ、それで?」


「ヒマワリの事が気になったからだろ! ほっとけクソジジイ。それでだ、もろとも消えてたんだよ…………」


「なにが?」


またジレンとソルコンチの息が合う。


「だから、 察しろよお前ら! 調査データとカラスだよっ!!ったく全部言わねーと分かんねーのか。何年俺と一緒に居んだよ」


「さあ、何年でしたかのぉ? ソルコンチや、おぬし何年なるかの?」


「私はー、フムフム。閣下が土下座されながら、インパツェンドの総隊長就任を懇願こんがんしてきたと、頭の海馬かいばに住むが叫んでおります」


「いやはや今日もスーチルの街は平和ですのぉーホッホッホ」


だと? だと? ……お前ら、いい度胸だな……」


コウタは額に太く脈打つ青筋を浮き上がらせながら、テーブルに置いてあった左拳を小刻みに震わせた。

ジレンはコウタと300年の付き合いであり、イルスーマの成り立ちから、太陽系も含めた第5銀河連合体"バーンナック"の事まで理解しており、イズ大陸 随一ずいいちの生き字引じびきとも称されていた。

またソルコンチは、先代のインパツェンド総隊長ビルソッチと実の親子であり、160年前にサンミエル常駐警備隊長から、インパツェンド総隊長へと、コウタ自身が任命した。


「まあ頭様とうさまいずれにしても調査データが元から消える事は無いと、ご理解されてるとは思いますが……。

とにかく、角が立たぬように動けと……それでよろしいですかな?」


「くれぐれもな。しかし早くしてくれ、メリアに問題があれば、イルスーマ自体に影響が出かねん」


ジレンは疑念ぎねんを拭えない、そんな顔をしてはいるが、深刻さは無さげに腹部をいている。


「ふーむ……事情は分かりました。あ、広場のパーー忘れとったわい。では早急に、アラン族の民族交流局へ問い合わせてみましょう。それと、頭様とうさま――」


「あーはいはい!聞きたくない喋るな、早くパーー行け老害ろうがい


「ろ、老害ろうがいとはワシの事ですかなー? ワシが老害ろうがいなら頭様とうさまは○○ガイですなホーーホッホォー!」


そう高笑いしながら、ジレンは会議室を出て行った。

イルスーマにはローク族、ディアモン族、アラン族が各々おのおのお互いにネイションフリーな通信回線を、民族交流局に設置している。

ただしこれは、民族間の外交機関よりも、より一般大衆が他大陸の情報機関に質疑応答しやすくしたものであった。


「しかし閣下、交流局に問い合わせても、そのような深い情報のやりとりは難しいのでは?」


「インパツェンドは防衛と監視が主たるものだからな、疑問に思うのも無理ないが。まあジレンに任せておいて問題ない。

お前は、カラスがイズ大陸に潜伏してないか、8階の越境局えっきょうきょくに探らせろ。あと母君ははぎみのキビを研究室から処分しろ」


りょうッ! 閣下!」


ソルコンチは両足のかかとを勢いよく合わせ、左のてのひらを天に向けた状態で腹部に添えるインパツェンド式敬礼をした直後、コウタに擦り寄りその精悍せいかん髭面ひげづらを緩めた。


「ところで閣下、様はご壮健そうけんであらせられましたか?」


「ああ、お前のそのむさ苦しい髭を1本残らず抜いて、そのままケツに植毛してやりたいと言ってたぞ?」


コウタの言葉を聞いたソルコンチは益々ますます顔をゆるませ、それはもう……。


「そうですかぁー つばさ様が、あーそうですかぁー! へー! さて私もパーティーに顔を出しましょうかね!はっはっはー!」


ソルコンチは、さもコウタを見透かしているような高笑いを発しながら、会議室を出て行った。


「ぐぬぬ…… アイツ最近ジレンに似てきやがったな。お前はパーティーよりもず8階に行けっ!」



こうして、『 メリア 』の地下エネルギー滞留に端を発した、世にいう"デル・タマーガ事件"が

惑星イルスーマの三大陸を巻き込む、一大いちだい騒動へと発展していくのであった―――― 。



惑星イルスーマ創星から372年……。


それぞれの日々をつむたみ達は、その後訪れる運命の選択の日に歩み始めた事を知らず、それぞれの親しい者達と共に、今日という日を楽しんでいるのだった。






――――5時間前。


東のメリアから、イズ大陸の最も西の海岸線。とある施設がある敷地内の更に海側、木造の家の玄関口にコウタはいた。



「はーい! ちょっと待ってくださーい!」



「……ふぅ、……早く出ろよぉ……ふぅふぅ」


ガチャ。


「ごめんなさー、あ……」


「あ、あ、あ……」


「帰って」


「……ぁ?」


「帰って!」


「な、なななん――」

「キライキライキライだーーっいきらーーっい!!」

ばたん!



星ノ1「嫌いです」 完

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