4章‐1

「家事を手伝ってくれてありがとうね、アリサちゃん」


「居候の身ですからね。これくらいは当然ですよ。他にもボクにできる事があれば遠慮なく何でも言ってください!」


 時の流れは早いもので、仁良の家に転がり込んでから二週間になる。

 ほぼ毎日のように仲間の捜索の為に街中へ出かけ、外出から帰った後はお母さんにこの世界での家事の方法を教わりながら手伝いをする日々。

 居候の身で何もせずにゴロゴロしている訳にはいかないと思い、ボクから家事を手伝わせてもらうように申し出たのだ。

 何もしないでいるよりも、何かやっていた方がボクの性に合っている。


「本当に助かるわ。だけど、今日はもう休んでもらっても大丈夫よ。後はアタシ一人で何とかなるから」


「わかりました。でも、もし何かあれば遠慮なく言ってください。ボクにできる事なら何でもやりますよ」


 手伝いを終えた後は、居間に移動してソファーに座り込む。

 今では仁良がテーブルの上に夏の課題を広げていた。

 課題に向き合っていた仁良がボクに気付くと、顔を上げて話しかけてくる。


「手伝いはもう終わったの?」


「今日はもう大丈夫だってさ。そっちはどんな調子?」


 書かれている内容はボクにはよく解らないが、開いているノートは後半部分に突入している所だろうか。

 課題の進捗は順調のようだ。


「今日はこんな所かな。それよりもありがとう、アリサ。本当は僕が手伝わないといけないんだけど……」


「気にしなくてもいいよ。仁良はボクに付き合ってくれて所為で自分の時間が中々取れないから家事を手伝えないんでしょ? だったらボクが代わりに手伝うのは当然だよ。それに居候中の身だし、手伝えることは手伝わないと」


 普段は仁良が家事を手伝っているらしいが、ボクの仲間探しに毎日付き合ってもらっている上に自分の課題までやらないといけない所為で、家事を手伝う時間が無い。

 ……申し訳ないとは思うが、ボク一人で外出するにはまだこの世界で分からない事が多すぎる。


「そういえば、少し前から気になっている事があるんだけど」


「どうしたの?」


 机の上を片付けながら仁良が話を切り出してくる。


「魔法って、僕も使えるの?」

「うーん……多分、使えるんじゃないかな? あまり強力な魔法は使えないと思うけど……急にどうしたの?」


 使い方さえ知っていれば簡単な魔法なら誰でも使えるはずだ。

 ……少なくともボクのいた世界では。


「魔法が使えれば色々と便利だろうなって思ったんだよ。それに僕でも魔法を使えるかどうかずっと気になってたんだ」


 ……魔法が使えれば便利か。

 この世界には魔法が使えなくても便利な道具があるし、必要ないと思うんだけどな。

 ……まあ、自分でも魔法が使えるか気になるのは少しわかる。

 ボクだってこちらの世界の道具がどのような使い方をするのか、ボクにも扱えるのか気になる事は多々ある。


「ボクで良ければ教えてあげようか? 人に何かを教えた事は無いけどそれでも良いのなら」


「いいの? ……自分で聞いておいて何だけど、随分とあっさり教えてくれるね」


 ボクの返事を聞いた仁良は驚いたような声を上げる。

 ……そんなに驚くような事なのだろうか?


「何でそんなに驚くのさ、別に教えて困るようなものでもないよ」


「そんなもんなのか……それじゃあ、改めて宜しくお願いするよ」


「……もう一度言うけど、ボクは人に何か教えたことがないからね。上手く教えられなくても勘弁してね」


 魔法が使えるかもしれないと聞いた仁良は、興奮を隠せない様子でボクに教えを乞うてくる。

 その様子を見て苦笑いしながらも、どの魔法を教えるか考える。

 ……まさか、ボクが人に何か教える時がくるなんて考えた事も無かったな。


「じゃあ早速始めようか。とりあえず『ライト』の呪文かな」


 ボクは指先に小さな光を灯すのを仁良に見せる。


「その呪文ってどんな効果があるの?」


「周りが暗い時に周囲を照らせる光を出せる呪文」


 呪文の効果を聞いた仁良は少し落ち着いた様子になる。

 ……いや、がっかりしているといった方が正しいな。


「仁良? 随分とがっかりしているみたいだけど、どうしたんだい?」


「いや、アリサが今まで使っていた魔法に比べると地味だなって……」


「そりゃそうだよ。いきなり高度な魔法を使える訳ないし、危険な魔法を教える訳にもいかないからね。文句があるなら、教えなくてもいいんだけど……」


 ボクの魔法を教えないという言葉に、仁良は慌てはじめる。

 今の仁良はいつもより感情が表に出ているように感じた。

 ……魔法を使えるって、そんなに魅力的なのかな?

 それにしても、面白いくらい素直に反応してくれてからかいがいがあるな。


「ごめん、別に文句を言ったつもりは無かったんだ」


「少しからかっただけだよ。それじゃあ、魔法について教えようか」


 ボクが使い方を説明するという所で仁良が息を呑む。

 ……なんだかボクまで緊張してくるな。


「まず魔力の説明だけど、一人の人間が溜めれる魔力には限りがあるんだ。個人差も大きくて、例えばゴリアンは魔力をあまり溜め込められないし、ボクやレイリー、カオルは魔力を人より多く溜めておけるんだ。……ボクが見た所、仁良が溜めておける魔力の量はそこそこかな」


「そ、そこそこ……」


「そう気を落とさないでよ。魔法自体の強さは精神力に依存しているんだ。少ない魔力でも精神力さえ強ければある程度は強力な魔法が使えるんだ」


「精神力か。正直、自信が無くなってきたんだけど、大丈夫かな……」


「大丈夫だよ、大事なのは日頃の修練さ。魔法を使い続ければ精神の消耗も少なくなっていくから。……まあ才能も大事ではあるかな。上達には、個人差があるから」


 ボクの説明を聞いて不安そうにする仁良を励ます。

 ボクだって最初は強力な魔法は使えなかったし、本当に魔法が上達するかもわからなかったから気持ちはよくわかる。


「次は使い方だね。まずは自分の胸に手を当てて神経を集中するんだ。そのうちシュワシュワを感じると思うけど、それが魔力だ。その後はシュワシュワを指先にギュっとして光れって思うんだ。そうしたら『ライト』と言いながらギュっとしてたシュワシュワをバーンとするような感じで魔法が使えるよ」


「ごめん、アリサが何を言っているのかさっぱり理解できない」


 魔法の使い方に関する説明を聞き終わった仁良は、申し訳なさそうにそう言った。

 まさか即答でわからないと言われるとは……。

 正直、どこが悪かったのかわからない。

 何とかしてわかりやすく伝える事ができないだろうか。


「どう説明したらいいかな? モヤモヤでもボワボワでも無くて、シュワシュワなんだよ。……よし、習うより慣れろだ。胸に手を当ててシュワシュワを感じてみよう」


 説明するのはやめだ。

 理論を説明するよりも実践させた方が早いだろう。

 仁良は胸に手を当てて魔力を感じるのに集中する為に目を瞑る。

 ……三分ほど経ってから仁良が目を開く。


「さっぱりだ、どうやら僕には魔法を使う事はできないみたいだね」


「……ごめん。ボクの教え方が悪かったみたいだ。こんな時カオルがいれば、もっとわかりやすく教えてくれたんだろうけどなあ」


 残念そうにする仁良に謝りながら、未だ見つける事のできていない最後の仲間の事を思い浮かべる。


「多分、僕には才能が無かったんだよ。そうだ、カオルさんってアリサの仲間だよね? どんな人だったか教えてもらってもいい?」


 恐らくボクに気を使ってくれたのだろう。

 話題を変えようとしてくれる仁良に心の中で感謝して、カオルについて話す事にする。


「カオルは国一番と言っても過言じゃない、最高の魔法使いだよ。あらゆる魔法を使いこなす凄い才能の持ち主なんだ。プライドが高くて少し気難しい所があるけど、本当は困っている人は見過ごせないとても優しい女の子なんだよ」


「……そこまで褒めるなんて本当に凄い人なんだ」


「何と言ったってボクの一番の親友だからね」


 カオルと親友になれて本当によかったと思う。

 彼女の魔法は心強かったし、何よりも年齢の近い子がいっしょに旅をしてくれたお蔭で寂しい思いをせずに済んだ。


「ゴリアンさんやレイリーさんのように、頼れる仲間だったんだね。国一番の魔法使いってことは、アリサよりも凄い魔法が使えるの?」


「……そうだね。ボクよりも多彩な魔法を使えるし、魔法の効果もボクより高める事ができるよ。……だけど、冒険で必要なのは魔法の腕だけじゃなくて体力や野営の知識も必要だから、総合的には負ける気はない。勇者であるボクにしか使えない魔法だってあるしね」


 事実ではあるが、カオルに魔法で劣っていることを指摘されて少し見栄を張ってしまう。

 ほんのちょっぴりだけど悔しいんだ。

 ……確かに魔法の実力じゃカオルには勝てないけど、ボクは勇者だ。

 魔法使いの彼女とは役割が違うから、そもそも比較する意味は無いんだけど、何故だか張り合ってしまった。


「アリサにしか使えない魔法? どんな魔法が使えるの?」


「ボクが行くべき道を示してくれる『コンパス』はよく使ったな。魔王の城への道を切り開くための道具の場所を教えてくれるし、仲間達に会えたのもこの魔法のお蔭なんだ。まあ、進んだ先に何が待っているかまではわからないのは欠点かな。……それに、こっちの世界に来てから何故か機能してないんだよ」


「その魔法が使えればここまで苦労する事はなかったかもしれないのか……残念だね」


 口ではそう言う仁良だが、ボクが見る限りあまり残念そうにしていない気がする。


「使えない物はしょうがないから地道に探索するしかないよ。後はマーキングした相手の場所を知る事ができる『サーチ』も役に立つよ。仲間とはぐれた時や逃げる敵を追いかける時に便利なんだ。この間、仁良を探し出せたのもこの魔法のお蔭さ」


 更にもう一つボクにしか使えない魔法があるのだが、態々言う必要は無いだろう。

 ……元々使う気も無いし。


「僕がどこにいてもアリサにはバレてしまうのか。……ちょっと待った。その『サーチ』という魔法で、この間は僕を見つけたの?」


「そうだけど……どうしたの?」


「その魔法を使えばアリサの仲間も見つけられるんじゃないの? 僕の居場所がわかったなら、仲間達の場所もわかるんじゃないかなって」


「……『サーチ』」


 仁良の言葉を聞いて即座に探知魔法を発動する。

 この間は仁良を探すのに意識が逸れてしまっていて気付かなかったけど、いつの間にか探知魔法が使えるようになっている。

 この世界に来てすぐに使った時は使えなかったはずだがどういう事なんだ?


「……仲間や仁良の居場所は分かるな。魔王の居場所は分からないけど、マーキングを消されたのか? いや、そもそもどうして『サーチ』が急に使えるようになったんだ……」


 ……とりあえず、未だに見つけられてないカオルを含めて『サーチ』で仲間達の居場所を把握できるようになった訳だ。


「どうやらカオルさんの居場所もわかるみたいだね。これで当ても無く探す事をしなくて済むようになった訳か。……その様子だと、前に使った時は何の反応もなかったんだよね? 一体どうして……」


「理由は分からない。ボクの力が弱くなっていたのか? それとも、今までずっと魔王に妨害され続けていたのかもしれない。……はっきりとした原因はわからないな」


 結局の所、ボクではいくら考えてもわからない。

 魔法のエキスパートであるカオルだったら、魔法が使えなくなっていた理由がわかるかもしれない。


「とりあえずやるべき事は決まった」


「カオルさんに会いに行くんだね。……いよいよ最後の仲間か。記憶が残っているといいんだけど」


 仁良の言う通りだ。

 カオルに会えても記憶を失ってしまっていたら打つ手が無くなってしまう。

 それだけは避けたい所だ。


「よし、今日はもう寝よう。明日も朝から動きたいからね」


 立ち上がって仁良に就寝前の挨拶をして寝室へと向かう。

 急に立ち上がったボクに虚を突かれたのか、ボクが廊下に出てからようやく仁良のおやすみという声が聞こえてきた。

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