3章-5

 表通りに戻った所で先生が僕達の方へ振り返り、話しかけてくる。


「さて、ここまでくればもう大丈夫でしょう。あなた達が無事で何より……と、言いたい所ですが、どうして大人に助けを求めなかったんですか? 私が近くを通っていなければどうなっていた事か……」


「ひったくり犯を見失わないのに精一杯で、そこまで考えがまわらなかったんです。……今考えると、路地裏に突入する前に誰かを呼んでおくべきだったとは思います」


 ……正直、人を呼ぶ余裕があったかどうかは怪しい所だ。

 しかし、身の安全を第一に考えて行動すべきだったのは先生の言う通りである。


「ボクも、もう少し冷静に動くべきだったかも。仁良が巻き込まれる前にお爺さんの荷物を回収して逃げるべきだったか……」


 僕と同じようにアリサも自分の行動を顧みる。

 あのまま男達を相手にしても、アリサなら全員倒してしまえたとは思うが。

 反省する僕達を見て、先生はため息を一つ吐いてから口を開く。


「君達が無事だった事ですし、反省もしているみたいなのでよしとしましょう。もう危険な真似をしてはいけませんよ」


 先生は僕から目を離してアリサの方を見ながら話し続ける。


「貴女の名前をまだ聞いていませんでしたね、私の名前は桜蘇 怜悧です」


「……ボクの名前はアリサ、アリサ・シャーユです」


 本来であれば、知り合いであるはずの相手に名前を聞かれて思うところがあったのだろうか?

 アリサは少しだけ間を開けてから名乗る。


「アリサさん、今回は何事も無かったですが暴力で解決するのはよくありませんよ。向こうが仕掛けてきた事でも過剰に反撃すると、こちらが悪いことにされてしまいますからね」


 アリサが黙って頷いたのを確認すると先生は再び僕ら二人に向き直る。


「わかってくれればよろしいです。今日はもう家に帰りなさい」


「あの、先生」


 立ち去ろうとする先生に声を掛ける。


「すいません、さっき先生の様子がおかしかったのはどういう事なんですか? 僕が気付かなかっただけで男達に何かされていたんじゃ……」


 男達と相対していた先生の様子は明らかにおかしかった。

 僕達を助ける為に先生に何かあったらと考えると、聞かずにはいられなかった。


「……只の芝居ですよ、時間を稼ぐためのね。あれくらい大袈裟に振舞っておけば、相手も委縮してしまいますから」


「芝居ですか……どうして芝居をしてまで僕達を助けてくれたんですか? 先生自身も危ない目にあったかもしれないのに」


 様子が変だった理由はわかったが、何故そこまでして僕達を助けてくれたのか。

 僕の問いかけに対して先生はこちらに微笑み口を開く。


「生徒を守るのが教師の役割です。……いえ、生徒に限らず未来ある子供を守り、正しく導くのが大人の役割ですから」


 そう言うと先生は今度こそ立ち去っていく。


「先生、助けてくれてありがとうございました」


 少しずつ遠ざかっていく先生の背中に向かって、お礼を言う。


「おい、もう降ろしても構わんぞ」


 先生の姿が見えなくなった後、僕の背負われていた爺さんが降ろすように言ってくる。

 態々逆らう必要も無い。

 爺さんを地面に降ろしてやると、アリサから盗まれた荷物を受け取って中身を確認し始める。


「よし、無くなっている物は無いな。助かったぞ、お前達。礼をせんとな」


「気にしなくても大丈夫ですよ。困っている人を助けるのは当然の事だから」


 お礼をしようとする爺さんの申し出を断ってしまうアリサ。

 その志は立派だと思うのだが、ちょっとお人好しすぎやしないかと思ってしまう。

 ……しかし、爺さんがお礼をしてくれると言った事には結構驚いた。

 今までの言動からしてお礼を言われるのが関の山だと思っていたし、爺さんに対する見方を変えるべきなのかもしれない。

 ……どうせ、大したお礼ではないのだろうけど。

 そんな事を考えていると、爺さんは荷物の中から何かを取り出す……あれは水晶玉?


「まあそう言うな。実はわしは占い師でな、お主らの事をタダで占ってやる事にしよう。ありがたく思うんじゃぞ。わしがタダで占うなど、滅多に無い事じゃからのう」


 やっぱり大したお礼じゃ無かったな。

 爺さんは適当な場所まで歩いて荷物を広げ始める。

 ……占いか、そういうのは信じない性質なんだよな。

 こういうのって大体誰にでも当てはまりそうな事をそれっぽく言ったり、耳障りの良い言葉を並べるものというイメージがある。


「それじゃあお願いしようかな。仁良も占ってもらうんだろう?」


「僕は別にいいかな。アリサだけでも占ってもらえば――」


「ムム! 見える、見えるぞ! これは……」


 僕の言葉を遮り、爺さんが水晶玉に両手をかざして顔を近づけながらブツブツと呟く。

 その様子は、正直もの凄く胡散臭い。

 ……そのまま数分ほど時間が経ってもなお、爺さんはブツブツと呟き続ける。


「爺さん、無理に占ってもらわなくても――」


「待て、もう少しじゃ……」


 こちらに反応したかと思えばまたすぐにブツブツと独り言を言いだす爺さんから視線を外しアリサへと視線を移すと、心なしか楽しそうに占いの様子を見ている。

 ひょっとして占いが好きだったりするのだろうか?


「アリサ、占いに興味あるの?」


「人並みにね。ボクの世界にも占い師はいたけど、こっちの世界の占い師ともそんなに変らないな。少なくともお爺さんの見た目は、ボクが見た事のある占い師そのままだよ」


 ……世界が違っても、変わらない事もあるんだな。

 そんな事を考えていた時にふと気になった事を口に出す。


「そういえばさっき男達に触れるだけで気絶させていたけど、あれは魔法なの?」


「うん、やむを得ず人間相手に戦う事になる時によく使うんだ。相手に触れるだけで痺れさせる事が出来るから無駄に怪我をさせなくて済むし、触れるだけで良いから使い勝手が良いんだ」


 確かに触れるだけで相手を無力化できるのは相当に便利だな。

 ……アリサとは喧嘩しないようにしよう。


「よし、終わったぞ」


 そう思っていると爺さんが顔を上げる。


「まずはお嬢ちゃんからじゃな」


「よろしくお願いします、お爺さん」


 爺さんに向かって一礼をするアリサ。

 どんな時でも礼儀を忘れない所、僕も見習おう。


「正直に話すと運勢はあまり良くないな。辛いことや苦しい事が多く待ち受けているかもしれんが、苦難を乗り越えれば道は切り開かれるぞ、とにかくなにがあっても耐える事じゃな」


「今の言葉、肝に銘じておきます。ありがとう、お爺さん」


 聞こえの良い、無難な内容を言うのかと思っていたけど、考えていたよりも不吉な内容じゃないか。

 ……何だか僕の占い結果を聞くのが億劫になってきたぞ。


「爺さん、僕の占い結果は言わなくても――」


「次に坊主、お主の運勢は最悪じゃ! これから巻き込まれたくもないトラブルが次々とお主の身に降りかかる事じゃろう。それこそ命にかかわるような危険な目に合うぞ! うん? 今何か言おうとしたか?」


 僕の制止よりも早く、爺さんは占い結果を話し切ってしまう。

 アリサの占いは予測するような言葉遣いだったのに、僕の時は断定するような言い方って……一体爺さんにはなにが見えたというのか。


「何でもないです……僕はどうすればいいんでしょか? 流石に死にたくはない」


「どうしようもない。儂から言える事は逃げたらもっと酷い事になるという事と、本当に大事な時は自らの意志に従って行動すれば好転するかもしれん……多分」


 打開策を聞いたはずなのに逃げるなという無慈悲な宣告を受けるとは。

 一応アドバイスらしいものも貰えはしたが、最後に小さく多分と付け加えたのを聞き逃さなかったぞ。


「今日は助かった、お主等の幸運を祈っとるよ。じゃあの」


 あんまりな占い結果に唖然としている僕を後目に、爺さんは軽快に笑いながらその場から立ち去って行った。


「……ま、まあ所詮は只の占いだよ。あんまり気にしない方がいい」


 自身も碌な占い内容じゃなかったアリサから励まされてしまう。

 僕はそんなにショックを受けているように見えたのだろうか?

 ……本来は僕がアリサの事を励まさないといけないんじゃないのか?

 アリサの仲間がまた一人記憶を書き換えられている事が判明した上に、演技とはいえあんなにおかしな言動をしていたのだ。

 ショックは大きいはずだ。


「……気にしすぎないようにするよ。それよりもアリサは大丈夫? 先生……じゃなくてレイリーさんがあんな演技をするなんて、かなり動揺したんじゃないかと」


「いや、別に?」


 心配する僕の言葉を聞いたアリサは、事も無げにそう言ってのけた。

 ……そういえば先ほどまでの彼女の様子を思い返してみると、あまり動揺していなかった気がする。


「驚いてないみたいだけど、レイリーさんって普段からさっきのような芝居を打ったりするの?」


「普段は普通に喋っているんだけど、戦闘になったり気持ちが昂るとあんな感じの喋り方になるよ」


 アリサの反応を見る限り、本当に普段からあの言動をする事があるんだろう。

 それ所か素でやっていた可能性まであるのか。


「そういえばさっき、レイリーが相手を動揺させる為って言っていたけどアレは嘘だね。以前何であんな言動するのか聞いてみたら、自信満々にカッコいいからって答えたんだよ」


 僕の中の先生の理知的でカッコいいイメージが、音を立てて崩れ去る。

 そのイメージも記憶改変の影響を受けて作られた物なのだから大した物ではないのかもしれないが、それでもショックだ。


「さっきから黙っちゃってどうしたの?」


「大した事じゃないよ。僕の中でのレイリーさんのイメージが大きく変わって少し驚いていただけ」


「ボクも最初知った時は驚いたけど、どんなに親しい人間でも知らない一面の一つや二つあるさ。それよりも大分暗くなってきたしそろそろ帰ろう。あまり遅くなってしまうとお母さんを心配させてしまうよ」


 家に向かって歩き出したアリサを追いかけて僕も歩き始める。

 ……どんなに親しい人間でもしらない一面はあるか。

 確かに先生と生徒という関係ではそれは知らない事が多いだろう、ショックを受けていたのがなんだかおかしくなってきた。

 それと同時にアリサの事を考える。

 彼女の事をある程度は理解した気になっていたけど、数週間前に知り合ったばかりだから知らない事も多いのだろう。

 そう考えると少し寂しくなるが、それと同時にもっと彼女の事を知りたいと考えてしまう。

 いずれは元いた世界に帰るであろうアリサに深入りしても別れが辛くなるのはわかっている。

 それでも何故か、彼女の事を知りたいと思ってしまうのだ。

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