ボトルメールに詰め込む切れ端

長月瓦礫

ボトルメールに詰め込む切れ端


それは川に流れ着いていた。

城へ戻る途中、俺たちは野宿することになった。


水場を探していたところ、岩の隅に引っかかっていた。

最初は誰かが捨てたのかと思った。


ボトルの中に紙の切れ端が入っていた。開けるまでもなかった。

「誰か助けてください」という一言だけが記されていたからだ。

あて名もないから、そこに向かうこともできない。

瓶を強く握りしめる。


こうして声を上げている人がいるのに、俺は本当に何も助けられないのか?

俺は今まで何をしてきたんだ? 正しいことをしてきたんじゃなかったのか?

この力は何のために使われるべきなんだ?


誰かに答えてほしかったから、俺は日記帳の後ろのページに手紙を書き始めた。


「誰にでも帰れる場所がある。

それがどんな形であっても、安心できる場所がある。

だから、人は迷子になれる。


人間界の外は危険で、そんな場所はどこにもないと思っていた。

迷ったままその場所に行ったら、二度と帰って来れない。


けど、俺たちの信じているものを簡単にひっくり返すのが現実だ。

よりによって、倒すべき相手の魔王に教えられたんだ。


なんてな。びっくりした? 

俺は魔王討伐に向かった勇者だ。

近くにみんなもいるけど、今はひとり。


自分の頭の中を整理したかったのもあるけど、どうしても言葉にしたかったんだ。


それにしても、手紙を書くことになるなんて思ってもみなかったよ。

シグに見せたらきっと驚くだろうな」


「俺たちは今、魔王城から国へ帰る途中なんだ。

あと数日で戻れるんじゃないかな。


しばらくしたら、魔王から聞かされたことを俺たちは発表すると思う。

けど、どうしても誰かに読んでほしかったから、こうして手紙を書いてる。


ほら、今って魔界の情報を制限しているだろ? まともに本音も話せやしない。

魔王が天使みたいな小さな女の子だってことも、言わせてくれないんだろうな。


魔王討伐隊は、魔界を治める王を倒すために作られた組織なのは知ってるよな。

勇者一行ってあだ名がつけられるとは思わなかったけど、俺は嬉しかったよ。

そっちのほうが分かりやすかったみたいだし、俺たちのやる気にもつながった」


「つい先日のことだ。俺たちはついに魔王と謁見した。

その子は大人用の玉座に座っていた。

最初は何かのまちがいじゃないかと思ったし、夢なら冷めてほしかった。


思い出すだけでムカついてきた。聞いていた情報とは全然違うしさ。


『この椅子は話し合いには向かないので、そちらの部屋へ行きましょうか』って。

自分から会議室まで案内して、お茶とお菓子まで用意してくれたんだぜ?

俺たちはあくまでも突然の来訪者で、必要最低限ではあったけどもてなしてくれた。


ワケ分かんないだろ?

俺たちは戦う気満々でいたのにさ。


けど、本当にただの話し合いで終わったんだ。

討論会というか講義というか、なんて言えばいいのか分からないけどさ。

とにかく、俺たちは言葉で戦うしかなかったんだ」


「『正義は助けてくれなかった。

味方であるはずのあなた達は、何もしてくれなかった。

彼らについて、何も知らないのがいい証拠でしょう?』


彼女は俺たちをまっすぐ見つめながら、一番最初にこう言った。

昨日のことのように思い出せるよ。


『ここにいる人々は、家を壊され崩され追われ、逃げてきた人々ばかりです。

家に帰りたくても帰れないのです。

けれど、あなた達は何もしなかった。彼らのことを闇に葬ろうとした。


すでに聞いたかもしれませんね。

私たちはあふれた水を受け止めている皿に過ぎないのですよ』」


「あふれた水っていうのは、魔界に来た人間たちのこと。

その人たちに事情を聞いてみると、何かから逃げてきたことが分かった。

どうにかしてたどり着いたのがこの場所であり、みんな助けを求めていた。


人間界の連中は何もしてくれなかった。

代わりに、私たちが安心して暮らせる場所を提供しただけだ。


ここにいた誰もが彼女の話に聞き入っていた。

彼女が戦う様子を見せなかったからだと思う。


『ここまで来たということは、話を聞いていないのと同じことですよね?

それならば、同じ質問をしましょうか。

その水を溢れさせているのは、一体誰なのでしょうね?』


俺たちはなにひとつ、反論できなかった。

あの子は遠回しに責め続けていたんだ。


『人間たちが逃げてくる理由はお前たちにあるんだろう?

こんな不平等を強いるなんて、誰もおかしいとは思わないのか?

こんなことしてる暇があったら、自分たちでどうにかしろよ』ってさ。


だから、何も言えなかったのかもな。

強気な態度だったのもあるけど、立場が完全に逆転していたんだ。


俺たちが悪者扱いされていた。それはまちがいない」


「その話し合いでさ、俺は旅の道中で見かけた乞食たちを思い出したんだ。

もちろん、無視できるわけがない。

俺たちは食料を分け、話を聞くことしかできなかったけど。


あの人たちは笑顔の下に、呪い殺すような表情を浮かべていた。


『心優しい勇者さまなら教えてくれるかな?


未来を考えるのうみそをもらう方法とか。

明日を生きる勇気をもらう方法とか。

今を活きるハートをもらう方法とか。


あるいは、銀の靴を使わずとも家に帰る方法とか。

知っていたら、教えてほしいな。

ボクたちを助けてほしいな』


『ねえ、何で助けてくれないの?

世界を平和をするんじゃなかったの?

何のためにここまで来たの?』


怖い表情をしててさ、今にも殺してきそうだった。

俺たちだって分からないよ、そんな方法」


「勇者一行は世界平和のために戦っている。

なのに、救われていない人々がここにいる。


現実を突きつけられた途端、俺たちを励まし喜ぶ声が、明るい言葉の数々が体の中に空しく響きわたった。応援や期待がこんなに辛かったのも初めてだった。


これまで守れていたのは何だったんだ?

仲間たちと戦っていたのは何だったんだ?


魔界の人たちは本当に敵なのか?

俺たちが戦うべき敵は何なんだ?


魔王城から出た瞬間、全てを飲み込むような絶望と憂鬱と無力さに襲われた。


絶望なんて、俺は初めて知ったよ。

それがどっと押し寄せてくるんだ。


どんな強敵でも仲間と力を合わせて、戦ってきた。

そりゃ、辛い時もあったさ。どんな時も協力して励ましあって、歩き続けてきた。

越えられない壁なんてないと思っていたのに。


なのに、どうしようもできないって初めて思った。

魔界の人たちは、このどうしようもない絶望と戦っているんだ」


「とりあえず、スッキリできたかな。

多分、期待しているような話は全然できなかった。

そして、俺たちがこれからする話も期待できるようなものじゃない。


俺から言うのもアレなんだけど、これだけは覚悟しておいてほしい。

勇者一行は完膚なきまでに打ちのめされたんだ。


もしかしたら、世界平和に勇者なんていらないのかもな。

何が必要なのかは、これから考えてみるけどさ。


それじゃ、みんなに呼ばれる頃だと思うから。

どこかで会えたら、そのときはよろしくな。

ここまで読んでくれたかどうかは分からないけど、とりあえずサンキュ。


                        勇者こと魔王討伐隊隊長より」




俺は手紙を綺麗に折りたたんで、先ほど拾った瓶の中に入れた。

誰かに読んでほしいような、読まれたくないような、複雑な思いも瓶に閉じ込める。

紙切れと一緒に入れたのは、その声が届いてほしかったからだ。


川の中に静かにいれると、流れに乗って下っていった。

見えなくなるまで、その姿を見送っていた。

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