第三話:夜条風華煌侃という男


正刻の鐘を昼八つ大寺院が鳴らすひつじの刻、崇爛城の外城がいじょう西側――武官が日頃の鍛錬の成果を披露する場として建つ武玲殿ぶれいでんに、兵軍省に属する軍将官、その新参である精鋭、軍将若人進ぐんしょうわこうどしんの姿があった。数十人と並んだ体格のいい男たちの中に、一際ひときわ存在感を放つ夜条風華煌侃もいる。


 彼らはひと月後に控えた大舞台、武道演武大会の予行演習を行っている。すべての侍衛達が一斉に持ち場を離れるわけにはいかないため、それぞれの官職で演習時間をずらし、現在は軍将若人進が本番さながらに汗水を流していた。


 気迫溢れる声が辺りに響き渡る。普段は軍服の彼らも今日は演服として薄手の作務衣さむえに似た上衣じょうい下衣したごろもの白服に着替えており、鍛え抜かれた肉体美こそ拝めないものの、迫力ある演武は偉人達が積み重ねてきた歴史を背負うつわものの覚悟を感じさせた。


 崇爛城に仕える女官達が色めき立つのも無理はない。


 「夜条風華侍衛、格好良かっこいいいわね」


 「当たり前でしょ」


 「そうよ」


 「フォンネス侍衛も負けていないわ」


 「夜条風華侍衛の次にね」


 特に煌侃を目当てとした女官が多く、彼の人気の高さをうかがわせる。


 「ちょっと押さないで!」


 「抜け駆けは駄目よ!」


 「誰よいま引っ張ったでしょ!」


 予定通り演習が終わるといよいよ、女官達の小競り合いが始まった。


 眉目秀麗な煌侃は好青年で周囲からの評判もいい。加えて夜条風華家は伯爵の爵位を持つ貴族だ。すべての女性が放っておかないだろう。


 女官達は彼らが片付けに取り掛かるタイミングを見計らい、各々で用意した手拭いを握り締め想い人の侍衛に駆け寄る。昔は禁じられていた侍衛と女官の色恋沙汰、しかし獅龍帝の時代となってからはそれらの法が改められ、婚姻前提に両家の承認を得ていれば色恋は問題なく、皇族以外の結婚も流動的となった。


つまりはある程度、数年前では許されなかった自由な恋愛ができる。


 「夜条風華侍衛、受け取って下さい」


 「夜条風華侍衛、どうぞ使って下さい」


 煌侃に群がる女官の頬はほんのり赤い。煌侃は宮中きゅうちゅうの憧れの的であり、彼に想いを寄せる者達は当然、彼との未来を夢見ていた。


 煌侃は縁談の数も多い。しかし男としての正義感と国への忠誠心が人一倍強く、その生真面目な性格故に「生涯を共にする人は愛する者がいい」と、条件の良し悪し関係なくきた縁談はすべて断っている。もしや意中の人でもいるのではと噂立ったこともあるが、そういった影は一切見当たらなかった。ならば、女性たちの諦める理由もあるまい。


 ――今日こそは、女官達も意気込んだ。だが結局、淡い期待は泡となる。煌侃は誰の手拭も受け取らなかった。


 「……ふう」


 煌侃は丁重に断ったのち、女性陣がいない隅に移動する。持参した手拭で汗を拭う煌侃に、共に演練に励んでいた侍衛が歩み寄ってきた。煌侃と同年齢の幼馴染で親友のフォンネス・クライトンだ。


 「モテる男はツライね」


 田土でんど、財貨、教育を司る堂司士だうしと文官長ぶんかんちょうを父にもつ彼も又、上位階級の貴族、男爵家の息子である。


 「いらん世話だ」


 「今日も今日とて煌侃のお目に適う子おらずか~」


 煌侃と正反対なカラッとした口調のフォンネスは、筋の通った細高い鼻筋に目頭から深い線が入り込んだ幅の大きい平行型二重が特徴の、俗に言う塩顔の青年だ。ナチュラルタイプの骨格は関節が太く、血管や骨のラインを主張させている。180㎝の高身長ですらりとした彼はスタイリッシュに演服を着こなしていた。


 「可愛い子いたのにさ、一回くらい貰ってあげたら?」


 且つ白銀の瞳と同色の長髪を後頭部でひとつに束ねた髪型だ。ある意味、煌侃に負けず劣らず目立っていた。


 「好意なく受け取るほうが非礼だろ」


 「ナニソレ嫌味?」


 毎度別の女官から手拭を受け取るフォンネスはわざとらしく顰めっ面をし、ふと閃いたかのようにニヤリ口角を上げた。


 「あ~、天女の手拭いなら煌侃も別かもな~」


 「――――」


 フォンネスの間延びさせる芝居っ気たっぷりの言い方に、煌侃は汗を拭う手を止め反応を示した。


 「ほ~~?」


 「……何が言いたい」


 フォンネスは飄々としていて捉えどころがない。自分の興味や関心があるものには全力で取り組む傾向にあるが、すぐ飽きる上にモノに対しての執着心もなく、誰かにプレゼントされたモノでさえ平気に捨てたり欲しい人にあげたりする。


 自然体で見栄を張らない性格は煌侃も認めているが、いまは意味ありげに薄笑う親友をジト目で睨んでいた。


 「朱雀門しゅざくもんで煌侃がいつまでーも、もっと南にある外平門がいへいもんを潜る女性の背中をいつまでーも、いつまでーも、名残惜しく見送ってたって侍衛の間じゃオイシイ話題になってるよ」


 「鵜呑みにするな」


 「――って言われてもね。彼女さ、崇爛城に仕えるんだろ? 皇太子を助けた一等綺麗な子が女官として入るって、いや~聞き耳立てる武官って最低だね。斬首刑だよ」


 「フォン……」


 やれやれと首を振るフォンネスに、煌侃は溜息を吐き呆れる。優淑が獅龍帝に謁見した当日の、重玲殿を見張っていた当番侍衛に根掘り葉掘り穿鑿せんさくしたに相違ない。


 「内地じゃ美人で有名な天女だけどさ、不思議と男の噂はないんだよね~。内地の男共は彼女を高嶺の花だと思って喋りかけもせず、とーくで眺めてるだけで満足だったんだろうね。たまにまあ妄想してさ、その点、崇爛城は自信しかないつわものの集まりじゃん。筋肉と野望とお家自慢の猛獣じゃん、いや他意はないよ。俺達二人は才色兼備だし――ね、心配じゃない?」


 「……優淑は大母おおはは様がおられる陽敬宮ようけいきゅうに仕える。後宮を見回る管轄は軍将官、万一があってもすぐ対処が可能だ」


 「優淑・・ね~~」


 丁寧に答える煌侃をからかうフォンネスは一層に笑んだ。


 「……麗優淑、彼女の名前だ」


 「煌侃が女の名前を砕けて呼ぶの珍しいじゃん、俺泣きそう」


 フォンネスは右腕で顔を覆い泣き真似をする。煌侃は鬱陶しそうに問うた。


 「フォン、さっきから何なんだ」


 「季節は秋じゃないね、春だよ。初めての春だ、読書と鍛錬ばっかの味気ない十九年は長かったな……。いい時代に生まれたよ……煌侃、俺は応援する」


 二人の会話は噛み合わない。が、然程さほどに鈍くない煌侃は察する。


 「そろそろ黙ってろ」


 肯定も否定もしない。煌侃は容赦なく話を打ち切った。


 「武道演武大会、楽しみだな」


 そう無邪気な語気で言うフォンネスは上機嫌に破顔する。無視するには心苦しく、煌侃は首肯せざるを得ない。


 「……ああ」


 この二人がまさか特定の女性の話をしているとは露知らず、女官達はフォンネスと煌侃を遠目に「美男子が二人、絵になるわね」と囁いていたのだった。


 

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