第14話 「いいおもっ…………え、えっちなことですか!? えっちなことしちゃったんですか!?」






「あ〜、今日もいい天気だ」



 玄関を出てすぐの通り、暖かな春の陽が差す清々しい空に向けて、奏人は思いっきり腕を上に伸ばして上体を反らす。


 ほら、耳を澄ませば小鳥のさえずり(決して朝チュンではない)も聞こえてくるし、柔らかなそよ風だって吹いている。


 まさに理想的な春の一日の始まり。


 そしてそんな安らかな春をより一層彩るbgmと言えば……



「だーかーらー、何で菜々ちゃんがお兄ちゃんのお家から出て来てるんですか!? それも二人一緒に!」


「え? 家に二人で一緒にいたら普通一緒に出てこない?」


「そうでしょうね! そうじゃなくて、わたしが聞きたいのは菜々ちゃんがお兄ちゃんの家に朝からいた理由です!」


「別に、あたしは奏人にちょ〜っといい思いをさせてあげようかなって思っただけだし」


「いいおもっ…………え、えっちなことですか!? えっちなことしちゃったんですか!?」


「ふふん(ポッ)」


「〜〜〜〜〜〜!!!(ボフッ)み……」


「み?」


「淫れてます! お兄ちゃんと菜々ちゃんが知らない間に淫れちゃってます!!!」



そんな捉え方によっては色々とアウトな方向に誤解を招く言い争いでは決してないと思うんだおれ。



「楓……声が大きい………菜々もその誤解を増長させる態度はやめろ………」



 ここ住宅街だよ? 通学路だよ?


 ご近所の小学生やその親御さんたちの目もあるんだよ?


 あぁほら、井戸端会議中の奥さんたちの視線が深く突き刺さってるじゃないか……


 もう地域のネットワークに流布していくの確定しちゃったよ。



 あ、ちなみに菜々と楓は小学生からの知り合いですのでお互いのことはよく知っています。特におれを介して。


 こんな感じに三人で一緒にいるのは小学校以来かな。



「ならさ、逆に聞くけど、楓ちゃんだって家の前で奏人のこと待ってたじゃない。それは何で?」


「うぇっ? え、えーと、えと……わ、わたしはほ、ほら! これです! 今日もお兄ちゃんにお弁当を渡そうと……」


「そんなの昨日みたいに学校でだって渡せるのに?」


「うぐっ。そ、それはその〜」


「何か別の理由があるんじゃないの〜?」



 ニヤニヤとした表情で楓を追い詰めていく菜々。


 菜々よ。


 なんでお前こういう時に限ってだけ鋭いんだよ。

 

 その鋭さをもうちょっとおれに対しても活かしてくれよ。



「……………だって、久しぶりにお兄ちゃんと一緒に学校行きたかったんだもん」



 そんな内心で菜々に対してツッコミを入れていたところ、不意に楓が声を滲ませてうるうるとした瞳でおれを見上げてくる。 



 この妹は! ほんっとに可愛いなあもう!(*本当の妹ではありません)


 今すぐ抱きしめて撫でてあげたい!(*あくまで心の声です)


 いやもう、頰をすりすりするべきだろうか!(*他人の目があるのでオタク思考が駆け巡っても、表情にも行動にも出しておりません)



 そんな楓の愛らしい姿にあてられたのはおれだけでなく菜々も同じだったようで。



「あ〜〜〜、楓ちゃんほんっとに可愛い! ごめんね、ちょっとからかう形になっちゃって」


「む〜〜〜……菜々ちゃんの意地悪……」


「ごめんてば〜」



 菜々のやつは人前でも堂々と、一回り小さい楓を抱きしめて頰にすりすりとしている。


 菜々×楓……


 いや楓×菜々か?


 …………ありだな。


 頭の中でそんな思考百合に耽ふけっていると、今度は菜々が突然の提案をして来た。



「じゃあ久々の登校だし、どうせなら奏人と二人っきりがいいよね楓ちゃん!」


「え?」


「はい?」



 その突飛な提案に奏人と楓は揃って呆気に取られた声を漏らす。


 まるで自分は一緒に登校しないかのような言い草なのだが。


 それを理解した楓がいち早く止めに入るが……



「い、いえ。わたしは菜々ちゃんが一緒の方が……」


「てことで後はお若い二人で〜」


「え、ちょっ、おい。菜々?」



 だけど菜々は楓の意見もおれの呼びかけも聞く耳もたず、持ち前の俊足を活かしてあっという間に駆け抜けていってしまった。


 菜々は天然で普段から整合性が取りにくい言動も多々あるが、こんな脈絡がない行動はほとんどない……ていうか初めてじゃないか?



「ほんとに行っちまった」



 ……おれ二日連続あいつに置いてかれてるな。



「菜々ちゃん、何かあったのかな?」


「さあ……なんだろ」



 こればっかりは長年の付き合いがあるおれであれど見当もつかない。



「お兄ちゃん、やっぱり菜々ちゃんとえっちなことをして、それで気まずく……」


「してないから。断じてしてないから」



 純真無垢な眼差しが何よりも痛いってことに気付かされた朝だった。





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