第38話 捕虫器にかかった蟲の如く死になさい

そもそも人格とは何かを考えると、迷路のように厄介で始末に負えない。

先の見えない、堂々巡りの数式みたいなものだ。

最も厄介なのは、数学と違って答えが出ないということ。

それでも、私は三宅リヨツグに言っておきたい。

人格なんて外部からの情報で、簡単に創られていくものなのだよ。

言語、知能、趣味、性的趣向は、内から創られることは絶対にあり得ない。

人間の頭の中ってやつは、電気信号の迷走地図みたいなものだから、脱線することだって大いにあり得る。

だからオマエは、不慮の事故の末に創生された既製品に過ぎない。

粗悪で陳腐な俗物だから、商品として棚に並ぶことも無いだろう。

鮫島結城が創り上げた空想、三宅リヨツグ。

人にして人にあらず。

廃棄処分を待つだけのオマエの運命は、バチバチと・・・そう、バチバチと火花をあげて死に至る、罠にかかった夏の蟲のようで。

悪いことは言わないから。

蟲の如く死ぬがいい。

もし、私とオマエが対面できたなら、オマエはきっと泣き喚いて私の腕を掴み、何かしらの許しを乞うて、必要以上に詮索し、切望するに違いない。

だが安心したまえ。

オマエには人権すら無いのだよ。

和菓子屋の夫婦の間に産まれたであろうオマエの正体は、鮫島結城が何処かでインプットした断片的な情報の塊だ。

テレビの再現ドラマ、ニュース、CM、映画、小説、音楽、アニメ、漫画、新聞記事、中吊り広告、街中の看板、拡声器、飛んで来たチラシ、通り過ぎたサラリーマンの会話、女子高生達のお喋り、子供らのはしゃぎ声、SNS、動画サイト、ボイスチャンネル、呟き、手記、図書館で偶然目に入った本のタイトル、駅ナカの広告、友達との何気ない会話、両親の会話、タクシー無線、ラジオの声、コンビニで目にしたもの、ファストフードで気になったもの、普段考えていること、欲望、願望、そんなものがぐちゃぐちゃになって肥大化し、なんとか脳内でうまく取り繕うと、鮫島結城本人がまとめたのがオマエだ。

三宅リヨツグイコール、防衛機能の産物。

オマエの性格や趣味や趣向、そして生い立ちや経験は、単独航空機事故の遺族が嗜めた手記と、ドラマやアニメで感化されたキャラクターの集合体。もともと脳内に蓄積されていた記憶や知識、そして特定のプロフィールの寄せ集めだ。

現に、先程私が用意した「山吹」という手記に、息子の話は一切出てこなかっただろう? だが、鮫島結城はそれを元に罰人格を創り上げたのだ。

そんなものだよ。

しかしながら、こうした考えは、人が生きるために培った術であるから、私は否定はしない。

脳内は神秘的な宇宙だ。

そこで問いたい、オマエはもうひとつの神秘の世界を知っているか?


胎盤だよ。


きっと感じていたはずだ。

憧れていたのだから。

私は、オマエのことならなんでも知っているの。

お望みなら、抱いてあげようか?

さあ、いらっしゃい。

私のかわいい赤ちゃん。

乳房に顔を埋めてお眠りなさい。

統合してあげる。

あなたはいらないの。

鮫島結城は、私のものよ。






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