第23話 ホテル下53番街・産まれる場所は選べない。だから創るんだ、君と!

私は力なく、膝から崩れ落ちておりました。

床というものが、こんなにも冷たいものだという現実を知りました。 まるで氷上に取り残された小舟の木屑の様です。

春夏秋冬問わず、枯れ葉の様にはらはらと行くあてを探す木屑は、人を殺め、自らのココロも殺めてしまいました。

私は二度死んだも同然です。

どうか地獄へと突き落として下さい。

『普通』とは、こんなにも醜くて、錆びついているものとは存じませんでした。

私もきっと、生きていたなら数知れぬ罪を犯し、その都度懺悔しては同じ過ちを繰り返していたのかも知れません。

天命を全うした生涯ではなくとも、私はこの53番街で人を知る術を見出せました。

そんな私は今、美羽ちゃんや海くんに会いたい。

無性に会いたいのです。

どうか光の先に、私を導いてはくれませんか?

お願いです。私を真っ当な人間に戻してはくれませんか?

懇願する私に、支配者様は問い掛けてくれました。


『君は、どうしたい?』


私の発した言葉は明快でした。


『母に会わせて下さい』


それだけです。

支配者様は、微笑みを絶やすことなく語り続けてくれました。心地の良い響きでありました。


『君は普通の人になりたいのかい?』


『いいえ』


『ならば、どうなりたいのかな?』


『私は、私のままでありたい』


支配者様は、私を抱き留めてくれました。

私は母を殺めて以来、すっかり歳をとってしまった様です。

この53番街を見下ろす丘の上のホテルは、所謂最期の砦とも申しましょうか、この世とあの世を隔てる処なんだと、薄々は判っていたけれど、それがハッキリした途端に怖くなっている自分が情けない。身体中の震えが止まらなくて、涙も何故か止まらない。

みうちゃんもかいくんも、僕と同じ恐怖を味わったのかな?

支配者さまに抱きしめてもらっていると、不思議に懐かしい匂いがした。

うたごえも聞こえています。

僕がむかーしにきいていたような歌。

おひさまがぽかぽかしていて、ゆらゆらゆれているのがとってもきもちがよいです。

おふねにのってるみたいでした。

ボクのおかおのちかくで、おかあさんがすごくやさしそうにわらってくれています。

おかあさんのにおいは、おみかんみたいです。

ボクは、ぎゅっと、おかあさんのせなかをつかみました。

うれしかったです。

ぽかぽかぽかぽか。

ボクはおひさまにだっこされて、びゅーんっておそらにとんでいきました。


ありがとう。



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