第 6話 主への挑戦

 

 ~迷宮主~


 ・主は部屋に入ると出現する。

 ・主は迷宮内に出没する魔物の上位種である。

 ・主が迷宮内のどの魔物の上位種なのかは部屋に入るまで不明である。

 ・主は部屋から出た者を追い掛けては来ない。

 ・主は出現してから半日経過すると消滅する。

 ・主は一度倒すと半日経過しないと出現しない。


 ※こちらの『名もなき迷宮』の主は毎回単体で出現する事が確認されております。


 『迷宮案内掲示板作製組合』


§ § § 



 ゴブリンがロングソードで斬り掛かってくる。勢いよく振り下ろされるロングソードを横から剣で弾きゴブリンの側面に回り込む。


 剣の軌道を変えられ前のめりになるゴブリン。よろけながら体の向きを変え剣を振ろうとするが、俺の剣に斬られて膝から床に崩れ落ちた。


 なるべく戦闘を避け、体力を温存した状態で迷宮主に挑みたかったのだが、部屋にはゴブリンが潜んでいた。


 この部屋を通過して分かれ道を左に曲がれば迷宮主の部屋にたどり着けるのだが、なかなか都合良くはいかないもんだ。


 

 最下層の魔物でも苦戦する事なく戦えるようになり、俺でも迷宮探索をやって行けそうな気がしてきた今日この頃。


 そろそろこの迷宮のレア装備を収集して、難易度の高い迷宮に行きたいと思い始めているのだが、迷宮主を倒さないとレア装備を収集することは出来ない。


 この迷宮に出現する主がどのくらいの強さなのかを魔石の大きさで推し量ろうと思い、魔石屋の主人に話しを聞いたところ、最下層の魔物の魔石がだいたい親指くらいの大きさだったのに対し、迷宮主の魔石はそれの三倍くらいの大きさになる、との事だった。


 俺としては万全を期すために、もっと身体能力を増して危なげなく余裕をもって迷宮主には挑みたかったのだが、最下層に到達し四日を過ぎた頃には、いくら魔物を倒しても身体能力に変化が現れなくなってしまった。


 最下層の魔物と戦闘を繰り返しながら「今のこの俺の身体能力で、迷宮主を倒す事ができるのか?」などと、ずっと考えていたのだが、結局のところ迷宮主に通用するかなんて挑んでみないと分からないのだ。


 それに、迷宮案内掲示板には「主は部屋から出た者を追い掛けては来ない」と掲載されていたので、もし迷宮主に挑んでみて危なかったら部屋から逃げ出せば良いし、一人で討伐が難しいようなら、低賃金で迷宮内を同行してくれる者と一緒に迷宮主に挑んでみれば良いんじゃね? と思い立ち、迷宮探索開始から三ヶ月目にして、ついに俺は迷宮主に挑んでみることにしたのだった。


 分かれ道を左に進むと薄暗い通路の先に部屋の扉が見えて来た。

 

 部屋の扉には派手な装飾が施され、いかにもここが『迷宮主の部屋』だ、と見ただけですぐに分かるような、立派で重厚な扉が設置されているのかと思いきや、今まで迷宮内で目にしたような、何の変哲へんてつもないごく普通の扉だったので、以前探索中に初めてこの部屋の前に来た時は、「主の部屋なのに意外と普通なんだな」って感じで、かなり拍子抜けした。


 部屋の扉に手を掛ける。


 探索中に、何度か主の部屋の前まで足を運んだことはあるが、今回は主に挑戦するつもりなので流石に緊張してきた。


 扉から一旦手を離し深呼吸を何度か繰り返す。肩の力が抜けて緊張が少し解けたような気がする。


 再度扉に手を掛け少しだけ扉を押す。通路側から部屋の中に向かって空気が流込んだ。更に扉を押して隙間から室内を覗き込む。


 主の部屋だけは特別で何か明かりが灯されてるのかと思っていたのだが、壁や天井から生えている苔が発する淡い光が室内を薄っすらと照らしているだけだった。


 主の存在を確認したいので扉からゆっくりと顔を出して室内を見渡してみる。それなりに広さはるが、迷宮主が座るための立派な玉座のようなものは置かれてはなく、ただ広くて殺風景な部屋だった。


 俺の中では主の部屋は特別で、他のどの部屋よりも豪華な造りになっているのかと思っていたが、どうやらそれは俺の勝手な思い込みらしく、実際はそうでもないようだ。


 ずっと室内の様子を窺っているのだが、主の姿が見当たらない。もしかしたら、すでに誰かに倒されてしまった後で、半日経過しないと主は現れないのかもしれない。


 主とは戦えなかったが、せっかくなので中に入って室内を探索してみる。


 扉に鍵はついていないが閉じ込められるとイヤなので、革袋から棍棒を取り出して扉が完全に閉まらないように挟んでおく。


 扉の近くに荷物を置いて剣を抜き、まずは部屋の壁沿いを歩いてみる。


 探索者が破棄したのか壁沿いの所々に破損した武器や防具が転がっていので、革袋に余力があるから後で少し収集しておこう。


 特に変わった様子はないので今度は部屋の中央に向かって進んでみる。


 部屋の中ほどに差し掛かると突然目の前の床が光り始めた。


 薄暗い迷宮内にいた俺には光が強く、思わず目を閉じ顔を背けてしまった。


 一瞬、食べ物が腐ったような酸っぱい臭いがすると思ったら、脇腹付近で物凄い衝撃が発生し吹っ飛ばされた。


 床に体を叩きつけながら激しく何度も転がり、気づくと部屋の壁際近くまで移動していた。


 何が起きたのか分からなかったが、とにかく剣は手放しちゃ不味いと思い強く握り締めていたので、剣は握ったまま床に寝そべっていた。


 肘や肩、膝といった身体中の節々に痛みを感じていたが、それよりも脇腹の痛みが酷くて上手く呼吸が出来なかった。


 床に寝そべったまま浅い呼吸を繰り返しつつ室内を見回す。床からの光はいつの間にか収まっていたが、部屋の中央には俺よりも背の高い筋肉質なゴブリンがこっちを見ていた。


 剣や斧といった武器の類は持ってないが、手や前腕部を防護するためのガントレットを左右の腕に装備していた。


 痛む脇腹をかばいながら浅い呼吸を繰り返す。


 なんとなくだが、状況が理解出来てきた。


 どうやら、俺はあの宝玉が埋め込まれたガントレットでぶん殴られて吹っ飛ばされたらしい。


 つまり、あのゴブリンが迷宮主ってことだ。


 俺は、迷宮主は部屋に潜伏しているものだと思っていたのだが、主は光る床から現れる存在だったらしい。迷宮案内掲示板の「主は部屋に入るとする」って掲示されていた意味が今更だが理解出来た。


 主は部屋の中央から動かずに、俺を見てニヤニヤしている。今のうちに呼吸を整え体力を回復しておこう。


 それにしても、今回出現した主が剣や斧あるいは槍といった武器での攻撃を得意とするゴブリンの上位種じゃなくて助かった。もし、刃物を装備した主だったら、出現した時の最初の一撃で俺は確実に致命傷を喰らっていただろう。


 それと、大ネズミの上位種じゃなくて助かった。体当たり以外に尖った前歯での攻撃があるので、仮に腹や腕を喰い千切られていたら、やはり致命傷を負っていただろう。


 そう考えると、今回出現した主が武器を持たずに殴り合いを得意とする、ゴブリンファイターだったのは本当に運がよかった。


 浅い呼吸を繰り返しながら主のレア装備を確認する。


 ガントレットの右腕には【打撃増加】【腕力増加】【伸縮】の宝玉が、左腕には【体力増加】【体力回復】【伸縮】の宝玉が埋め込まれていて、嬉しいことに左右合わせて六個も宝玉が埋め込まれていた。


 俺はこのな迷宮主のレア装備の宝玉の個数は、二個か三個くらいだろうと推測していたので、六個も宝玉が埋め込まれたレア装備の出現は素直に嬉しかったりする。


 だが、宝玉が多く埋め込まれているという事は、単純に主の戦力が増す事にも繋がってたりもするので、素直に喜べず複雑な心境になったりもする。


 いきなり物凄い一撃を喰らってしまったが、主を目の前にしても特に恐怖で身体がすくむような事はなく、どちらかと言うと、早いとこ主を倒して俺があのガントレットを装備してみたいと思ってる。


 まだ脇腹はズキズキと痛みを発してはいるが、動けないほどの痛みではない。


 このまま主に挑んでみるか? 


 もし、戦ってみて危なくなったら部屋から出てしまえば良いし、迷宮探索中には何が起きるか分からないので、念のために用意していた三本の回復薬がまだ未使用のままだ。


 主は相変わらず部屋の中央から動かず、腕を組んだまま不敵な笑みを浮かべていて、完全に俺を格下な相手として見ている感じだ。


 若干イラっとするが、変に警戒されるよりは油断してもらっていた方が俺としては気が楽だ。


 一度大きく息を吸ってゆっくりと吐き出す。そして、剣を強く握りしめる。


 今の俺が何処まで主に通用するかは分からないが、とにかくやれるとこまでやってみよう。


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