第 5話 新たな門出


 親方の店で働くようになってから四年が経過するが、装備品を買いに来る客は滅多に現れなかった。


 その代わり装備品の修理依頼や、かまくわといった農工具の修理依頼、あるいは、包丁やはさみを研いで切れ味を回復させる研磨依頼の客はチョコチョコやって来ていた。


 子供の頃から好きだった武器や防具に囲まれ、装備品や生活用品の手入れをすれば客から感謝されるこの仕事はとても楽しくてやりがいがあった。


 俺はこれからもずっとこの店で働きながら、のんびりとした生活を過ごして行くんだと勝手に思っていたが、親方はずっと装備品を作りたくてウズウズしていたんだと思う。


 親方は『十年戦争』の経験者だ。戦後に故郷を離れこの街で武器屋を営み始めたそうで、戦時中は最前線で奮闘しながら武器職人としても活躍していたんだそうだ。


 そんな血気盛んな武器職人である親方が、この街で店を開いた当時は戦後の資源不足のあおりを受け、街の人達が迷宮に魔石を収集しに行っていたので、店は装備品を求める人達で賑わっていた。


 それに、当時は種族間で戦争をしている間に魔物の数が増え、街の近くでも凶暴な魔物が出没するようになり、街の防衛と魔物の討伐の為に装備品を求める人達でも店は賑わっていたんだそうだ。


 だが、時が流れるにつれ疲弊していた街は回復し、魔物の出没件数も減り、いつしか装備品を必要としない平和な世の中になっていった。


 それにともない、店には装備品を求める者達は来なくなり武器職人である親方の腕を振るう機会もなくなっていった。


 親方と知り合ってそろそろ九年になるが、装備品の手入れの依頼はあっても装備品の作製依頼や装備品を購入していくような客は、両手で数えるくらいしか訪れていなかった。


 装備品の手入れに関しては、街の自警団とこの街を取り仕切る有力者が抱える兵士達からの依頼であった。


 ある程度は自分達で手入れは出来るが、本格的な手入れとなるとやはり親方に依頼しにやって来た。


 装備品の作製依頼は、この街で有名な金持ちが「知り合いに男の孫が産まれたから、記念に防具一式を贈りたい」といった依頼は何件かあった。


 装備品の購入は、何処かの商人が突然店にやって来て「レア装備を収集しているお得意様に贈るから」と言って結構な数の装備品を何度か購入していった。


 なので俺は、親方が本気で装備品を作製する姿をまだ一度も見た事がなかった。


 ただ、たまに職人の腕を存分に振るいたい時があるのか、親方が研磨した包丁の切れ味が良すぎて、食材を置いたまな板も一緒に斬れてしまったり、薪割用の斧を研磨したら、一振りで薪と土台の丸太が真っ二つになってしまった事もあった。


 生活用品を研磨しただけでこの威力だったら、戦いに使う武器を親方が本気で手入れしたらどうなってしまうんだろう? と思い、ゾッとした事もあった。



 そして、俺の生活が一変したあの日。

 いつものように研磨依頼で持ち込まれた包丁を研いでいると


「おい、ケビン。手を止めてこっちにきな」


 親方はいつも俺のことを坊主だとか小僧って呼んでいるが、俺のことを名前で呼ぶときは大概真面目な話しだったりする。


 作業部屋から出て店内に移動すると、親方はいつものように窓際に設置された立派な椅子に腰掛けて酒を飲んでいた。


 俺も自分のカップにお茶を注ぐと、カウンター近くに置いてある客用の椅子に腰掛けた。


 親方は眉間に皺を寄せ難しい顔をしなが酒を飲み続けていて、なかなか話しだそうとはしなかった。なので、とりあえず俺もお茶を飲み喉を潤す。


 親方は一旦グラスから手を離すと外を眺めだし、自慢の顎髭をゴツゴツとした太い指でいじり始めた。


 しばらくすると、店の前をエルフのお姉さんが通り過ぎ。


「昔はエルフなんて顔も見たくなかったが、今となっちゃあ良い客だもんな」


 今では考えられない事だが、昔は種族間での争い事が大陸全土の色んな地域で発生していたんだそうだ。


 ちなみに、今店の前を横切ったエルフのお姉さんはパン屋を営んでいて、うちの店にはパン切り包丁の研磨依頼をしにくる常連さんでもある。


「この人族の国もそうだが、どの国も争い事がなくなって平和な世の中になったもんだ」


 昔は同族同士での覇権争いが度々発生していたので、常に大陸の何処かしらでは戦争が勃発していたんだそうだ。


「国の内外問わず、戦争をしなくなったもんだから、魔物退治がはかどってしょうがねえな」


 昔は他種族との戦いや国内での覇権争いによる戦い以外に、魔物との戦いも頻繁に行っていたそうで、当時は強くて凶暴な魔物を倒して名声を得ようとする者達も少なからずいたんだそうだ。


 だが、今では魔物を倒して名声を得ようとする者はいなくなり、昔みたいに凶暴な魔物に近づいて刺激してしまった為に村や街が壊滅されるような被害はなくなった。


 それと、定期的に迷宮内の魔物を討伐し間引きも行っているので、昔みたいに度々迷宮から魔物が大量発生する事もなくなった。


 親方がまだ半分ほど残っているグラスに酒を注ぐと


「今の時代。武器や防具をいじるよりは魔道具をいじってる方が良いのかもなしんねえな」


 昔っからドワーフによるレア装備の作製は盛んだったがそれと同じくらい、エルフによる魔道具の作製も盛んに行われていた。


 食材を冷やす事で保存期間を長く保つことを可能にした魔道具。寒い地域や寒い時期に暖を取るために作られた魔道具。あるいは、熱い地域や暑い時期に涼を取るために作られた魔道具。


 他にも生活の質を向上させる為の魔道具は、昔っからエルフによって作られていたのだが、十年戦争終結後からは更に盛んに行われた。


 それにより、日常生活では欠かすことが出来ないほど至る所で魔道具は使用されるようになり、今では武器屋よりも魔道具屋の方が軒を多く連ねていた。


 ちなみに、親方の店の隣は魔道具の店だ。


 戦後に立ち上げた時の親方の店は、それなりに規模は大きかったらしいが、少しずつ客足が遠のくにつれ店の規模も縮小していった。


 そして、使わなくなった土地を少しずつ魔道具屋に売り払っていったので、今では魔道具屋の方がうちの店よりも規模がデカくなっている。


「今となっちゃレア装備の作製は禁止されてるが作製方法は前に教えただろ。あん時も話したが魔道具の作製もあのやり方と殆ど変わらねえ。武器や防具が好きなのは分かるが今の時代は魔道具だ。今のお前さんなら魔道具屋でも食って行けるぞ?」


「魔道具も確かに魅力的ですが、やっぱり俺には装備品の方が魅力的なんですよ」


 俺が装備品が好きな事は知っているくせに親方は何を言ってるんだ? って感じでお茶を飲む。


「チョイチョイ店に来て装備品を買ってく商人がいただろ。あいつに頼んで店の商品を全部買い取ってもらった。明後日には店に取りに来る」


 思わず飲みかけのお茶を吹き出しそうになる。親方は更に続けて


「店は畳む事にした。俺は故郷でゆっくり余生を楽しむことに決めた」


 あまりにも急な事だったので目を見開き親方を見ると、やけにスッキリとした表情でこっちを見ていた。


 親方はドワーフなのでエルフの次に長命な種族だ。年齢は優に百を超えているが少なく見積もってもまだ七十年以上は生きるだろう。


 お茶を飲みながら改めて親方を見てみる。


 おでこや眉間、目尻には深い皺が刻まれていて見た目は爺さんだが、腕は太いし胸回りも厚く、全体的に筋骨隆々で明らかに俺よりもたくましい。


 なので、まだ余生を気にするには早すぎるような気もするし、たぶん人族の俺の方が先に寿命を迎えるんじゃないのか? などと考えていると


「やっぱ俺は武器を作りてえ。昔みたいに真っ赤に熱した素材を金鎚でぶっ叩きてえし、飛び散る火花を全身で浴びてえって思っちまった」


 確かにこの街では装備品の作製依頼は殆どない。


 だが、鍛冶職人が多い親方の故郷であるドワーフ国ならば、戦争がなくなった今の時代でも様々な国からの装備品の作製依頼や注文は普通にあるんだと思う。


 いくら平和な世の中だと言っても、色んな状況に備え自国の戦力や防衛を強化する必要はあるだろうし、迷宮探索者やその他個人による装備品の作製依頼もあるはずだ。


 つまり、親方が言った余生とは、お迎えが来るまでゆっくりと過ごしたいのではなっく、もう一度やりたいことを好きなだけやって過ごしたいってことなんだろうなぁ。


 俺は思わず笑みを浮かべ


「良いんじゃないんですか、親方の好きに生きれば」


 と言ってからすぐに思い直す。


 ちょっとまてよ、今店を畳むって言ったよな? そうなると俺の仕事はどうなるんだ? 俺は職を失う事になるのか? などと考えていると、親方が意地の悪そうな笑みを浮かべ


「そのうち新婚旅行がてら遊びにでも来いや」


 親方が酒をグイっと一気に飲み干すと、新たにグラスに酒を注ぎ始めた。


 俺は結婚どころかお付き合いするような相手にすら出逢っていないんですけど……。と内心少し不貞腐れいると


「坊主。おめえに教えられるような事はもう何もねえ。強いて言えば素材を鍛錬して装備品を作製する鍛冶くらいだが、何度か農工具やら包丁の作り方を教えただろ。勘の鋭いおめえさんなら既に察してるだろうが、素材と工程を少し変えれば武器や防具の鍛冶と変わらねえ。別におめえさんは鍛冶職人を目指してるってわけじゃねえから本格的には教えなかったが、もしやりたいと思ったら故郷に来いや。みっちり教えてやるからよ」


 親方がグラスをカウンターに置き椅子から立ち上がると、棚から新たにグラスと床に置いてあった革袋を持って戻ってきた。


 そして、革袋を自分の足元に置くと持ってきたグラスに酒を注いで俺の前に置いた。


「おめえさんの目利きに関しては、これからも色んな装備品を見て行けばまだまだ伸びるぞ。それと、おめえさんの目利きは他の店で通用するどころか、誰にも負けないくらいの水準まで磨かれてる。なんせこの俺が教えたんだからな。だから自信をもって大丈夫だ」


 頬をかきながら、親方が照れくさそうにしていた。


 滅多に褒める事のない親方に褒められて嬉しかった反面、かなり照れ臭かった。すると、親方が足元に置いていた革袋を掴み


「ちっと早えが餞別だ。受け取っとけ」


 ズシリと重たそうな革袋がカウンターの上に置かれた。


 中を覗くと優に一年くらいは遊んで過ごせるくらいの金貨が入っていた。


 俺が金貨を見ながら目をパチパチしていると


「とりあえず、グラスを持て」


 とりあえず言われた通りにグラスを持つと、親方がグラスを掲げ


の新たな門出に乾杯だ」


 親方が俺のグラスに自分のグラスを軽く当てて小気味よい音を鳴らすと、一気に酒を飲み干した。


 えっ! 今って言ったよな、やっぱり俺は無職になるのか!? だから餞別をくれたのか? 



 こうして俺の新たな生活が始まったのであった。

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