最終話:あなたじゃなきゃいけないわけじゃない。でも、あなたがいい

「…ここです」


 駅を降りてすぐに見えた洋風の大きな屋敷を彼女は指差して「わたしの家です」という。…私の家の倍はありそうだ。


「…どうぞ」


「…お邪魔します」


 庭から玄関までが遠い。庭だけで学校のグラウンドくらいありそうだ。

きょろきょろせずにはいられない。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 聞き馴染みのある声に振り返ると、ホウキを持った静さんが頭を下げていた。私の姿に気づくと、こんにちはといつもの人の良さそうな笑顔を浮かべる。


「…静」


「はい」


「…お母様は」


「薔薇園の方だと思います」


「薔薇…園…?」


 この広い庭の一角が薔薇園になっているのだと静さんは説明し、その薔薇園を指さした。見えないほど遠い。


「…行くわよ満」


「…あ、は、はい。…あ…実さん、静さんに先に話しておきません?」


 私がそう提案すると、彼女は足を止めて静さんと向き合う。


「えっと…何かお話があるんですか?」


「…付き合ってるんです」


「付き合ってる?」


「…この人、わたしの恋人」


 そう言って彼女は俯いて私を手で指した。静さんは数秒固まったあと、ようやく言葉の意味が理解できたのか「なるほど」と小さく呟いてから私に頭を下げた。


「お嬢様のこと、よろしくお願いします」


「はぁい。…静さん、実さんの前の彼女の件は知ってるんすか?」


「えっ…初耳です…」


 余計なこと聞くなと実さんに睨まれる。


「ごめん。ちょっと気になって。実さんが私と付き合ってるって聞いて驚かないからさ」


「以前の"私"なら驚いていたと思いますが…鈴木くんのこともありますし…。…お嬢様が同性の方とお付き合いされていても、それは私が…いえ、私だけではなく、誰も口を出すことではないと思います。…例え家族であっても。…それに私も…世間から見たら"普通"ではない側の人間ですから」


 そういえば彼は他者との性的なことが苦手だと言っていた。


「…そっか。あんたはノンセクシャルでしたね」


「…はい。そうらしいです。…でも、月島さんは柚樹さん…柚樹様と同じではないのですか?恋愛をしない生き方をすると思っていたのですが…」


 そう。私はきっとそういう生き方しか出来ないと思っていた。特別だと思える人なんて現れないと諦めていた。だけど…


「実さんが私を必要としてくれてるんで。…誰でもいいなら、まぁ、実さんでもいいかなって思って」


「…って言い方がムカつくのよ」


 頭を小突かれる。


「わたしじゃなきゃ駄目と言いなさい」


「嘘付けと」


「嘘も方便という言葉を知らないのかしら」


「…分かりましたよ。…実さんじゃなきゃ嫌です。愛してます」


 ご期待に応えてそう言ってあげたと言うのに、彼女は顔を真っ赤にして私をぼこぼこと叩く。


「いたっ!いたっ!なんすか!あんたが言えって言ったんじゃん!」


「うるさい!よくもそんな顔でそんな嘘つけるわね!」


「もー…あんた、ほんと理不尽だな。嫁の貰い手無くなりますよー。あ、必要ないのか。私がもらうから」


「っ…!」


「いっ…!」


 足を思い切り踏まれる。少々揶揄いすぎたようだ。顔を真っ赤にして涙目になっている彼女に謝るとそっぽをむかれてしまった。


「なんか騒がしいなぁ…どうしたー?静くん…って、あれ、お嬢。おかえりなさいませ」


「…ただいま。梅宮」


 家から出てきた梅宮と呼ばれた男性は三つ年上の友人—向こうは私を姐さんと呼ぶが舎弟ではなく友人と言いたい—によく似ていた。彼には双子の兄がいると言っていた。どこかの家でお手伝いさんをしていると。…彼がそうなのだろう。そっくりだ。苗字も同じだし。


「珍しいですね。ご学友ですか?」


「…」


「…お嬢?」


 実さんは梅宮さんの質問には答えず俯くと、私の手をぎゅっと握った。そしてふーと深く息を吐き、顔を上げてはっきりと宣言する。


「彼女はわたしの恋人です」


「…!」


 彼は目を丸くして、周りを気にするようにきょろきょろした。


「…梅宮、静。わたしは今から彼女のことをお母様に話に行きます。…ついて来なさい」


「へっ!?奥様に!?」


「えぇ。…そのために連れて来たの」


「いや、でもまた…」


「…言いなりになったままでは、いずれわたしは好きでもない男と結婚させられる。よく知りもしない男の子供を孕ませられるくらいなら死んだ方がマシよ」


 憎しみや怒りの篭った声で彼女は呟く。静さんと梅宮さんは気圧され、姿勢を正した。


「…わたしは同性愛者です。男性を愛することは出来ません。…彼女と別れたって、その事実は変わらない。だから…わたしがわたしとして生きるためには戦い続けなければいけないの。母や…世間から向けられる差別と。…静、梅宮…わたしは、気持ち悪いですか?間違っていると思いますか?人として…おかしいですか?」


 泣きそうな声で彼女は二人に問う。二人はふるふると首を横に振った。


「先ほども申し上げました通り、私もマイノリティですから」


「…マイノリティ?…えっと…男が好きとか?」


「いえ。恋愛対象は女性です。…でも…その…性的なことが苦手でして。…私…僕は、プラトニックな恋愛しか望めないんです。…僕のような人は、ノンセクシャルというそうです」


「ノンセクシャル…初めて聞いた」


「LGBTほど有名ではないですから」


「LGBTの一種ってこと?」


「一種というか…親戚のようなものです。今はLGBTの後ろにセクシャルマイノリティの総称であるクィアの頭文字をつけて、LGBTQと表記されることが増えてきているそうですよ」


「ふむ…静くんはそのQの部分にあたるのか」


「えぇ」


 どうやら静さんも自身のセクシャリティを隠す気はないようだ。


「…梅宮さんは素直っすね」


 私の友人のウメ—恐らく今目の前にいる梅宮さんの弟—もそうだ。私がアロマンティックだと思うという話をした時に『そういう人も居るんすね』と素直に受け入れてくれた。彼の同級生の女性が二十歳になったのを機に男性になったらしく、そんな経験をしたからもうどんな人がいても驚かないと語っていた。

梅宮さんも同じ話をし始める。ウメから聞いた話と同じだ。やはり彼の双子の兄で間違いないのかもしれない。


「…お嬢、今更なんですけど…」


「…何?梅宮」


「…」


「…何よ」


「…前の彼女の件、庇えなくて申し訳ありませんでした」


 足を止めて深々と頭を下げる梅宮さん。実さんは顔を上げさせると、彼の頬を叩いた。そして再び歩みを進める。


「…今の恋人の前で前の恋人の話しないで」


「あ…すみません…」


「いや、私は気にしてないっすよ。別に嫉妬とかしないんで」


 そう言うと、何故か私も頬を平手打ちされる。


「…えぇ…?なんで…?」


「…嫉妬してほしかったんだと思いますよ」


 静さんが苦笑いしながら今の平手打ちの理由を教えてくれた。…確かに少し軽率な発言だったかもしれない。


「…梅宮は悪くないわ。…自分を責める必要はない。責めるなら同性愛は普通じゃないと言う世間を責めなさい」


「…はい。…ありがとうございます」


「…庇えなかったことが過ちだと感じているなら、同じ過ちを繰り返さないでね」


「…はい。…俺は貴女の味方です」


「…その言葉に偽りがあったら、貴方はクビよ」


「…はい」


 胸に手を当て頭を下げる梅宮さん。…実さんには彼をクビにできる権力があるのだろうか。雇い主は父親か母親だと思うが。

それに突っ込んだらまたうるさいと言われそうだ。黙っておこう。





 しばらく歩くと、薔薇園についた。薔薇園というだけあって、あたり一面に赤、白、黄色、ピンク、黒…と、色とりどりの薔薇が咲いている。

 パチン、パチンと何かを切るような音が響いてくる。薔薇を剪定する一人の男性を見つけた。明らかに実さんの母親ではない。


「山田さん。ご苦労様」


「これはこれはお嬢様…そちらのお嬢さんはご学友でございますか?」


「…いいえ。…」


 年代が上がるほど、受け入れてもらい辛くなる。親世代でさえ、同性愛者は普通ではないという時代を生きてきた。その上となると、もっと偏見の強い時代だっただろう。


「…もしや、恋人ですかな?」


 周りの目を気にしながら、山田さんと呼ばれたおじいさんは優しく実さんに問いかけた。実さんは丸くした目に涙を浮かべながらこくりと大きく頷いた。


「…お嬢様、わしは貴女の前の恋人のことを噂で聞いております。その噂が真実かは、わしは知りません。けど、貴女が女の子の恋人を連れてきたって驚きやしませんよ。今はもう、異性愛だけが当たり前ではないのですから」


「…山田さん…」


 ありがとうございますと実さんが泣きながら頭を下げると、山田さんはほっほっほと優しく笑う。良い人そうだ。


「…山田さん、お母様はどこにいるか分かりますか?」


「奥様ならそちらに。…恋人の件をお話しするおつもりですか?」


「えぇ。…今度はもう、手放したりしない」


 そう言って実さんは私の手を握る手に力を込めた。


「…お嬢様」


 山田さんが白い薔薇を一本、実さんに渡す。実さんが首を傾げると、山田さんはそれを私に渡すように指示する。首を傾げながら実さんが私に薔薇を渡すと、山田さんは「白い薔薇には『私はあなたに相応しい』という花言葉があるんですよ」と悪戯っぽく笑った。


「…なるほど。ありがたくいただきますね、実さん」


 私がそう言うと山田さんはくすくす笑いながら頷いた。しばらくきょとんとしてから、ようやくからかわれたことに気づいた実さんは山田さんを叱る。


「私からあげたわけじゃないから!」


「えっ、私は実さんから貰いましたよ」


「山田さんから貰ったものをあなたに渡したの」


「ではお嬢様、ご自身でお摘みになられますか?」


 山田さんからハサミを渡され、渋々実さんが摘んだのは黒い薔薇。そしてそれを、トゲを切ってから私に突き出す。


「黒って、あんまり良い意味ないんだっけ」


「そうよ。黒バラの花言葉は『憎しみ』『恨み』」


「あと『決して滅びることのない愛』『あなたはあくまでも私のもの』という花言葉もありますな」


 ニヤニヤしながら付け足す山田さんをぽこぽこと叩く実さん。個人的には実さんの言った『恨み』『憎しみ』も込められている気がするが、山田さんが言った方の花言葉も込められているのだろう。


「ふぅん。じゃあ、白と黒、両方ありがたくいただきますね」


「月島さん、預かりますよ」


「ありがとうございます」


 お言葉に甘え、静さんに二本の薔薇を預ける。


「わたしは貴女がわたしに相応しいなんて思ってないから」


「わたしのものだとは思ってんすよね?」


「…うるさい。もう行くわよ」


「はぁい。山田さん、ありがとうございました」


「可愛らしいお嬢さん、お嬢様のことよろしくお願いします」


「はい。大丈夫っす。こう見えて空手黒帯持ってるんで」


「おや…人は見かけによりませんな…ほっほっほ。頼もしいお嬢さんじゃ。貴女なら、安心してお嬢様をお任せ出来そうですな」


「おう。任せとけ」


 山田さんがいくつなのかは分からないが、見たところ70代から80代くらいだ。

彼が私くらいの頃はLGBTなんて言葉は無かっただろう。母の世代でもあったかなかったか微妙な時代だ。

私の祖母はLGBTに関するニュースを見て『こういう子の親は可哀想だねぇ』と言っていた。友人がそうだけど普通の子だという話をすると分かってくれたが、私がそうである話はしていない。実さんと付き合っているという話をしたらどういう反応をするかはわからない。

 それに比べて山田さんは古い考えにとらわれず、変わりゆく世間の常識にしっかりとついていっている。頭の柔らかい人なのだろう。未だ同性婚を頑なに認めない頭の硬い国のお偉いさんに爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。それから、今から会いに行く、実さんに『恋愛は男女ですべき』と呪いをかけた"魔女"にも。


「…お母様」


「…あら実。お帰りなさい。…どうしたの?怖い顔して」


 薔薇の剪定をしていた"魔女"は実さんを見て首を傾げた。繋がれた私達の手に気づくと、顔を顰める。


「こんばんは。初めまして。月島満です。実さんの学校の後輩です」


「…初めまして」


 訝しむような顔で私を睨む"魔女"。実さんは俯いたまま何も言わない。繋がれた手から震えが伝わる。


「…私から言っていい?実さん」


「…いえ。わたしが言います」


 そう呟くと実さんは深い息を吐き、顔を上げて冷たい視線を向ける"魔女"を真っ直ぐ見据えた。


「お母様。わたしは…前の彼女と別れてから、貴女の望む通り、異性を愛せるように努力しました。…ですが、無理なのです。…わたしには、男性を愛することは出来ない。…彼女は、わたしの…わたしの…恋人です」


 "わたしの恋人"その一言で魔女の顔が歪んだ。


「…何を言っているのかしら」


 冷たい声で空気が凍る。実さんは再び俯いてしまい、身体を震わせた。


「貴女、また変な女に騙されてるの?」


「…」


 実さんは言い返さない。


「言ったわよね。憧れを恋と勘違いしては駄目だと」


「憧れじゃない」と反論するがか細い声は魔女には届かずに消える。ずんずんと魔女が近づいてきた。そして私に詰め寄る。


「娘から手を離しなさい」


「私は力入れてないですよ。離してくれないのは実さんの方です」


 握った手から力を抜き、振る。外れない。すると魔女は私達の手を無理矢理引き剥がそうとする。それでも実さんは離そうとしない。


「実!」


「嫌です…嫌です!わたしは…わたしは嫌です!いつかどうでもいい男性と結婚させられて、子供を産まされるなんて!わたしは、わたしは男性に抱かれるくらいなら死んだ方がマシよ!」


「っ!いい加減にしなさい!」


 実さんに向かって振り上げられた魔女の手を掴み、止める。


「っ…離しなさい…!」


「…あんた、娘さんのことどう思ってます?」


「はぁ…?何よ…」


「愛してます?」


「愛しているに…決まってるでしょう…!」


「…だったらなんで彼女を苦しめるんだよ」


「苦しめてるのは貴女の方でしょう!」


 もう片方の手が振り上げられる。しかし私の手は実さんの手に捕まっていて使えない。すると梅宮さんが止めてくれた。


「…な…なんのつもりよ貴方…」


「…すみません。お嬢の味方になると約束したので。…奥様、お嬢とお嬢の恋人のお話、ちゃんと聞いてあげてもらえませんか」


「離しなさい…離さないとクビにするわよ!」


「…構いません。仕事なんて探せばいくらでもありますから」


「なんなの!なんなのよ!」


 両腕を押さえつけられて魔女はなす術もなくヒステリックに叫ぶ。そして実さんをぎろりと睨みつけた。私の手を握る実さんの手が震え、力が篭る。


「わたしは…この子が好きです。愛してます。…どうか、認めて貰えませんか。お母様」


「馬鹿なこと言わないで!認めるわけないでしょう!」


「…ならわたしは死にます」


「死ぬ…って…」


 魔女の顔が青ざめる。引き攣った笑みを浮かべながら「冗談でしょう」という魔女に対して実さんは「本気です」と震えた声で返す。


「…梅宮、台所から包丁を持って来なさい。今すぐに。…カッターナイフでも構わないわ。刃物を持ってきて」


「…流石にそれは出来ませんよ」


「なら、自分で取りに行きます」


 離されそうになる手を捕まえて彼女を止める。


「…離して…満…」


「…こんなくだらない人生の終わり方でいいの?」


「…どうでもいい男と結婚するよりは断然マシです…」


「…だってさ、お母さん。…あんたがそこまで異性愛にこだわる理由って何?」


「…結婚して子供を産むのは女性の義務です」


「うわっ、考えが昭和。今平成だよ?後数年後には元号変わるらしいし。…いつまで時代に取り残されてんすか」


「貴女みたいな子供に大人を説教する権利なんて…「ではわしのようなじじいなら貴女を説教する権利がありますかな?」


 会話に割り込んできたのは山田さんだ。俯いていた実さんも思わずやってきた山田さんの方を見る。


「奥様。時代は変わります。彼女の言う通り、貴女は時代に取り残されている。恋愛はもう、異性間だけのもんじゃないんじゃよ。…わしからもお願いします。お嬢様の恋を、大人しく見守ってあげませんか?」


 山田さんの落ち着いた優しい口調が、殺伐としていた空気を和らげていく。掴んでいた魔女の手から力が抜けるのを感じた。離してやると、力なく降ろされた。


「わしの友達…といっても、かなり歳下の男の子なのじゃが…彼には同性の恋人が居るんです。…でも、周りはそれについて特に茶化すことはない。…お嬢様の周りのご友人達もきっと、そうなのでしょう?」


山田さんは私達に優しく問いかける。


「私の幼馴染が同性と付き合ってます。互いの両親公認で。学校中が知ってる。否定する声は無いとは言えないですけど、一部です。まぁ、元々うちの学校は制服がジェンダーレスで、スカート穿いた男子も、ズボン穿いた女子も、同じように授業を受けて、同じように生活してる。だから寛容なのかもしれないですけど…社会に出たら否定の声が増えるかもしれないですけど…でも…実さんは私が守りますよ。誰に何を言われたってこの手を離したりはしない。…例え実さんの母親であるあんたに否定されようとも、実さんが離れたいと望まない限りは側に居るって誓ったんです」


魔女は何も言い返してはこなかった。


「…奥様。わしはお嬢様のことを実の孫娘のように思うております。お嬢様の恋人とは今日初めて会いましが…真っ直ぐな目をした、芯のある素敵な女の子だという印象を受けました。…奥様はどうですか?彼女を見て、どんな印象を受けますか?お嬢様を誑かす悪い人間に見えますか?」


 魔女—もとい、実さんの母親が私の目を見つめる。数秒見つめあった後、彼女の方から逸らした。


「…実」


「…はい」


 しばらくの沈黙が流れる。そして彼女の母親は深いため息をつくと、こちらを見ることなく「ごめんなさい」と小さく謝った。


「…お母様、彼女と交際していても、よろしいでしょうか」


 実さんがもう一度、恐る恐る母親に問う。

 しばらくして「好きにしなさい」と返ってきた。ずっと不安そうだった実さんの顔にようやく光が宿る。そして私と顔を見合わせ、顔を歪ませてぼろぼろと涙を溢しながら私を抱きしめた。


「満…」


 彼女の口から初めて"愛してる"という言葉が私に向けて囁かれた瞬間、私の瞳からも自然と涙が溢れた。泣き顔を彼女の胸に埋めて隠し、呟く。


「実さん。愛してます」


 相変わらず私の心臓はドキドキしない。逆に、彼女の心臓の鼓動は少し早い。

それが私にうつったりもしない。だけど私は彼女のそばにいたい。彼女が私に側にいてほしいとそう望んでくれたから。私じゃなきゃ駄目だと言ってくれたから。

 私は彼女じゃなくてもいいけれど、彼女が良い。どうせ、彼女以上に私を愛してくれる人なんてきっとこの先現れやしないんだから。

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