第22話



俺は今、頭を床につけている。

公爵家の柔らかいカーペットが目の前に広がっているため、床押し付けている額に痛みはない。

また倒れたのかよと言われそうだが、そうではない。

日本人なら誰だって知っている謝罪をしている。


「ほんっっっとうに申し訳ありませんでした!」


そう、土下座だ。


シトレイシアが泣いているだの部屋から出てこないだのという話をルイス伝いに聞いた俺は頭に血が上り、全く冷静な判断が出来ず公爵家に乗り込むという馬鹿な行動に出た。

門番は魔術で退けたし、扉は蹴破り、挙げ句の果てにはアリノアルタ王国王位継承権第一位のルーカスに舐めた口を聞いたのだ。

これはもう土下座では済まない。

このまま首を刎ねられても可笑しくはないし、俺が王族ならそうする。


「でっ、殿下....ハヤト様を許せとは言いませんが....頭を上げさせても宜しいのでは...」


元はと言えば私が、と俺を庇うシトレイシアを見てルーカスは眉間に寄せていた皺をより深くした。

違いますルイスと俺が元凶です。


「....ハヤト、頭を上げろ。他人を見下ろし続ける趣味はない」


いやマジですんません....

俺が色々と口走ったせいでルーカスにはかなり勘違いをさせてしまった。

肩を竦めて申し訳なさそうにしつつ、姿勢を正す。


「シトレイシア、俺よりこの男が好ましいか」


急な問いかけにシトレイシアと俺は固まった。

忘れていた。

ルーカスは俺に間男疑惑を持っている。

全く以て違うのだが、あの状況を端から見れば婚約者をかっさらいに来た間男に見えなくもない。

俺は疑惑を晴らすべく、おずおずと手を挙げた。


「俺はシトレイシアに質問しているのだが?何、弁明でもあるのか」


「弁明、と言うか....」


シトレイシアはあんたのことが好きでしかないんですよと言ってやりたい気分だ。


「まず、状況の説明をしてもよろしいでしょうか」


扉を蹴破った後、シトレイシアとアストレンの説得で応接室に通されたものの、皆が座るなり土下座をかましたせいでルーカスとアストレン、ついでにジキルは何も分かっていないのだ。


「....許す、話せ。シトレイシア、そいつが嘘をついても庇わず訂正しろ。いいな?」


「........はい」


この世界の住人からすれば荒唐無稽な話を信じてくれるとは思えないが、俺がシトレイシアの体に転生したことも、この世界が物語の世界だと認識していることも、ルイスが必要だが余計なことをしてくれたことも包み隠さず話した。

俺が話す間、シトレイシアは一度も訂正しなかった。


「....俺は、お嬢を幸せにするためなら何だってしようと思いました。もしも殿下が仰るようにお嬢と結ばれているのなら嬉しい限りですが、俺では絶対に関係を持てませんし、お嬢を幸せに出来ません。....お嬢は殿下にしか幸せに出来ないというのに、俺が手を貸しすぎてしまったのが悪かったんです」


本当は俺がもしこの世界に純粋に生まれ直していたらこの手でシトレイシアを幸せにしたいと思っていたが、俺はシトレイシアが部屋に籠っていた間、ルイスが俺の魂を容れる依り代を作っている間に教えられた。


俺は体を得てもシトレイシアを恋愛的な意味で幸せには出来ない。


ルイス曰く、俺の魂は精霊に近い形の何かだという。

魂ごと精霊に気に入られたせいで精霊と融合しかけているとのことだ。

本来は精霊が人間と交わることはないが、魂だけが転生という状況で剥き出しだった俺はイレギュラーとして融合したのでは、というのがルイスの仮説だが、俺は否定したい気持ちでいっぱいだった。


シトレイシアを、助けられない。


精霊に準ずる生命体、つまりは俺もルイスの仮説を呑むなら人間とは交われない。

シトレイシアが読んでいた本の伝説や歴史にはルイスのように精霊に気に入られたり精霊と交わろうとした人間は稀にいた。

だが、誰しもが孤独な最後を迎えている。

ルイスもそうだ。

森の奥に一人で過ごしているのは自主的にではなく、そうしなければならなかったから。


精霊は気に入った人間に莫大な力を与える代わりに世間から隔離する習性を持つ。

完全に隔離するわけではないが、人間の多い場所に行くと精霊が嫉妬して魔力が暴発したり、逆に魔力を持っていかれてしまうらしい。


俺が精霊に気に入られているのなら、俺はシトレイシアの傍にはいられない。

俺自身が半ば精霊でも、シトレイシアを不幸にするだけだ。


「どうか、お嬢との婚約を破棄しないで下さい。身勝手な願いだと分かっています。ですが、もう俺には殿下に頼むしかお嬢を幸せにする方法はないんです」


おろおろとするシトレイシアを傍目に、俺はまた深々と頭を下げた。

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転生先の悪役令嬢がかなり好みの子だった件 leito-ko @syulei

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