第11話


「っ、はぁ....っ、....ルーカス!ごめん待たせてること忘れてた!ほんっとにごめん!」


身体強化しようとも体力は変わらないので、学園内を走り回った俺は息も絶え絶えの状態で殿下の元へと辿り着いた。

学園から与えられた個室サロンの前で腕組みをして此方を見ている殿下にこれでもかというくらい頭を下げる。


"婚約者のシトレイシア"が殿下を少し待たせるのなら兎も角、今は殿下の友人である"平民のルクソル"が待たせるのは如何せん外聞が悪い。

幸いなことに、殿下は従者を連れていないし俗にいうご学友もいないので変に噂が広まることはないだろうが、失態は失態だ。


王族の貴重な時間を無駄にさせたのは流石に怒っているのでは、と恐る恐る殿下の表情を窺うと....


「....そう頭を下げるな。気にしてない」


真顔だった。

え、いやいやいや殿下これ怒ってない?ねぇ怒ってるよね???

たとえ殿下が乙女ゲームのメインヒーローならではのイケメンであろうとも真顔の圧は緩和されないことに気付いてほしい。

こわい。


「ぇ、ああ、うん....と、とりあえず...中入る........?」


困惑しながらも個室サロンに入ることを促すと、殿下は静かに頷いて俺が開いた扉を潜り、中にある一人用のソファへと腰を下ろした。


「....で、渡したいものとは何だ。遅れたことは気にしてないが、........話の内容次第では考えなければならんな」


「あっ、そう、渡したいもの。ちょ、ちょっと待って」


「............ルクソル。否、シトレイシア」


「何、でしょうか....?」


思わず声が上擦った。

勿論、シトレイシアの声で。

殿下に名前を呼ばれたことでシトレイシアが焦って出てきてしまったのである。

まぁ、俺は何ら問題ないし、二人の仲を邪魔する気は更々ないので観戦に回ろうと思う。


「そう、それでいい。二人でいるときくらいはルクソルでいなくていいだろ」


殿下は素のシトレイシアとの会話がしたかった....のか?表情は相変わらず真顔のままなのでよくわからない。


「はっ、はい....!........あの、それで、渡したいものというのが....何分なにぶん初めての試みですので気に入らなければ返却してもらえれば」


作っている最中はあんなに自信満々に"きっと受け取ってもらえますわ!"と言っていたシトレイシアは、弱々しくポケットから小さな箱を取り出して机へと置いた。


「開けろ、シトレイシア」


殿下の命令口調に肩を跳ねさせながらも箱を開ける。

そこに入っていたのはこの前シトレイシアが作っていたループタイだった。

危険性がないか疑っているのは分かるがプレゼントくらい受け取ってほしい。

....あ、よく考えなくてもプレゼントって言ってねぇわ、やべ。

そりゃ警戒するわな。


「ループタイ....か?」


「はい。....眼鏡をくださったお礼になれば、と作ってみたのですが......先程言ったように初めての試みでしたので気に入らなければ突き返してくださいな」


照れと怯えを抑え込んで控えめな笑顔を浮かべるシトレイシアは可愛、げふん、何とも健気だ。


「ほう?....よく見れば魔術が刻んであるな。これもお前が?」


「....はい」


「ルクソルでいる時のお前が魔術に長けているのは知っていたが、魔術具を作れるまでとはな。どうりで魔術操作の実技で負けるわけだ」


魔術具作るのはめちゃんこ難しいからね、偉いだろシトレイシア。いやーまじで出来た嫁さんになるからお前絶対捨てんなよ捨てたら全力でこの国氷らしてやらぁ

と、内心で俺がきゃっきゃとはしゃいでいる間、シトレイシアもシトレイシアで脳内が凄いことになっていた。

片想いの相手に褒められるのがかなり嬉しいようだ。


シトレイシアの思考の詳細は分からないが、多分

"褒められてしまいましたわ....!どうしましょうあの殿下に褒められるなんてとても嬉しいけれど、ああ、顔が喜びで緩んでしまいそうだわ"

こんな感じだろう。

推しのボイスが解禁された時の俺の妹オタクの如く喜んでいるのがなんとなく伝わってきている。


「魔力を通せば、お、....わたくしと、同じような威力で氷の魔術が使えるよう魔方陣を細工しましたので、殿下なら簡単に扱えると思います」


俺って言い掛けたな。

シトレイシアの姿で魔術を行使する姿を殿下に見せたことがないので表現のしかたに迷ったのだろう。


「シトレイシアはよく氷の魔術を使っていたな....あれほどとなるとこの部屋では試し撃ちが出来んな....仕方ない外に行くか。少し付き合ってもらうぞ」


おーけーおーけー、試し撃ちならどんと来いだ。

シトレイシアも殿下の機嫌を損ねずに済み、更には褒めてもらったことと追加で殿下と一緒にいられることでかなり上機嫌なので俺としてはとても良い方向に進んでいる。

実質放課後デート。よし。

こういうのはそう考えた者勝ちだから俺の勝ちだ。


シトレイシア心が弾むような気分に影響されて機嫌の良い俺は、魔術の行使が許される訓練場へ行く、と立ち上がった殿下の後ろについていった。

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