水金火木土天海冥最高傑作第三惑星

雨野

水金地火木土天海冥最高傑作第三惑星

 第三惑星は今日も青かった。


 やっと完成だ。僕は白い地面に最後の青いペンキを塗る。もちろん使うのは青色だけではない。黒、赤、青、時に緑、紫、白。過去には見つかっていない色だって使う。

 ふと自分が握った筆から、極彩色の命が零れ落ち溶けだしていくように思えた。命の無い星の上で、命を描くとは皮肉なものである。


 水金地火木土天海冥。昔々この星の生態系の頂点に立っていた愚かな生命体、人類は惑星に勝手な名前を付け、勝手ないざこざの挙句星を消し飛ばした。後には水金火木土天海冥が残された。

 暗黒流動の外側から観測していた僕は悲しみ、途方に暮れた。地球は僕が見た中で最も美しい星である。消滅するなど宇宙の損失だ。せめて模造品が置かれるべきである。そう思い立ってからは早かった。

 超光速航法で元地球、局部超銀河団おとめ座銀河団局部銀河群銀河系オリオン腕太陽系第三惑星の宇宙座標まで来て、プラスチックで1/1の大きさの星を作った。しかし色がない。凸凹一つない。気に食わない。僕が愛した地球は青く美しい星である。ならばその模造品だって美しくあるべきだ。僕はプラスチック塊の上で決意を燃やした。

 塗った。何年も、何十年も、何百何千何万、いや、何億年も。作った。生物を、植物を、大地を山河を建物を。一つずつ、プラスチックで。

 描いては消して、塗っては塗り直して。作っては壊して、また作って。人類よりも少しだけ寿命の長い僕が時間を忘れたころ、ようやくこの星の命をなぞり終わった。


 今日は完成の日である。

 人類に体の形を似せ、爪先から髪の毛までペンキを塗りたくる。服の部分の色は紺色のシャツとベージュ色のパンツにした。何十億回と繰り返したその作業を手際よく終わらせる。綺麗に塗り終えたペンキが乾いたら、一番好きな場所の海辺の小さな家に移動した。

 目の前に広がる海は僕の最高傑作だ。高々と立ち上る波は、時に白く濁り、黒くうねる。全てを飲み込もうと、抱きしめようと相反する意思を包有する。僕が描いた、命の源だ。そこに命が無いとしても。


 どれくらい海を見ていただろう。僕の体はきしりと音をたて、プラスチックへと変化を始めた。寿命が来たらしい。最後のペンキで瞳に色を入れ、恰好いいポーズをとり、最後の言葉をこぼしたら、僕は星の一部になった。

 この星は回り続ける。これからも時速約千七百キロメートルで。これからは未来永劫色鮮やかに。


「第三惑星は今日も青かった。」

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