★血の赤

 人間見えすぎない方がいいんじゃないかと時々思う。

 別に目が見えなくなりたいわけではない。ただ、今の時代、色や光が溢れていて、時々酔いそうになる。

 本当に必要な色を知っているからこそ、他の色が主張するのを見るのに疲れてしまうのかもしれない。


 最も大切な色。それは俺にとって赤だ。正確には血の色だ。


 病院に運ばれてきた人の血の出ている箇所、血の量をまず見た目で確認する。そして素早く指示を出す。


 血の赤は生命の色だ。

 この色を見る度に、目前の患者は生きているのだからどうにか助けたいと思う。

 大量の出血を見ると頭の中で警告音がなる。このままでは危険だと。

 同時にこの患者を助けられるのは自分しかいないという高揚感も覚える。


 血の赤は俺の心をたぎらせるのだ。そう。それだけのはずだった。




「先生、お願いします」


 その日の夜運ばれてきた患者を見て、俺は自分の血が凍るのを感じた。

 家内だった。

 動揺してる場合ではない。外傷も酷いが、この腹部の膨らみ、内臓からも出血している可能性が高い。

 MRIにかけるとやはり腹部の出血がかなり見られた。


 絶望的だと分かっていた。それでも家内を見捨てるなんてことができようか。


「先生。血圧低下してます」

「輸血をもっと用意するんだ」


「先生、心肺停止です!」


 そんなの分かってる! 俺は必死で心臓マッサージをした。

 お願いだ。戻ってきてくれ。    





 家内は亡くなった。


 夜更けの事故。信じられないが、家内は浮気をしていたようだ。

 俺は家内の心も体も失ったのだ。


 それ以来血の色を見るのが苦痛になった。

 なんてグロテスクで絶望に満ちた色なんだ。

 そして今までの自分を恥じた。

 何が高揚感だ。血を流している患者にも家族がいるのだ。



 今日も患者が運ばれてくる。赤い血を流して。

 俺は吐き気が込み上げてくるのを我慢しながらいつものように処置をする。


 赤い血が笑ってる。俺の運命を。それでも俺は生きて患者を助けるしかない。俺の身体≪なか≫に赤い血が流れているうちは。



                      了

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