傘が守ってくれるから

差し出された傘に私は戸惑った。

今日は快晴。

傘は私をすっぽりと覆って、日陰を作っていた。

「あの……」

傘の持ち主を見上げた瞬間に溜まっていた涙がこぼれ落ちて、地面に小さな点を作った。

私はいけない、と涙を拭う。

「あの、雨は降っていないのですが……」

もう一度私は傘を持つ彼を見上げて言った。

「うん」

彼は確か同じクラスの小寺君だ。眼鏡がよく似合う線の細い小寺君。ただ、その行動が奇怪だとクラスでは変人扱いされていた。

この傘もそんな彼の不思議な行動の一つなのだろうか。

「じゃあ、なんで、傘……」

「悲しみを凌げるように」

私は意味が分からず目を瞬かせた。

「傘が守ってくれる」

そう言った小寺君の目は真剣で、迷いがなかった。

私は。

「ありがとう」

そう答えて。下を向いた。我慢していた涙が次から次に溢れ出して、地面の傘の陰を濃くした。

小寺君は黙って傘を差し続けた。

私はしばらく傘の中で泣き続けた。

小寺君は何も尋ねなかった。


「あのね。私の両親、離婚しちゃうの。でも私にとってはお父さんもお母さんも大切で、どちらかを選ぶなんてできない。離婚なんてして欲しくない」

「そっか」

小寺君は真面目な顔でしばらく考えて、

「ご両親には君の気持ちちゃんと伝えたの?」

と言った。

「伝えられてない……」

「それじゃあ、伝えてみたらどうかな?」

私はそれは我儘になるんじゃないかと思って言えなかった。でも。そうだよね。私だって家族の一員なのだから、思ってること伝えてもいいよね。

「伝えてみる」

「うん」

小寺君は私に傘を持たせた。

「傘さしてたら悲しみを弾いてくれるから」

まだ言ってる。私はくすりと笑ってしまった。

「そうだね。ありがとう。この傘借りていくね」

「うん。それじゃあ」

小寺君は私に手を上げて、私の進む方と反対の方に歩いて行った。

小寺君て本当は良い人なのかも。

私は何度も人から見られたけれど、雨傘をさしたまま家に帰った。



次の日。

「ありがとう。傘のお陰で悲しみが和らいだよ。

それから、両親、もう一度考え直してみるって言ってくれた」

私は小寺君に傘を返して言った。

小寺君はふわっと笑って、

「良かったね」

と言って傘を受け取った。

その笑顔がとても優しくて、私は自分の心臓がときめくのを感じた。


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