第10話 ひとさわがせ

「……今日も今日とて街に異常無し」


「平和だね〜」


 無事兵士入団が決まって早一ヵ月、未だに所属が決まっていない。


 今二人は何をしているかと言えば、兵士の中でも最も下の者に任される仕事。巡回であった。


「こう……何も無いと流石に飽きちまうな」


「平和が一番だよ それにバトラーはのんびりしてた方が良いんでしょ?」


「バカだなリン 仕事中にダラダラしたいんじゃあない "仕事せずに"ダラダラしたいんだよ」


 全くもってやる気を感じさせないバトラーの発言に、リンは苦笑いを浮かべている。


「それに仕事中にダラダラしてたら怒られるが……普段生活してる分には怒られねえからな」


 あくまでも仕事中。だらしない態度で見回りなどしていたら、上に怒られてしまうかもしれない。


「オレは何もせず……ただ好きなようにごろごろしていたいだけなのさ」


「バトラーは欲望に忠実だね?」


「こんなのある意味全人類の夢だろ 何でも願いを叶えてくれるならオレはそう望むね」


 自堕落な生活を満喫したいと白状するバトラーの願い。だがそれにはリンも頷いた。


「否定はしないかなぁ」


「だろぉ?」


「お前さん達昼間っからそんな話するのかい?」


 立ち寄っていたのは、以前二人が世話になった酒場である。


 見回りの休憩ついでに立ち寄って、出されたつまみを食べながら、席について無駄話に花を咲かせていたのだ。


「大体これはサボりになるんじゃあねえか?」


「我々パトロール中ですので あとお昼休憩」


「マスター 僕はいつもの」


「まったく調子が良いなぁ……ってお前さんがいつも頼むのは水だろうがぁ!?」


 何度か通っている内に顔馴染みとなってしまっていたが、相変わらずリンはお酒を飲まない。


「何を言ってるんだいマスター 仕事中にお酒なんて飲むわけないだろう?」


「オフでも飲まねえくせに」


「流石にオレも昼間っからは飲みませんよ……おつまみおかわりで」


 完全に寛いでいる二人を見て、呆れながらも亭主は相手にする。


「昼間にたむろされる場所でも無いんだよここは」


「ちゃんと夜も来るから許してくれって」


「調子の良いヤツだぜ……」


「んじゃあついでに聞いとくか 街で変わったこととかは?」


「それがメインだろうが! ……まあ特段変わった様子無し いつも平和なサンサイドですよ」


 約一ヵ月前の戦い以降、これといった事件は起きていない。


 この事は二人もよく知っている。何故なら二人が見回りをして、確認しているからだ。


「だよなぁ〜あったらオレらが一番分かるぜ」


「──嵐の前の静けさってね」


「不吉なこと言わねえでくれねえか兄ちゃん?」


「未然に防ぐのが我々巡回の役目ですってね あんがとなマスター」


「夜道には気をつけるんだよ」


「嫌な言葉残すんじゃあねえよ!」


 馴染みの酒場を後にして、次はどの辺りを見回るか決めかねていると、街の子供達に見つかる。


「あっ! リンがいる!」


「ねえねえ! 今日は何して遊ぶの?」


 顔馴染みとなったのは、亭主だけでは無い。


 見回りをしていると、自然と街の人達と仲良くなり、子供達と仲良くなるのも時間はかからなかった。


「おっと残念 お兄さん達休憩終わったばかりだからまた今度な」


「うーんそうだな〜隠れん坊でも……」


「乗り気になるな」


「バトラーには聞いてないもん」


「このガキィ!」


 なんだかんだ言っていても仕事でも日常でも、二人はこの街の住人として着実に定着し始めている。


 それだけに、この街を守りたいと思う気持ちは次第に大きくなっていた。


(ん……? 通信晶が反応してる?)


 兵士達に配られる"通信晶"と呼ばれる魔道具は、連動した水晶に魔力を倒す事で遠くにいる相手と連絡を取るの事が出来る道具である。


 バトラーの懐に入れていた通信晶が反応したという事は、大抵の場合は上官からの呼び出しを表していた。


「定時連絡かそれともなんかのクレームかねぇ……こちらバウムガルト・トラートマン二等兵です どうぞ」


《やあ 巡回兵の仕事は馴染んだかな?》


「その声……エリアスさん? どうしたんですか?」


 通常であれば兵士長からの連絡の筈が、今回の相手は騎士団長であり、水の九賢者と呼ばれる"エリアス・リス・ガブリエル"からの連絡を受ける。


《お試し期間も一ヵ月が過ぎただろう? だからそろそろ次の所属でも聞こうと思ってね》


「とてもやり甲斐のある仕事で満足しております なので前線での仕事よりもこの仕事を専門に……」


《それは良かった てっきり私はサボってばかりいるものだと》


 おそらく普段の態度の報告は受けている。


 この質問には意味は無く、単純にからかっているのだろうとバトラーは察した。


「──で? 報告は以上でしょうか?」


《勿論これだけではないとも 君達は今街の中心部周辺の見回り中かな?》


「そうですが?」


《"エリアの移動“を命じる 今から港付近の倉庫街に行って欲しい》


 少し離れたところには、エリアスの言う倉庫街が存在している。


「別に良いですけどなんだってそこに?」


《深い意味は無い 強いて言えば君達に"見てもらいたい"からだね》


 見てもらいたいとは、おそらく倉庫の中身の事であろうとバトラーは推測する。


 馴染み始めたこの国で、どういったものが必要とされ輸入されているかを知る事が出来れば、今後狙われた際の優先順位がすぐに分かるようになるからだ。


「了解しました リン・ド・ヴルム二等兵と共に現場へ向かいましょう」


《──頼んだよ》


 通信を切り、会話が終わる。


 同じ場所ばかり見て周るのも飽きてきた頃だった為、二人からすれば丁度良いであろう。


「リン! 聞いてたか? 早速倉庫街に行くぞ?」


「あっ待って! あと一人見つけたら終わるから……」


「遊んでんじゃあねえよ!」


 子供達の人気者であるリンは、それどころでは無かった。






 遊びは中断され、倉庫街へと向かった二人。


「全然人居ないね」


「そりゃ倉庫街だからだよ 居たとしても警備兵ぐらいなもんだろ」


 大きな倉庫が並ぶ光景。中には多くの物資が積まれている。


 輸入した武器や食糧といったここサンサイドとの生命線ともいえる場所である。


「怪しい輩でも見つけたいが……警備も居るしもし迷子が居たら助けるぐらいか」


「いたよ! 迷子が!」


「早えよ」


 いつのまにか抱き変えられた幼女を連れて、リンはこの娘は迷子だと主張した。


「ええい離せ! 誰が迷子じゃ!」


 迷子を否定する幼女。ジタバタと暴れる為、リンは一旦下ろして話を聞く事にした。


「じゃあどうしてこんなところに一人で居るのかな?」


「フン! 余は態々"アクアガーデン"から遥々足を運んでやったのだ 観光ぐらいしても良いでは無いか」


 あくまでも観光だと言い張る幼女。


「アクアガーデンか 僕達は行ったことないね?」


「まあ島国だしな 船に乗る金が惜しい……一度は行ってはみたいが」


 水に囲まれ、島に浮かぶ国。それがアクアガーデンである。


 ちなみに人口の殆どが"女性"であり、一部の男性はそれ目的で観光に訪れる者も多いのだとか。


「でもお嬢さん どうして観光の場所を倉庫に?」


「──観光ついでに倉庫を観たい気分だったのだ」


「迷子じゃん」


 目を逸らして言った迷子に、思わず口に出してしまうバトラー。


「喧しいわ! 大体初めて訪れれば誰でも迷子になるわ!」


「可愛気がないぞこのガキ」


「大人気ないよバトラー……お嬢様 宜しければ目的の場所までお送りしますが 如何ですか?」


 膝跨いで手を伸ばすリン。相手が子供扱いを嫌うのであれば、一人前のレディとして扱う。


「ほう? 一般兵の癖に中々礼儀を弁えてあるではないか ならばお主らに案内を任せても良いかのう」


「仰せのままに」


「持ち場を離れる事になるぞ?」


「事件発生なんだから仕方ない これも立派な仕事さ」


 普段とは似つかわしくないが、仕事は誠実にこなすリン。そういった世渡りの上手さは、素直に感心するバトラーだった。


「ではお嬢様 目的の場所までお供しましょう」


「余は“ピヴワ"である その"お嬢様"はちとむず痒いのでな 今後はそう呼ぶがよい──様はつけるのだぞ?」


 迷子はそう名乗る。ピヴワが指をさした方角は、二人のよく知る場所である。


「"サンサイド城"だ 余をあそこまで連れて行け」


(コイツさては観光する気だな)


 目的地と言いながら、ただ行きたいだけだろうと心の中でバトラーは思う。


「一つ宜しいですかピヴワ様」


「許す 申すが良い」


「──我々を囲むこの輩はお連れの方でしょうか?」


「……知らんな?」


「成る程……保護者では無いと?」


 冷静に兵士として、リンは突然の異常事態に対応するのだった。

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