6
聖堂のふたつの尖塔が近づくにつれてだんだん大きくなる。塔の片方の先端にはまっしろい十字架が、もう片方の先端には銀の鐘が見つけられた。かららん、とふいに鐘の音が響き、腕時計で時間を確認すると、ちょうど十二時だった。あまりおなかも空いていないし、まっすぐ病院へ向かうことにした。
聖堂はこんもりした山のうえにあって、そのふもとの森に囲まれているのがババアのいる病院だった。いちおう県立の総合病院らしいが、わずか二階建てで、そのうえ年季の入った木造の壁にはつたがはびこっている。十数年前にほとんどの機能は別の場所にできた本館に移動し、いまはこの木造家屋はターミナルケアのためにのみ残されていると受付で知った。入口にはきれいなガラス製の看板がありホスピスの名前が印字されていたが、病院名の書かれた朽木の看板もくたびれたまま残っていた。朽木のほうにはハングルも併記されていたが、韓国にゆかりのある病院だったのだろうか。
受付では年配の女性が、いかにも用意されたふうの悲嘆の表情とともに(ぶっちゃけ下手な演技だと思った。本当にかなしいときは、悲しい顔なんてしないんだよ)、棒読みでお悔やみの言葉を述べてくれて、地下にある霊安室に案内してくれた。
地下は改築されたばかりなのか、壁も床もぴかぴかで、小さなものだけれどコンビニも見つけられた。わずかにスロープした坂を下っていくと、薬品の匂いが薄くなって、その代わりによく分からない、しかし妙に懐かしい匂いが近づいてきた。真夏に三姉妹で入った水風呂の匂いに似ていると思った。水に匂いなんてあったんだろうか。とにかくその水くささに誘われるまま、あたしと智子はまっしろい廊下を歩いた。その奥にあるのが霊安室だった。
「うわ、何してんの、恵子ちゃん!?」
霊安室の扉を開けるなり、なかの光景にぎょっとした。あたしが何かを言うよりも先に、後ろから智子の声が飛んできた。
霊安室の真ん中には棺が横たわっていて、そのなかに恵子が顔を突っ込んでいたのだ。
「ふう」
恵子は棺から顔をあげると、息を止めていたかんじの呼吸をひとつして、悪びれない口調で言った。
「いやあ、ほんまに死んでんねやな、と思て」
恵子の目がぱちくりする。恵子は三姉妹のなかで一番目が大きく、そしていつも驚いたかのように目を見開いているので、いっそう存在感がある。三姉妹ともふたえまぶたなのだが、目のかたちが微妙に違う。まんまるいのが恵子。ちょっと吊り気味で、細めで、知的なのが智子。あたしはどちらかというと垂れ気味で、パンダみたいな愛嬌があると雑誌にはよく評される。あたしだけ涙袋が大きくて、まつ毛が長い。ありがたいことに素材がよいので、芸能の界隈にはよくある整形とは無縁だし、化粧もそれなりで良い。目には性格が現れる。恵子は三姉妹のなかで一番好奇心が旺盛だが、いっぽう異様なほど慎重で、ものを観察するクセがあり、三人で何をするときも手をつけるのは最後だった。その特性は小説を書くうえでも武器になっているのだと思う。
「遠いところお疲れ、美子、智子さん。急に予定合わせてもろて堪忍な。お茶、いれよか。何がいい? 緑茶とほうじ茶があるで」
恵子があたしたちを振り返って言った。恵子はあたしのことは美子と呼び捨てにするのだが、智子のことは智子さん、とさんを付けて呼ぶ。同じように、智子もあたしのことは美子と呼ぶくせ、恵子のことは恵子ちゃんと呼ぶ。昔からふたりはあんまり折り合いがよくない。まあ智謀と恵俊彰は相性わるそうだし。失礼だけど、恵俊彰はあんまりかしこくなさそう。
「わたしほうじ茶、濃いめで」
智子が乱暴にその言葉を投げ、霊安室の間口でスニーカーを脱ぎ捨てると、畳に上がった。
「じゃああたしは緑茶で」
あたしも恵子に言うと、智子に続き畳のうえで膝をすりババアの棺に近づいた。
「お湯沸かすのめんどいからアイスでええな。ええよな? 3・2・1はい決まり」
給湯室から恵子の声がしたが、智子は答えない。棺のまえであぐらを組んだままぼんやりしている。
「ババア、カトリックだったし、この病院も聖堂のふもとにあるわりに、仏式なんだね」
あたしは棺の手前に火が点いたままのロウソクと線香などの一式を見つけ、智子の耳元でささやく。
「本当にヤスさんを信じてたのか、今となっては分からないけどね」
智子はぽつりと呟いた。彼女がその探究心ゆえ折りにつけ口にする「分からない」という言葉は、彼女の知性を根拠にして、いっそうその確からしさを増す。あたしもそう思う。分からないんだ。今となっては分からないことだらけだ。ババアがカトリックだったかも、本当にヤスさんを信じていたかも、本当に信じていたのは何であり誰だったかも、あたしたちのことをどう思っていたかも。
分からない、から、ババアの前で拝んだりも線香をあげたりもしない。少なくともあたしたちは、何を信じてもいない。ババアの死に顔は、信じるにたる何かに欠けていた。ひとが死んだとき、誰もがまずそれは本当なのか確かめようとする。でもそれはどんな手段によっても確かめることはできない。だからそれを確かにするために、葬式をあげる。だとしたらあたしたちには、葬式をあげる理由がない。どうみても死んでいるババアを前に、あたしはそんなことを考えた。
「ウィーン。お茶いれたったで~」
恵子の明るい声が背後からした。あたしと智子が振り返ると、恵子がちゃきちゃきとした動きでお盆を抱え、自動ドアを開けるコミカルな仕草をし、戻ってきたところだった。恵子は三姉妹のなかでいちばん背が低く、小太りだが、誰よりも機敏だ。短く前髪を切りそろえたキノコみたいな薄茶色のミディアムボブを揺らし、手際よくちゃぶ台のうえに湯呑を置いてくれる。あたしたちはそのちゃぶ台に移動し、一息つくことにした。
「まずっ!」
お茶を口にするなり、智子が吐き捨てるように言った。あたしが飲んだのは緑茶だったが、おなじくだいぶひどい味だった。出がらしというのか、味がずいぶん薄いうえ、粉のかたまりが混じっていてのどに貼りつくのが気持ちわるい。
「なんで? 粉末を水に溶かしただけやけど?」
恵子も軽い喧嘩口調で応じる。
「インスタントのお茶でなんでこんな不味いもん作れんのよ。しかもこれ、アイスじゃなくて常温じゃん。もったいないから飲むけど」
「はあ? うちはお手伝いさんでも喫茶店でもないんやし、たまにはうまく作れへんときだってあるわ。お茶の味なんかにうっさいわ。お前は裏千家か。千昌夫か」
ふたりの言い合いが激しくなりそうなので、あたしは、
「まあ飲めないわけでもないけどね……」
とどちらを味方するわけでもない言葉を挟み、苦笑する。昔からよく見たふたりの口喧嘩だ。だいたい智子が正しいことを言って、恵子が独特の言い回しで煙に巻く。お互い会話のポイントが違うので、往々にしてかみ合わないし、喧嘩は過熱こそすれどまともに終わることがない。だいたいそのうち恵子が手を出して、そこからは取っ組み合いの喧嘩だ。そして最後にババアが激怒し、智子が泣いておしまい。それがいつものパターンだ。
「あんまり喧嘩してると、ババア起きてくるよ」
ふとちょうどいい言葉を思いつき、ふたりの言い合いよりも大きな声を張って言ってやると、思いのほか効いたみたいで、ふたりとも黙ってしまった。舞台のアドリブでも思いつかないような、なかなか気の利いた言葉だった。ババアの復活ほどおぞましい事態はそうそうないだろう。
「まあわたしたちは、むかしっから料理なんかしなかったからね」
落ち着きを取り戻したのか、智子が冷静な口調で言い、ほうじ茶をぐいっと一気飲みした。
「せやんな、うちも料理なんかしてへんよ。いつもお手伝いさんに任せてるわ」
恵子がけらけら笑って言った。
「コックなんか雇ってんの? さすが金持ちは違うなー」
智子が身を乗り出して言う。あたしたちはお金の話もセキララにしてきたので、みんながどのぐらいの収入をもらっているかよく知っている。あたしも世間的にはかなりの高収入なのだが、それでも智子のほうが多い。けど一番お金持ちなのは間違いなくベストセラー作家の恵子だ。
「コックいうほどでもないけどな。智子さんはごはんどうしてんの?」
「わたしはいつも外食。ほら台湾って共働きの文化だからさ。みんな外で食べるの。夜市とかだとすっごく安いし」
「へー。夜市って水とか大丈夫なん? おなか壊さへん?」
「わたしたちが身体を壊したことなんてある?」
智子がわらって言う。彼女のいうとおり、あたしたち「ハイスペックシスターズ」は風邪ひとつ引いたことがない。むしろ病弱だったのはババアで、季節がわりにはよく床に臥せっていた。ババアが寝込むと、あたしたちは「これがチャンス」とばかりに遊びまくった。部屋を散らかし倒したころ、元気になったババアに雷を落とされる。ババアは思ったより長生きをしたような気もするし、こうしている間にまた蘇って雷を落としてくるんじゃないかって、そんな気もする。
「美子は? ごはんどうしてんの?」
恵子があたしに水を向けた。しばらくぼんやりしていたので、急に話をふられてびっくりする。あたしらしくもなく、妙に感傷的になってる気がする。ババアが死んだからじゃないと思う。あたしはそんなことに、なんの感傷もない。でも、きっかけであったには違いなくて、それを呼び水にあたしは残念ながらババアに表象される人生のことを、ババアに抽象されるあたしたちの関係のことを思い起こしていた。
「ああ、まあ、仕事の日は帰りに食べて帰ることが多いかな。銀座とかに行きつけのバーがそこそこあるから」
あたしは上の空のまま、そう答える。
「さすが東京」
智子と恵子が声を合わせて言った。
やっぱり三姉妹とも料理はしていないわけだ、とあたしはひとり納得する。あたしたちは昔からそうだった。料理を作るのは決まってババアの役目。たまの気まぐれで手伝おうとすると「ほかにすることあるだろ」と怒鳴るのだ。
美子は「美」、智子は「智」、恵子は「恵」、それだけが伸びるように育てられたあたしたちは、他のことなんか何もできない。たしかに「美智恵」ことババアに与えられた「美」と「智」と「恵」は、あたしたちの人生をそれなりに豊かにしてくれはした。富だって名誉だって名声だって両手いっぱいに持ちきれないぐらい余ってる。それなのに、あたしは、あたしたちは、たぶん何かが足りないと思ってる。
わかるんだ。だってあたしたちは、それを持っていたことがあるから。ババアとの暮らしのなかで、まだ「美」も「智」も「恵」もなかったあたしたちは、足りないということに足りていたんだと思う。京都の片隅の、わびしい四畳半。あそこにあたしたちは「できなかったこと」を置き忘れてる。そのことは分かるのに、分かるから、もう取りに帰れないということも分かる。だってそれを取り戻したら、「できなかったこと」は「できなかったこと」のままではいられないから。
あたしは頭がわるいから、ひとことでいう。つまり「ババアはもう生き返らない」ただそれだけのことだ。
ぼんやり取り止めのない考えごとをしているあたしをよそに、智子と恵子はばんごはんに何を食べるかの相談を始めたようだ。三方を海に囲まれたこの県は、魚介類が美味しいという。とくに内海でとれたふぐが絶品らしい。ふたりは恵子のアイフォンをのぞきこんでどの店のものを食べるのか検索を始めたようだが、あたしはそんなことに興味を持てなかった。美味しいものならいくらでも食べたことがある。いまは、美味しくないものが食べたい。たとえば、ババアのつくったぐずぐずのしょっぱい肉じゃがみたいな。
手持ちぶさたのあたしは、テーブルのうえにテレビのリモコンを見つけ、何とはなしに電源スイッチを押した。霊安室のはじっこには小型の液晶テレビが置かれていて、見慣れたコマーシャルを流しはじめた。
「お、美子やん」
恵子が声をあげ、智子と同時にテレビを向き直った。
ちょっと前に撮ったばかりの、大手の旅行代理店が企画した温泉ツアーのコマーシャルだ。テレビで観るのははじめてだった、というよりあたしは努めて自分が映っているコマーシャルだとかドラマだとかをテレビで観ないようにしている。女優にとっていちばん大事なのは自己肯定感だと思っている。つまり主観だ。テレビなんかで自分の姿をへんに客観視してしまうと、卑下がはいって大胆にはふるまえない気がしてくる。
「やっぱり美子、きれいだねえ」
智子がてらいのない口調で褒めてくれたが、やはり卑下のほうが強い。チャンネルを変えたくて仕方なかったけれど、いかにも自意識過剰なのがあからさまだから、黙ったままテレビに目をやった。運の悪いことに尺が長い三十秒バージョンだった。
あたしと男優とがふたりで温泉旅行に行く体のコマーシャルである。男湯と女湯に浸かり、壁一枚を隔てて本音を言い合うのだが、最後に壁が壊れて裸を見られるハプニングがある……というドタバタコメディのコマーシャルで、シニア世代の男性をターゲットにしているらしい。まあいかにも昭和のノリだし、今の若い子には合わないだろう。不倫をほのめかせる描写もあり、人権団体からちょっとしたクレームもあったらしい。ポリコレにうるさいババアがもし見たら激怒しただろうなあ、と思う。
かなしいことに、女優としてのあたしの需要はこのあたりなのだ。それなりに売れてはいるし、「恋愛ドラマの女王」と評してくれる向きもあるが、結局のところ不倫だの浮気だの、恋愛マーケットに受けやすいネタで消費されることが多い。そしてそのことで文句を言えるほど商品価値がないということにも気づいている。
あたしの素行にも問題はある。あたしの共演者喰いは界隈では有名で、写真週刊誌にスッパ抜かれないのが不思議なほどだけれど、たぶん事務所が守ってくれているんだろう。
「共演してはる男、めっちゃ売れてるんやんな。文芸誌にもコラム載せてはったで」
恵子の言葉は聴こえていないフリをする。あたしよりふたまわりぐらい年上の彼は、遅咲きというのか売れ始めたのはここ数年だが、あたしと共演した映画の大ヒットを皮切りに、俳優に留まらず音楽や文芸や政治といったジャンルで幅広く活躍するようになった。ちなみに年には勝てないのかよく中折れをする。そのわりに朝まで何度もやりがたる。喘ぎ声がオクターブ裏返る。甘いマスクで通ってるわりにいく瞬間はハニワみたいにシュールな顔になる。もちろんそんなこと、恵子にも智子にも言わない。
「なに笑ろてんの?」
恵子に見とがめられた。あたしは慌てて澄ました顔を作り、
「笑ってなんかないよ」
と言い繕う。
「え、なになに、この人と付きおうてんの?」
うっかり隙を見せたせいで、恵子の好奇心に火を点けたことを知る。こうなると恵子は面倒くさい。あたしは素知らぬ顔をしてテレビを消し、
「なわけないじゃん」
とシラを切った。
「うわあなんなん嫌やわ水くさいわあ」
時すでに遅し。恵子の顔がぱあっと輝く。膝をついたまま妖怪テケテケもかくやという高速移動でテーブルを回り込み、あたしの傍に座り、耳元でまくし立てる。
「えなんなんいつからなん? きっかけは? 結婚すんの? プロポーズの言葉は? 子どもは何人ほしいですか? カシャーカシャーカシャー」
カメラを撮るそぶりを見せながら、フラッシュの音を口で出してあたしに迫った。昔からあたしの色恋ざたがちょっとでもあると恵子はこうして執拗にあたしを追及する。やがて十倍ぐらいに濃縮された小説というかたちに昇華されるまではこうだ。恵子の小説はとくに恋愛モノが評価されているらしいが、そのネタ元はほとんどがあたしなのだから、感謝してほしい。三姉妹のなかではあたしが一番モテた。それでも誰とも恋愛という形に落ちつかず、長くても三か月続けば別れてしまうのは、恵子の追及にたいする面倒くささが影響しているような気もする。それなのにあたしがおとこを取っかえ引っかえすればするほど恵子の小説が充実するのだから、皮肉なものだ。だいたいあたしが別れるころには恵子の小説が完成していて、なぜかあたしは校正を頼まれる。あたしは終わったばかりの恋愛をむりくり客観視させられて、傷つく暇もないまま、つぎの恋愛に向かう。ちなみに校正でNGを出したことは、身バレするような内容を除けば、一度もない。
「恵子ちゃん、うっさい」
智子がひんやりした声で言った。眼鏡をくいっと上げる所作でいらいらしているのが分かる。智子の恋愛ぎらいは相当で、いつもこうして恵子が恋愛談義を始めると横やりを入れる。
「なんなん、智子さんには関係ないやろ。処女やねんから」
恵子の言葉を聴いて、あたしは大きくため息を吐く。恵子はいつもこのようにして一言多いうえ、だいたい言わなくていい、言っちゃダメなことを口にする。だいたい恵子の余計な一言がゴングで、そこに智子がキレるのが始まりだ。
「なんやねん、死んだらええねん!!」
智子がキレると関西弁が伝染るのも昔から変わらない。聡明な彼女らしくもない、子どもみたいな口上だ。智子は声が低いうえ、キレるといっそうドスの利いた声色になるので、こんな一言の迫力がまたものすごい。このあとは恵子が智子に飛びかかるのがお決まりの流れだ。智子は体格がよくて、恵子はちびなので、恵子が智子得意のプロレス技で組み敷かれる形になるのだが、恵子のほうが気が強いのでわりといい勝負になる。
「……恵子は恋愛のほうはどうなん?」
ババアの前で暴れるのはごめんなので、あたしは必殺のひとことを言ってやった。恵子は智子につけていたガンを外し、とたんにシュンとなり、小さくちぢこまると口を尖らせて言った。
「……うちのことなんか、どうでもええやん。美子、きらいや」
恵子は他人の恋愛には興味を示すくせ、自分のことになると全く口を割らないし、不機嫌を露わにする。恋愛がいちばん嫌いなのはじっさいのところ恵子なんじゃないだろうか。だから彼女の恋愛遍歴はまったく知らないのだけれど、編集者と遠距離恋愛しているらしいというのはバイラルメディアのニュースサイトで読んだ。
あたしたちは、それぞれのやり方で恋愛だとかおとこというものを遠ざけていたと思う。あたしはやりまくってた。智子はまったくやってなかった。恵子はその間ぐらい。彼女の恋愛は、小説と現実のあいだでどちらともつかず揺れ動いてるイメージだ。恵子は小説では恋愛のことをセキララに書くし、他人のことはあばきたてるのに、自分のことはぜったい書かない。あたしたちはみんな恋愛がきらいで、おとこがきらいで、あたしたちはたぶん、そんな自分が嫌いだった。
「……お通夜みたいなムードだな」
智子がぽつりと言って、あたしと恵子は同時にわらった。こんなムードはあたしたちらしくない。ババアが死んだからといって、あたしは怒らないし、智子は泣かないし、恵子が笑うのはババアのせいじゃない。「とりあえず飲みに行こう」と誰からともなく意見が出て、あたしたちはぎゃあぎゃあ騒ぎながら夜の温泉街に繰り出し、そこらに並ぶ立ちんぼのお姉さんをからかいながら、示し合わせたように居酒屋へ飛び込んだ。あたしたちは仲良しだから、何を食べたいか、何を飲みたいか、あたりまえに分かる。だって、食べられないものも、飲めないものもない。あたしたちは天下無敵の、「ハイスペックシスターズ」だから。
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