第14話 うつろい

 植物園は広い。むやみに探し回るよりはと、ジリアンはまっすぐ案内所に向かい、樹のうろが見たいと相談した。

 スタッフも心得たもので、園内地図に三箇所、印をつけてくれたうえに、二階のレファレンスコーナーに詳しい者がおりますとまで教えてくれた。心配りがありがたい。

 地図に従って歩を進めながら、スマートフォンでうろについて調べた。ウェブサイトによると、樹のうろは、樹皮が剥がれ、内部が腐るなどしてできた穴で、多くの生きものの巣になる、とある。

 いちばん近いうろまで五分ほど歩いた。なるほど、子どもならすっぽり入れそうな大きさで、薄暗さといい降り積もった落ち葉の柔らかさといい、秘密基地の入り口にぴったりだ。

 ネヴァーランドの子どもたちは、確かこんなところに住んでいたのではなかっただろうか。この形状には夢があると思う。実際に頭を突っ込めと言われれば、虫やら汚れやらが気になるから、ファンタジーとしての憧れだ。魔術師がみな大魔法使いとして描かれるのと同じで。

 枯れてはいないのだからまだ樹木と呼べるのだろうが、このうろはもうすっかり樹ではないものに見えた。それでも他者を生かし、想像力の飛翔を助ける存在なのだ。こんなふうにうつろういのちもある。

 「死してなお」や「セカンドライフ」といったふうにしか言い表せぬ己の貧相な発想力が呪わしかった。ドーナツと言ってのけたディディエほどではないにせよ、何かしら自分の言葉で表現したい。

 誰と何を張り合っているのだか、と苦笑しつつも、ジリアンは目を閉じて思い描いた。このうろで眠るリスや小鳥、どんぐり、落ち葉。それらは遠い春を夢見て、霜と雪の冬を越えるのだ。あらたな命を繋ぐために。

「……手のひら」

 ジリアンは呟き、眠るリスを包み込むように手のひらを丸める。

「手がどうかしたの」

「ひゃっ!」

 突然の声に驚いて、魔力が弾けた。目の前が光って、落ち葉が舞い上がる。空想のリスは消え、暖かな寝床も霧散した。中途半端に発動した魔法があちこちで渦を巻き、梢を揺らしている。恐る恐る振り向くと、ディディエが赤い目を見開いていた。

「びっくりした……! 今のがお姉さんの魔法? 何の魔法? ていうか、まだいたんだね。植物園に入っていったのはちらっと見えたんだけど、出てくのは見てないから、もしかしたら会えるかなって思って。……あっ、こういうこと言うと怖いね、ごめん」

「いえ……大丈夫です。慣れてます」

 最後の一言は余計だった。彼はドーナツ屋の格好のまま、左の眉だけを上げた。

「やっぱあるのか。おれみたいなドーナツ屋さんでもあるものなあ、学生さんだったんならそりゃあ、そうだよね」

 自慢でも嫌味でもなく淡々と放たれた言葉には、天候不順を憂うのに似た響きがあった。傾いた陽に白い髪が輝いて眩しいほどだが、赤い眼は暗く陰っている。

「……でも、いまは大丈夫です。ノエルはすごく良くしてくださるので」

 ディディエは一瞬だけ口ごもり、あのさ、と言葉を継いだ。シャツの左襟には今日も、ツバメのブローチが留まっている。

「ノエルって、ノエル・アイアソン? 獣人の指揮者?」

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