第11話 栞

 歌う花づくりは難航していた。ノエルの要求が漠然としすぎていることと、ジリアンの興味の薄い分野だったことが重なり、全体像が思い描けずにいる。

「歌うんですからつまり、誰かに宛てたメッセージですよね。どういった形で贈られるのを想定していますか。種のままとか、鉢植えとか、花束とか、花畑とか。『歌』って言えば一言ですけど、花の種類によって同じ歌を歌うのか……つまり、チューリップならすべてのチューリップが同じ歌を歌うのか、個体によって違う歌を歌うのかで全然違います。花が咲いているうちはずっと歌い続けるのかとか、好きにオンオフできるのか……場合によっては、花じゃなくて土に魔術をかけた方がいいかもしれません」

 ノエルが作った「歌う花の種」は、元々は園芸店で買い求めたものだという。種に込められた魔法が正しく機能するかは咲かせてみないとわからないので、生長を促進する魔術を試しているが、古いものだからか、はたまた種に込められた魔法のせいか、効きが悪く、まだ花を見ていない。

 植物には発声のための器官がないから、「録音」したものを「再生」するかたちになるだろう。歌う花を必要としているのが魔術師でないなら、魔術師の立ち会いなく「録音」できて(いつの段階で「録音」するのか?)、魔術の関与なく花が咲き、手軽に「再生」されるよう、綿密に魔術を組み立てなければならない。完全に手詰まりだった。

 このままでは新種創造の罪になど掠りもしないだろう。いいのか悪いのか、わかったものではない。ICレコーダではだめなのか、とぜんぶ放り投げたい気持ちにかられる。

「……魔術とは、意外に融通の利かないものなんですねえ。私はもっと、何でもできる万能の力かと思っていたのですが」

 ぽつりと零れた一言が、きっとかれの本音なのだろう。いや、畑違いなのだから、誤解があってもしかたない。大切なのはどう修正し、実現させるかだ。今の段階で思い込みが判明して良かったとも言える。

「そりゃあ……何でもできる魔術師がいないとは言いませんが、魔術も魔法も、効果は使い方次第ですから、解決すべき問題は山積みですけど、歌う花を作り出すこと自体は、僕の力でもたぶんできます。でも、その花を必要な方に届けるのは魔法の力が及ばない分野の話ですよ。種を採取して、絶えないようにしなきゃなりませんし、事業にするなら、法律やお商売に詳しい方に相談すべきです」

 ノエルはぽかんと口を開いた。歌う花を作ったその先をまったく想定していなかったようだ。行きつ戻りつしていた本のページがそよ風にはためき、楓の葉の栞がはらりと床に舞い落ちた。

「そうですね、その通りです。でも……私はそれほどおおごとにするつもりはなくて……いや、言い訳はいけませんね、考えが至りませんでした。歌う花を作れば勝手に増えて、勝手に広まってゆくものだと、安易に考えていました。だめですね……最初からやり直さなくてはならないかもしれません。すみません、ジリアン。こんなに親身になってくれているのに、リセットだなんて」

「いえ。僕で良ければいくらでもお力添えします。気分転換にお茶にしましょう」

 ノエルは、しょげてはいたが、歌う花を諦めてはいないらしい。窓の外に視線を遣って、思索に耽っている。歌う花を贈りたい誰かがいるのだろうか。

 自分なら、誰に贈りたいだろう。誰から贈られたいだろう。

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