第46話 理由

     ◆


 道の途中でどうにか状況を整理できた。

 しかし分からないのは、オリカミ家に嫁いだのが、タキか、それともイトかだ。

 そこを確認するが、知らんなぁ、という返事だった。

 それにカガはもっと気になることがあるようだ。

「昨日の昼間、畑で仲間と仕事をしていると、オリカミ家の手のものがやってきてな、剣士を探していると言っていた。ここには来なかったと言っておいたし、ついでに村とオリカミ家の関係を知らないのか、と脅してやったよ」

 そうですか、としか言えないところに、肩越しに髭面の若者が答える。

「そのオリカミ家の奴が逃げ帰るところを捕まえ、無理くりに話を聞くと、イチキで斬り合いがあったと言っていた。こいつはスマのことだな、とわかったわけだが、放っておいたぞ」

「助けていただいたようで、申し訳なく思います」

「なら酒をもう一杯、貰おうかな」

「一杯と決められているのでは?」

「一杯も二杯も同じさ、大きな器で飲んだと思えば、一杯だろ」

 詭弁というか、拙すぎる言い訳だが、それくらいは確かに許されるだろうと思えた。

「イチキで揉め事でも起こしたか?」

「揉め事といえば、揉め事ですね」

「女か?」

「男も女もです。とにかく、すべてが入り組んでいて、簡単には説明できません」

 そうかね、とカガが頷く。その表情に冷ややかなものが浮かぶ。

「入り組んだ事情で、人を殺したわけだ」

 剣士ではないものは、そう思うのが当然。

 人は殺し合うものではなく、助け合うものだからだ。

 剣士というものが、道理を外れているのだ。

「そうしなければ、私はここにはいません」

「そりゃそうだ。自分のために殺した、ということか」

「それは……」

 素朴な言葉に答えることはできる。自分のために殺したからだ。

 ただその理屈を考えると、逆転する要素もある。

 他人が使う、未熟な剣術を消し去ったのは、誰のためだろう。

 弱者に、お前は弱いと直接、剣をもって教えたことになる。

 命が消えてしまうが、それは身の程を教えただけのこと。それは親切ではないにしても、相手のためだった可能性が皆無だろうか。

 いずれは誰かに殺されるのを、今に早めたという視点。

 狂っているだろうか。

 そしてそんな風に弱者を淘汰することで、この世界にはより優れた、より強いものが生き残っていく。それは技術の向上と捉えれば、弱者を切ることが、剣術のためになってしまう。

 いったい、誰のために、何のために剣を振るっているのだろう。

 大きなものなど目に入らないまま剣を振るい、しかし全てが終われば、大きな視界の中で自分の正当さを守ろうとする?

 愚か。異常だ。

「自分のために切った、そう言わなくてはいけません」

 そう答えると、不思議そうにカガがこちらを振り返って見た。

「誰のために、そう言わなくちゃいけないんだ?」

「自分のため、そして切った相手のためです」

 わからんなぁ、と呟いて、カガは前に向き直った。そしてまた鼻歌が聞こえ始めた。

 日が昇り、それでも町は見えないまま、歩き続ける。

 だいぶ日が高くなって、やっと町に辿り着いた。人が多いが、イチキほどではない。

 市の一角に野菜を広げていると、顔役らしい男性がやってきて、カガが話をして銭を渡していた。二人ともが笑っていて、親密そうだ。

 野菜は広げる端から売れていった。大きいのに安い、という内容のことを客は口にする。

 移動していた時間が長かった割に、野菜はあっという間に売り切れた。

「さて、飯だ。いい店がある」

 小さくなった荷物をまとめてカガが背負った。

 どこに連れて行かれるの警戒したけれど、ただの小さな食堂だった。しかも座敷もなく、立ったまま食べるようだ。

 カガが入ると、店主が挨拶をするし、すでに食事をしている客もカガに声をかける。カガが立ち話をしている間、壁に貼られている短冊を確認し、汁物を売っている店のようだと理解した。かなり安い。

 カガがやってきて、店主に「三人前だ」と告げると、威勢のいい返事が返ってくる。と、すぐに器が二つ出てきた。器と言っても、片方は茶碗、片方はどんぶりだ。中身は同じらしい。

 食え食え、と促され、茶碗の方を手に取り、箸で中身をかき混ぜる。小麦粉の粉を練ったものと、あとは細かく切った野菜だ。

 どんぶりを持ち上げたカガは、まるで吸い込むように汁を飲み込んでいく。ものすごい食べっぷりだった。最近、みんな上品に食事をするばかりだったので、こういう粗雑さが懐かしい。それに粗雑な方が、気を使わなくて楽だ。

「親父さん、酒をおくれよ」

 さっさと汁を片付けたカガがそういうと、店主が「一杯な」と言って、すぐに小さな器で酒を出してくる。

 それを舐めるように飲むカガに見守られて、どうにか茶碗の中身を食べた。やっぱりこういう食事も好きだな、と思っているところで、ぐっとカガが酒を飲み干した。

「親父さん、もう一杯だ」

「さっき出しただろう」

 店主が嫌な顔をするのに、こいつが飲むんだ、とこちらを指差すカガに、勘弁してくれよ、と店主は難色を示したが、諦めたようですぐに酒が出てくる。もちろん、カガの目の前ではなく、こちらの前に置かれる。

「腹がいっぱいだから、代わりに飲んでください」

 誰に対する言い訳かもわからないことを口にすると、ニコニコと笑って、勢いよく器をひったくったカガは酒をいっぺんに飲み干した。

 勢いよく空にした器を台において、まだ飲むよな? と、カガがこちらを見る。店主に「酒を」と言うと、もう店主はなにも言わず、それでも首を振りながら器に酒を注いだ。

 当然のようにそれをカガが飲み干し、ごちそうさん! と店主に大きすぎる声を発した。こちらが恥ずかしいので、一礼で済ませておく。そしてカガが銭を台に置いておく。

 店を出ると、さて、とカガがこちらを見た。

「スマ、お前はこれからどうする?」

 それは大きな問題だった。

 先へしか進めないのに、常に背後が気になって、戻りたくなるからだ。

 しかし、旅をやめるつもりはない。



(続く)

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