18.いずれ英雄と呼ばれる旅人は一人の戦姫に恋をする 藤原 司さん作

「うーん、うーん、うぅぅうん……」

「どうした、拓也。腹でも痛いのか?」

「違うわ!」

 キッチンを借りて何やら作っている啓馬は呑気な声で話しかけてきたが、もちろん違う。腹というより頭が痛い。

 今日も今日とて俺はパソコンの前に居る。もちろん、最近は連載作の三章もスタートし、なんと嬉しい事にファン(仮)らしき人もちらほら出始めた。まぁ分からないんだけど、たまたま覗いただけかもしんないけど、それでも人が毎日覗いているのを数字で見るのは嬉しいもんだ。俺の下手くそ加減を笑うためとしても閲覧者は閲覧者である。

(次の展開は……こうして、あぁして……)「あっ――」

 何回か上書き保存をクリックしていて、取り返しが付かないと気づいた時には……もう遅かった。


「――あぁぁぁあぁっ!!! やっちまった!!!」


 パソコンのファイルをクリックして開き直しても、やっぱりあるはずの文章が綺麗さっぱり無くなっていた。脱力して溜息混じりに机へ突っ伏す俺に、啓馬が何やら皿を持って来てパソコンを覗きこむ。

「なんだ、データ飛んだ?」

「仮案をまとめたやつに上書きしちまった……あーっ、クソッ! 途中まで展開を書いたメモが……あぁっ!!」

「どうせお前、アップロードした後も修正しまくるんだから良いじゃん」

「よくないぃ……あぁ……書き直しがめんどくさい……」

「色々とバラけて整理しないからだろ……まっ、息抜きしろよ、ほら」

 啓馬が持ってきた皿の上には焼き立てのブラウニーがいくつも並んでいた。弁当におかずを入れるカップらしきものに小さなチョコレートケーキが並んでいる。甘い匂いがして美味そうだ。手に取るとほんのり温かい。口に含めば、アーモンドでも入っているのかサクサクと心地いい音と食感がする。素直に言おう。美味い。

「悔しいが美味い……」

「これ結構簡単に作れるんだぞ、今度教えてやるよ」

「いいよ、別に……。あぁ、くそー……どうしてやっちまったんだ俺……!!」

 小さいせいでどんどん口に含んでは飲み込んでしまう。啓馬は珍しくゆっくりと食べている。この大食漢の甘党が、こんなデザートをみすみす他人に譲ると思えなくて、カップの空を積もらせながら俺はふと考えた。

「……お前食わないのか?」

「あぁ、今おかわり焼いてるんだよ。俺はそっち食うから」

「いつの間に……」

「って訳で、だ――待ってる間、レビューしようぜ。息抜きもかねて」

「やっぱそうだよな、うん」

 隙間時間も隙間時間で、中々考える事が多い。まぁ切り替えて、今回は違う人の作品でも眺めてみよう。


 今日レビューする作品は、藤原 司さん作、「いずれ英雄と呼ばれる旅人は一人の戦姫に恋をする」だ。



「で、感想は?」

 今日も今日とて自分家のごとく茶を入れて啜っている啓馬がそう尋ねてきた。

「うーん、隙間が多すぎるかなぁ……」

「ありゃ、それ最近よく聞くな?」


「いやぁ……前も書いたけど隙間っていうのはバランス調整をしないと『過剰包装』と同じで親切通り越して不親切な文体になりかねないんだ。それでいて、この小説は全体的に一行で区切って縦に長い文体を作ってるからスクロールのめんどくささもプラスして、俺はこの段階で前も書いたが『世界に入り込む没入感』が消える」

「つまり?」

「3話の10400字まで読んでなんだが、『気合入れて読まないと駄目』な時点で俺はギブアップしちまうかな……しかも台詞と台詞の間の文字もかなり少ない。背景描写もないから、せめて長い文字が間に何個かあれば違ったかもしれないが、目がしぱしぱするというか疲れる、正直なところ」


「それでも内容は読んだんだろ? ストーリー的なもんはどうだったんだ?」

「えーと、まずこれ外伝らしい。基本的に前作見てからのレビューはしない。量を考えたら不平等だからな。まぁ、あらすじも見なくていいとは書いてあるし『前作を知らない状態』で見た。で、それも踏まえた結果から言ってしまうと割と定番な方かなと思ったな。男が二人で旅をして、旅の途中で戦っている王国の姫であり聖女でもある女を見て、片方が一目惚れして告白した、だが振られる。10000字で描かれてるのが大体このストーリーだった」


「掴みから言えばどうなんだ?」

「会話が軽い調子で序盤からはシリアスめな雰囲気は感じられないから……文体を整えればさっくり読める部類ではあると思うな。世界観の説明も、伝説を巡る戦争の話とだけ抑えられてるから……勢いはハッキリ言えば無いと思う」


「急展開的な要素あると思うのに?」

「っていうのも、文体のせいでテンポが削がれてるから、隙間は本来インパクトを付けるために開ける意味もあると思うのに、急展開が急展開にあまり見えない。序盤も姫に告白するところだけ目立たせるように開けたら少しインパクトが出るのになぁ……と思ったかな。とにかく文章が平坦に見えるんだ」


「んー、ここまで結構手厳しいけど、いいところはないのか?」

「さっきも書いたが会話のテンポとか軽めなストーリーが見たい、ドタバタ感のあるファンタジーを読みたい人には文体さえ整ってたら良いんじゃないかな。一目惚れから始まる男と、その相棒のストーリーがどうなるのか? ってところで終わったからな。キャラは悪くないし、設定が王道なだけにそこで受け入れられないって人は居なさそうな気はするな……。俺としてはこんなもんかな」



 ――その時、キッチンの方から「チーン」と鈴が鳴るような電子音が響いた。


「おっ、丁度焼けたじゃん」

 レビューもキリが良いところだ。甘い芳ばしい香りが部屋を漂い始め、啓馬がどこか忙しなく立ち上がる。俺に多く譲ってくれるらしいブラウニーは冷めても中々に美味い。結構簡単と啓馬は言っていたものの、菓子料理の簡単は大体俺にとっちゃ高難易度なのでレシピを聞いてもあまり作れる気はしないが。

(まぁ、失敗に懲りず、続けていけばミスも減るだろう……)

 そう考えながら、俺はまたカップを1つ空にしていった。美味い。感慨深さも覚えようとしていたところで、足音が近づいてきた。

「よーし、食うぞー!」

「そんな気合入れるもんでも……」


 そう言って啓馬が持ってきた皿の上には――


「待て……なんだその量!?」

「ん?」

 啓馬が不思議そうな顔をしていたが、皿の上には小山が出来上がっていた。10個や20個の量じゃない。なんていうか、少しでも手元がぶれたら転がり落ちそうなくらいの量がある。

「あぁ、ほら、オーブン温まってたから焼く時間が短縮出来てさ」

「いやいや違う違う、人ん家でどんだけ食う気だよお前!」

「だって拓也のとこバターがいっつも余ってるからさぁ」

「お前使ったのかよ!?」

「もったいねーもん、牛乳もバターも余らせて小麦粉も全然減ってないし?」

「家主に黙って使うな!」

「腐るより良いだろ。余った分は冷蔵庫入れといてやるよ。結構保存効くし、合間に食うこいつは美味いぞー」

 果たしてこいつ相手にその小山が崩れ去らない保証はあるんだろうか……俺は買い足さなきゃいけない材料のことを考えながら、出来るだけ食ってやろうとまた新しいブラウニーに食らいついた。

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