レモン色の風に吹かれて

みかんの木

レモン色の風に吹かれて

~未玖~

---チーチロリ、チーチロリ、チーチロリ

「美玖、朝ごはんできたわよ〜?」

あー、眠い。まったく、朝からなんだっていうんだ。ツバメも、母親も。だから田舎は大嫌い。あーあ、東京に行きた。そう、それはもう叶わぬ夢なのだけど…


いつ頃からだろうか、私はこの町が無性に嫌いになった。なにか特別なキッカケがあったわけではない。でもなんだかムシャクシャして、こんな町出ていってやると心に決めた。中学校はもう地元の学校に決まってたから、高校で東京に行く。東京で一人暮らしするんだ。そう意気込んだ。決めたら最後まで突き進むタイプの私は、親も学校の先生も一年かけて説得して、東京の高校の入試を受けることになった。張り切りすぎていた。一ヶ月間くらい、ろくに寝ずに勉強していた。そして迎えた入試の日。

私は熱を出した。


結局、受けることすらできず、私は滑り止めで受けていた地元の高校に行った。親は悲しんでくれるかな、って思ったけど、金銭的にも、落ちてくれたほうが良かったみたい。なんちゃってね、知らないけど。あーあ、こんなんだったら中卒のほうがよかったよ。


「いってきます!」

今日も私は、代わり映えのしない農道を自転車で駆け抜ける。ふわっと香るレモン。今はちょうどレモンの季節。木から、我先にと落ちそうな勢いで生っている。その中でも、一際大きな木が、こちらを見るように生えている。ここはレモンの名産地なのだ。都会だと、レモンの香りは好まれて、色々な製品に使われるらしいけど、その爽やかな香りすら、今は鬱陶しい。

「よっ。おい未玖、待てよー。」

後ろから自転車に勝る速さで走ってくる奴がいる。こんな事する奴はあいつしかいない。

「颯汰、何?うざいんだけど。用がないならあっち行ってくんないかな?」

「ひいえええ、未玖様、怖ぁい。」

そう、颯汰。私の幼馴染。怖ぁい、とかいう割には会うたび会うたび話しかけてくる。何なの、ほんと。東京に行けば、あいつとも離れられたのに。


「おはよ。」

学校に着き、すれ違ったクラスメイトにボソッと挨拶をする。小さい頃から住んでいた割には親友と呼べる友達は誰もいない。悔しいけれど、幼馴染だって颯汰しかいない。いわゆる陰キャ、ってやつ。私は黙って席に着く。

「よっ。」

またかよ。ていうかこいつ私にばっかり絡んでくるけど友達いないのかな。なんて、友達のいない私が言えたことじゃないけど。大体、こいつに友達がいようがいまいが私には関係ないし。

「なんで私にばっかり絡んでくるの?もっと話してて楽しい人のところ行けばいい

じゃん。」

「あ、確かに。お前といても楽しくなかったわ。」

何があ、確かになの?本当にムカつくんだけど。とか思っているうちに、朝礼が始まった。

また、退屈な一日が始まる。


---ガヤガヤざわざわ

学校が終わると、みんな思い思いの話をしながら帰る。あの先生がウザイとか、ナニナニちゃんもナニナニ君のこと好きらしいよ、とか。そんな他愛もない話だ。


そんな喧噪の中を 一人で歩く帰り道、ふと、いつも絡んでくる颯汰が絡んでこないことに気が付いた。どうしたんだろ。いつも絡んでくるから一周まわって心配になる。って、あれ?私なんで颯太のこと気にしてるんだろう、あいつなんかどうでもいいのに。どうでもいいはずなのに。


本当は薄々自分の気持ちに気がついていた。でも…

「そんなはずない、だってウザいもん。そんなはずないよ。」

誰にも聞こえない声で、虚空に向かって一人呟く。そんなはずない。そんなはずない。



~颯太~

何であいつはあんなに鈍感なんだ?

布団に寝転がって、天井のシミを数える。1つ、2つ、3つ…

いつからか、未玖を意識するようになった。陰気だけど、可愛いところも沢山ある。やがてその気持ちは抑えられなくなった。でも、俺のことが嫌いであろう未玖に告白なんかすれば、辛うじて友達の関係を保っているのに、友達ですらなくなってしまうかもしれない。


そこで俺は考えた。未玖が気づくまでの恋だ、気づかれたらおしまいだ、そう割り切ればいいんじゃないかと。直ぐに告白するよりは、長く友達でいられるだろう。それしか方法がなかった。勘付かれたらおしまい。恋は、するだけでも充分楽しいのだ。と覚悟を決めたのに、、、

「なんで気づかねえんだよぉぉぉ!」

今日なんて、やけくそになって奇声をあげながら(心の中で)帰ってきたら、とうとう未玖に声をかけるのを忘れた。あ〜、俺、なにやってんだよ。

そもそも、勇気がなくて告白出来ない俺が悪いんだけど。はあ、弱っちいな、俺。

ふと手に取ったスマホで、yohoo知恵袋をひらく。相談、してみようかな。

『高校一年生男子です。好きな女の子がいます。告白は、どのタイミングでするのがベストですか?よろしくお願いします。』

そんなに深い説明は要らないだろう。告白はどのタイミングでするのがいいのか教えてくれればそれでいい。頼むっ。投稿してスマホを閉じたが、不安と緊張でなかなか寝付けない。しかたなく、全く興味のないドロドロ不倫の深夜ドラマを一晩中みた。


次の日の朝。まだ脳内に残るドロドロ不倫ドラマのキスシーンを頭から抹消しつつ、俺は寝むい目をこすってスマホを取る。通知が来ていた。

「おおっ!」

一瞬にしてはっきりと目が覚めた俺は、恐る恐る開く。きっと告白成功の論理とかいって、詳しく説明してくれているに違いない。


『今日しましょう。成功するかどうかは…あなた次第です レモン』


、、、は?

このレモンって人、絶対面白がってるだろ。まあ、所詮ネット。ろくな答えが返ってこないこともあることは知っていたけど。まさか一言だとは。まあいい、これも何かの縁だし、この人の言う通り今日やろう。よし。決めた。絶対に今日やるんだ。やってやる。


急いで家を飛び出した。全速力で駆ける俺の頬が、レモン色に色づく。

ほんの少し先に、レモンの木をぼーっと眺めている奴がいる。あの後ろ姿は未玖だ。なにやってんだあいつ。とりあえず声をかける。

「よっ。」

ビクッ、と未玖が振り返る。

「なんだ颯太か。何、なんか用?そんなに息切らしてまで追いかけて来なくていい

から。」

「そっちこそ、話しかけただけなのになんでそんなに驚くんだよ。」

「何でもいいでしょ?颯太には関係ない。」

「あっそ。」

俺の言葉を最後に、俺たちの間に沈黙が走る。やっちまった。

「と、とりあえず、、、えっと、、、」

ふう、と、俺は大きく息を吸う。レモン色の風が、口の中に溢れる。

「放課後、話したいことがある。この木の下で待ってて。」



~???~

「ねえ、覚えてる?」

少女が、木を見上げてそう尋ねる。

「何を?」

「ほら、一年前、ここで。」

「あー、、、」

少年は、頬を赤らめて黙りこくる。すると、少女が、ふふっ、と笑う。

「なに黙ってんの?覚えてるでしょ?」

「ん、まあ、、、」

「私ね?」

少女は少年がたじたじしていることなんか知らないふりをして話を切り出す。

「前は、この街が大嫌いだったの。でも、今は好き。この田舎臭い農道も、レモンの香りも。なんでだと思う?」

「なんでって、好きになっただけじゃねーの?なんでもクソもないだろ。」

「違うよ?」

と少女が言う。

「あんたのおかげだよ。」

「えっ?」

「なんちゃってね〜。」

「おい!そこは認めろよ!」

あはははは、と笑いあう二人の背中を押すように、レモン色の風で二人を包み込む。


今日も退屈で楽しい一日が始まる。


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