第二十三話 〜泥死合〜

「ふにゃ!?」


 すでにミーヤの尾骨から生え出ていた尻尾が、ピンと伸びて真っ直ぐになった。

 その背筋にザワザワとネコの毛が生え立つ。

 言われた言葉を理解するより早く、身体が戦闘形態へと移行する。


「マジにゃ!?」


 本当に勝てるのか――?

 エランド男とロンの姿を交互に見つつ、眼を白黒させてミーヤは言う。


「ああ、大マジだ。一緒に戦ってくれ……!」

「にゃっはあっ!?」


 ミーヤの瞳がこれでもかと見開かれた。


 一緒に戦ってくれ――。


 どうやらその言葉を、ある種の告白と受け止めたらしい。


「俺はまだ死ぬ気はねえ!」

「にゃわわわ……!」


 瞳の奥に星が瞬き、顔が沸騰したように赤くなる。

 にょきにょきと成長を始めた糸切り歯をむき出しにし、急激に高揚していく気持ちを吐き出すようにして、ミーヤは叫ぶ。


「ふに”ゃあああ”あ”あ”あああー!」


 直後、少女の身を覆っていたワンピースが引き裂かれ、その下から茶虎の毛に覆われた肢体が飛び出した。

 その頭は猫そのもの。

 全身にみなぎる躍動感は、女豹のそれを彷彿とさせる。


 身体の柔らかさと機敏な動き。

 それらについては他の追随を許さぬ、ネコの獣人の誕生だ。


「……そういやその格好」


 しかし、一つ問題が。


「初めてみるな」

「すっぽんぽんになるから恥ずかしいのにゃ!」


 どういうわけか、ネコ系の獣面を被って獣人化すると、服がなくなってしまうのである。

 故に猫館の住民は、滅多なことでは獣人にならない。


「毛が生えてるから大丈夫だろ」

「そういう問題じゃないにゃあー!」


 なにはともあれ、これで2対1である。

 ルーリックの戦闘力指数は260。

 対してロンは130、ネコのミーヤは30。

 ロンは自分が二人居ればと思わずにはいられなかった。


 戦闘力指数の算出については、長年にわたるデータの蓄積があり、なおかつ無数の評定者によって審査されてきた。

 故にこの値はかなりの信用がおける。

 ロンが二人いれば、その戦闘力指数の合計は260となり、エランドと五分になるのだ。


 だからロンは強くイメージした。

 ミーヤをもう一人の自分と見なすことを。


「ミーヤ、お前は常に相手の後ろをとれ。そして俺と同じ動きをしろ」

「同じ動きにゃ?」

「俺が距離を取ったらお前も取れ。俺が攻撃をしかけたら同じようにそうするんだ」

「わかったにゃ!」


 多くの情報が瞬時に交わされる。

 ミーヤは頷くと、相手の様子を伺いながら、そろそろと側面に回りこんでいった。


「アンナ小娘ニ何ガ出来ル?」

「……あんまりネコを舐めないほうがいいぜ?」


 ロンはミーヤとは反対の方向にステップを踏むと、ルーリックがミーヤに対して背を向けるように位置を調整した。


「デハ試シテミヨウカ!」


 直後、10mはあった間合いを、たった一歩で詰めてきた。

 そして叩き潰すような左拳の一撃。

 ロンは本来ならば最も行ってはならない、跳躍による回避を行った。


「馬鹿メ!」


 空中にいるロンを串刺しにするように、大砲のような右アッパーが飛んでくる。

 だがその直前、ルーリックの右肩にミーヤのドロップキックが突き刺さった。


「ムッ!?」


 絶妙なタイミングで拳が反れ、ロンの胸板を削るようにして通り過ぎていく。

 ロンは辛うじて着地すると、がら空きになっているボディに渾身の拳を打ち込んだ。


 ドムンッという分厚い筋肉の弾力。

 まるで効いてないことを確かめてから、ロンは素早くバックステップ、ミーヤも同じく距離を取った。


「ネコは器用なんだよ」

「……ソウ何度モ上手クイクモノカ!」


 次にルーリックは、先ほどよりも慎重に間合いを詰めて、ローキックを打ち込んできた。

 通常であれば地味な攻撃である。


 しかし、身の丈3mの体格から繰り出されるローは、もはやローではない。

 空から巨木が降ってくるようなものだ。

 ガードは無意味なのでかわすしかない、ロンは瞬時にオオカミに変化すると、鋭く前方に踏み出した。


「――ム!?」


 大胆にも、相手の股下に滑り込む。

 ロンと対称の動きをしているミーヤも当然目の前にいた。


「ミーヤ!」


 お前が上だ――。

 目線でそう合図を送り、ロンは男の股下、金的めがけて飛び上がった。


「フン!!」


 当然ルーリックは、それを迎撃すべく拳を振り下ろしてくる。

 攻防一体の打ち下ろしを削るように回避して、ロンは飛び上がったままボディーブローを見舞う。


 まったく効いていないが、それでもルーリックの注意はロンに集中する。

 指示通り飛び上がっていたミーヤが、すかさずルーリックの首筋に爪を振り下ろした。


――シャキン!


「ヌウッ!?」


 僅かに獣毛が飛び散り、かすり傷が生じる。

 有効打とはけして言えない一撃だが、少なくともそのダメージは0ではなかった。


 ロンはすかさず後退する。

 それに合わせて、ミーヤもルーリックの身体を蹴って遠くに飛んだ。


 ぴったりと息の合った鏡合わせの攻撃。

 ようやくルーリックはロン達の意図に気づいた。


「貴様ラ……」


 もとより二人に『勝つ気』はないのだった。

 ただひたすらに決着の瞬間ときを先延ばしにする。

 二人は、三日でも四日でもこの作業を繰り返すつもりでいた。


「ようやくお気づきかい?」


 そう言ってロンは不敵に笑った。

 ルーリックにとってロン達を殺すことは、やってもやらなくても、どちらでも良いこと。

 対してロン達の方には命がかかっている。

 戦い続けることのモチベーションにおいては、圧倒的に勝っているのだった。


 とにかく負けない――。


 サヴァナにおいては、ただそれだけで勝利となりうる。


「さて……」


 怒りに震えるルーリックに、ロンは勝ち誇るように宣言した。


泥死合どろじあいだぜ!」

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