巨人大鵬卵焼きだと思ったら逮捕逮捕逮捕で牢屋でした

(う、動きづらい……)


衣装を着替える間も無かった。

後ろ手に拘束され、犬の散歩をしているかのように、

智太は盗賊たちと一緒に縄で引きずられるように歩いている。

飼い主は、馬に乗った推定女騎士。

頭部はアーメットヘルムによってすっぽりと覆われており、

そこから下は手足の指先まで分厚い白銀の鎧に包まれているために、

その外見から中身を推し量ることは出来ない。



「畜生……」

ボソリと智太が呟く。

盗賊たちが小さく悲鳴を漏らす。

「チクショー」は何らかの殺戮儀式を完成させる最後の詠唱、

盗賊たちはそう認識していたし、実際そこまでは間違ってはいなかった。


ただ、コウメ太夫を知らない異世界人をコウメ太夫で笑わせる難しさを考えれば、

それは、敵に一切の害をもたらすことの出来ない、

味方を殺し続ける儀式に過ぎなかった。


「おい、騒ぐなよ。盗賊共と……呪術師」

「はい」


白く塗られた顔、結われた髪型のカツラ、異国の服装、

異世界人でなくとも、それに対する知識を持たなければ、

その外見からお笑い芸人であることを推測することは不可能だっただろう。

いや、事前知識があったとしても、

子供の頃に見るピエロのような拭い難い恐怖感が、

その白塗りの顔に対して発生してしまう可能性は否めない。


さらに根本的な問題として、智太は芸人でもなんでもない一般的な高校生である。

コウメ太夫という知名度に頼らずに笑わせようとしても、

そもそも相手を笑わせるという行為に対する経験値がない。


その上、相手が笑った場合、手加減も出来ずに相手は死ぬ。

あらゆる要素において、智太はどうしようもなさを感じていた。


「あのー……すいません」

おずおずと、智太は女騎士に尋ねる。

「騒ぐな、と言ったはずだが」

女騎士の氷よりも冷たく、刃よりも鋭かった。

だが、これだけは聞いておかなければならない。

「いや、俺ってどうなるんですかね……?」

「処刑だな」

「俺、殺されるんですか!?」

予想していなかったと言えば、嘘になる。

だが、想像することと実際に聞くことは違う。

もやもやとした可能性だったものは、

今、はっきりとした形を取り、智太の首に死の刃を突きつけていた。


「そりゃ……お前……そうだろ……」

「呪術で連れを殺してんだぞ……」

「怖いよ……こいつと一緒に連行されたくないよ……」

「ヒィィィィィィィィィィ!!!!!!!」


そして、盗賊たちは恐怖した。

盗賊たちは元は孤児の集まりである。

罪を罪と知りながらも、今日という日を生きるために悪事に手を染め続けてきた。

だが、白塗りの若い男は――自身の罪を罪であるとすら認識していない。


自警団に追われ、傭兵に追われ、獣に追われ、

あらゆる者を敵に回した自覚がある――しかし、盗賊たちに恐怖はなかった。


だが、今は違う。

理由無く仲間を呪い殺し、それを罪とすら認識しない、悪を超えた純粋悪。

自分たちを遥かに超えた悪人――智太に彼らは恐怖しているのだ。


「命を何だと思っているんだ!?」

「恥を知れ!恥を!」

「お、お母さん……た、助けてよ……」

「ヒィィィィィィィィィィ!!!!!!!」

「静かにしろ!盗賊共!呪術師!」

「……畜生!」


先程まで命を狙われていた盗賊に、本気で恐怖されている。

なんなら倫理的な叱責まで受けている。

かと言って、何かが出来るわけでもない。

ただ、オチにもならない言葉を吐き捨てるのみであった。


そのようなやり取りを行いながら、数時間ほど歩いただろうか。

月の明かりすらも照らしきれないほどの闇を、女騎士が松明の明かりで切り裂く頃、

ようやく、彼ら罪人一行は連行されるべき街に到着したのである。


街は暗く沈んでいた。

街灯が無いのは当然のことだが、それを除いても街に明かりは無い。

燃料を惜しんでいるのか、

それにしたって篝火ぐらいはたいて良いのではないかと智太は思う。


草原と違って、ただまっすぐに進むだけというわけにはいかない。

だが、何度も通った道なのだろう。

女騎士は松明だけを頼りに、淀みなく目的地へと彼らをいざなった。


さほど大きくもない、整備もされていないような建物である。

松明の火に照らされた看板が、その場所の名を告げる。

「ハルスラ……聖騎士団詰所……?」

「餓鬼……その字が読めるのか?」

「あっ?あぁ……」

(この世界だと識字率が低いのか?

 それとも、何かしらの古代文字とか?

 どっちにしても、字まで翻訳されるのは助かったな……)


「こんな汚い字読めたもんじゃねぇぞ」

「な……なんだと!?」

アーメットヘルムに覆われた、そのかんばせを伺うことは出来ない。

だが、その震える声が怒りを表しているのは、明らかであった。

「この私が書いたんだぞ!!この私が直々に!!

 下手じゃない!上手!!私は文武両道なの!!」

鎧の隙間から怒りの蒸気が漏れんばかりの有様だった。

ぷんすこと怒りながら、それでも馬をつなぐと、

足取りは淀みなく、智太達をハルスラ聖騎士団詰所へと連行していく。


掃除が行き届いていないのか。どこか埃っぽい場所である。

天井には蜘蛛の巣があり、地球では見たことのないような蝶を捕食していた。

一階はちょっとした事務所と、その奥に仮眠室があるらしい。

だが、罪人である智太たちは当然一階に用件はない。


智太を先頭に、地下へ続く階段を粛々と降りていく。

光のない地下に、彼らの足取りは夜の闇よりもさらに覚束ない。

どこまでも先の見えない闇のために、階段は永遠に続くように思われたが、

実際は3分ほどかけて降りきることが出来た。


そして、拘束を解かれぬままに一つの牢獄に、5人まとめて放り込まれたのである。


「出せ!出してくれ!」

「こんなやばいヤツと一緒にしないでくれ!」

「呪い殺されちゃうよ!」

「ヒィィィィィィィィィィ!!!!!!!」

盗賊の4人が鉄格子に張り付いて、女騎士に訴えかける。

「駄目だな、とりあえず今日はそこでおとなしくしてろ」

取り付く島もないとは、この瞬間のために作られた言葉ではないか、

そう思わせるほどに、女騎士の言葉は冷徹であった。

あらゆる全てを持たざる者が神に縋りつくような切なる祈りを、

一瞬にして切り捨ててみせたのである。


「あのー……」

「なんだ?」

「着替えたいんですが」

「駄目だと言っているが?」

「そ、そこをなんとか……!!」


そして、智太である。

白塗りは白塗りのまま、着物は着物のまま、かつらはかつらのまま、

彼を構成する全ての要素がコウメ太夫のまま、何一つとして変わらぬまま、

この牢獄に入れられるまでに歩かされたのである。


せめて、窮屈な衣装を脱ぎたい。

駄目ならば、白塗りだけでもなんとかしたい。

かつらだって蒸れてしょうがない。


「駄目だ!」

「チクショオオオオオオオオオオ!!!!!」

智太が叫び、盗賊たちが怯え、女騎士は動じない、

この場の環境から最も遠いものは笑いであっただろう。


かくして、異世界最初の夜を智太は牢獄で過ごすこととなったのである。


(ね、眠れねぇ……)

とりあえず寝そべってみる。

床は硬く、冷たい。

衣装は窮屈で、頭は蒸れ、顔に付着した白塗りは気になってしょうがない。

なにより、処刑が待ち受けている。


現在、智太は快眠の正反対の状況にある。

ならばと、眠れぬままに、目を閉じていたその時である。


(智太くん?聞こえとる?)


頭の中に、聞き覚えのない女の声が響き渡った。

幻聴か、それほどまでに疲れているのか。


(いや、幻聴やないよ。ザイニーレいうんや、死の女神の眷属!

 今、直で頭の中に語りかけとんのよ)


死の女神の眷属――最早生きている姿を見ることが少ない、彼女たちの仲間である。

それが、テレパシーのようなもので語りかけてくれているらしい。

だが、どうやって返事をすれば良いのか。

例えば、頭の中で念じてみれば――


(ザイニーレ……さん?)

(ザイニーレでええよ、災難やったね。ほんま。

 でも大丈夫やで……明日には助けに行くさかいな)

(明日か……)

(まぁ、はよ助けに行きたいけど、ウチも今徒歩で向かっとるから、

 そこんとこは許してーな、まぁ、そういうことやから……気を強く持ってな!)


どこまでも明るいザイニーレの声は、絶望の闇に注がれた光そのものであった。

ならば、大丈夫だろう。

眠ることは出来ないが、少しは気も休まる。

だが、一つ気にかかることがあった。


(あのザイニーレさん)

(呼び捨てでええって、なに?)

(コウメ太夫で笑いませんよね)

(安心して―な、ウチ、テレビは笑点と座王しか見てへんから、

 そんなコウメ太夫とか聞いたこともない、見たところで絶対に笑わへんわ!)


本当だろうか。

根拠があまりにも弱すぎる。

だが、智太にはザイニーレの言葉を信じるしかなかった。

今、智太はコウメ太夫衣装のままである。


下手すると出会った瞬間にザイニーレは死ぬ。

眠れぬ夜を、異世界で過ごした。

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