転生したと思ったら天才チンパンジーパンパカパンパンパンでした

「この世界に来るまでに8人死んだな……」

「いやぁ、死んだねぇ」


渺茫たる大地が広がっていた。

モンゴルの大草原を思わせる、どこまでも人工物の見えない広大な大地。

そして、智太チタの周囲に転がる7人の死の女神の眷属、

ヨイジューレ、アクキューレ、ワルハチーレ、ゼンナナーレ、

ジャロクーレ、大塩平八郎、フツウシーレ。そして、死の女神であるキノウガルド。

その死体。


ヨイジューレに代わって何人もの死の眷属が智太を異世界に誘わんとしたが、

折角なのでコウメ太夫衣装の智太にネタを要求し、皆、死んだ。

女神も含め、チャンチャカチャンチャンの時点で死んだために、

誰もチクショーに辿り着いたものはいない。


しかし、人生とはそういうものなのかもしれない。

我々の人生もコウメ太夫のチャンチャカチャンチャンのようなもので、

皆が皆人生をわかった気になって、チクショーという真のオチを理解できないのだ。


「なんてことをしてしまったんだ俺は……」

ネタの披露を拒絶すれば暗黒大魔死滅領域という、

どう考えても、地獄の類語としか思えない環境に送られることを考えれば、

コウメ太夫のネタを披露する他になかった。


だが、その結果が築いてしまった死体の山である。

どれほど面白くないようにしても、死の眷属のツボにハマって死ぬのだ。


「……あ、大丈夫だよ。後で生き返るから」

死体の中心で崩れ落ちる智太を慰めてやるのは、死の眷属のセイミーレであった。

タイトなスーツに身を包んだ中性的な少女である。

雪の結晶や、透き通った水、ガラス細工

世界中から集めた透明で美しいものだけで作ったようなかんばせをしていた。

シルク生地の滑らかな感触が、智太の頭を撫ぜる。

太陽は天の頂きにあり暑いぐらいの気候であったが、

顔以外の露出を拒んでいるのか、

スーツのボタンを緩めることはなく、その両手はシルク生地の手袋で覆われている。


「けれど大丈夫、こうやって無事に異世界に来れたからね!

 さぁ智太くん!輝かしい第二の人生の始まりだよ!」

「スタートダッシュで血に滑って転んでるんだよなぁ!?」


後で生き返ると言われても、流石に人の姿をした8人を殺害して、

平然としていられるわけがない。

しかもその上、その自分が殺した死体に囲まれているのだ。

これで、新しい人生を始めようという気にはとてもではないがなれない。


「じゃあこう考えてみたらどうかな?

 智太くんが転生するにあたって、子どもを一人救った……!

 その救った分で君の殺害はチャラ、それでどうだろう!?」

「命に値段を付けるとしても格差社会が壮絶すぎる!!」

「まぁ、どうせ後で生き返るんだから。

 くよくよしないで、新しい人生を楽しもうよ!

 ほら、コウメ太夫で笑った人間を殺す能力!素敵だねぇ!!」

「百歩譲って生き返る人達の死をチャラにしても、

 この能力だと死体を積み重ねることしか出来ないんだよなぁ!?」

「お、罪重ねるだけに!?」

「うるせぇわ!」


大体――と言葉を続けて、智太とセイミーレは目的も定めずに歩き出した。

流石に気分を切り替えれたわけではないが、

かと言って、いつまでも死体の中心にいることも出来ない。

智太は既に、コウメ太夫の衣装を脱ぎ、ジャージに着替えている。


「大体、異世界人ってコウメ太夫見て笑うのかよ」

「そりゃあ……智太くん、舐め過ぎだよ、コウメ太夫を。

 考えてご覧よ、キミの前にコウメ太夫が現れて、

 突然チャンチャカ言い出す……絶対笑っちゃうね!」

「コウメ太夫っていうか、

 チャンチャカチャンチャンに対して無限の信頼を抱き過ぎだろ!!」

「まぁ、なんとかなる!智太くんには死の女神の加護だってついてるんだからね!」

「死の女神、俺が殺してんだよなぁ……」


会話を続けながら、どこまでも続く緑の海を、二人は歩いている。

太陽は徐々に、空に溶け落ちていく。

長く伸びる影は、今日という日の別れを宿主の耳元で告げるために、

必死で背を伸ばしているようだった。


「あっ」

「な……なんだぁてめぇら!?」


夕刻、燃える空の下で智太たちは初めて異世界人に出会った。

4人の男たちである。皆、肌がよく日に灼けていた。

髭を剃る文化がないのか、そもそもとして剃るつもりがないのか、

個人差はあるが、髭は伸びるままに任せていた。

何かから逃げてきたのか、皆が息を荒げ、汗をだらだらと流している。

1人が大きく膨れた白い袋を持っており、残り3人は曲刀を持っている。

いや、持っているだけではない。

その切っ先は、今はっきりと智太に向けられている。


「なるほど……」

4人の男たちの様子を見て、セイミーレが納得するように頷く。

「智太くん、これはおそらく盗賊だ。

 なにかを盗んできて、そして逃げているに違いないよ!」

「いや、あわてんぼうのサンタクロースの可能性もあるだろ!」

(というかサンタクロースであってくれ!)

当然、智太はサンタクロースの可能性があるなどとは微塵も思っていない。

だが、目の前の男たちが犯罪者であるとして、

一般的な男子高校生として過ごしてきた智太には抵抗の手段がない。

更に正確にいえば、丁度良い手段がない。


「あぁ!?俺たちがプレゼントくれる爺に見えるってか?」

ぺろりと、男の一人が曲刀を舐めた。

その曲刀にはべっとりと赤い血が付着している。

「ひぃぃ……!マジの犯罪者!しかも異世界人なのにサンタクロースに詳しい!」

「自動翻訳機能が働いているんだよ、

 廿八世界の固有名詞はその意味を伝えてくれるんだ。

 まぁ、この状況だとただの挑発になっちゃったけどね」

「クソ!!便利かつ無意味な機能!!!」

「こりゃあもう、やるしかないよね!コウメ太夫!」

「いや、話し合いで解決できるかもしれないだろ!!」

セイミーレは期待に目を輝かせ、智太は悲鳴めいて叫ぶ。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!殺してぇぇぇぇぇ!!!!

 中性的な美少女と俺達の知らない世界から来た16ぐらいの餓鬼を

 殺してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

「話通じねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!」

「超ピンポイントだよ、こりゃもう積極的に正当防衛するしかないね」


(や、やるしかないのか……!?)


悪人であろうと、誰であろうと助けるべき――

智太はそのような博愛主義者ではない。

だからといって、

現代日本の倫理観で過ごしてきた智太がいきなり人を殺せるわけがない。


ちらりと隣を見る。

セイミーレは愉快げに、現在の状況を眺めている。

前を見る。

目の前の男たちは曲刀を飴玉を舐めるように舐めしゃぶっている。


自分を助けられる者は自分しかいない。

智太は覚悟を決めた。


顔を白く塗り、カツラを装着し、着物を着る。

持った扇子を扇情的に動かし始めるまでにかかった時間は1秒も無かっただろう。

超高速のコスプレ能力も与えられているらしい。


「チャンチャカチャンチャン……チャンチャカチャンチャン……」

渺茫たる草の海。

太陽と月が交差する刹那の時。

己を害さんとする4人を前に、智太は舞った。


「異世界にせっかく来れたと思ったらいきなり殺されそうでした」

精一杯の裏声で、溢れ出した言葉を歌う。


「チクショー!!!!!!!」

そして、感情のままに叫んだ。

混ざりけの無い、純粋なチクショーだった。

純粋なる怒りが、世界に叩きつけられた。


セイミーレは血を吐いて死んだ。

だが、目の前の4人の盗賊は生きている。

智太には心の底からの納得があった。


死の眷属はコウメ太夫を知っているから笑うことが出来たが、

コウメ太夫を知らない異世界人にとっては、

突然として白塗りの異装に変装して、裏声で何らかの詠唱を行う恐怖存在である。


「えっ……なっ……」

「この餓鬼……いきなり女を呪い殺したぞ……」

「こ、怖いよ……なんだこいつ……」

「ヒィィィィィィィィィィ!!!!!!!」


だが、誤算もあった。

セイミーレを殺したことで相手に与えた恐怖は、想像以上に大きかった。

一歩、進むだけで、びくりと盗賊たちが身をすくませる。


逃げられるか――智太が逡巡していたその時である。


「見つけたぞ盗賊共!!」

夕闇を切り裂く、凛とした声があった。

おそらく女性であろう――と、智太が判断したのは、

その声の主が、馬に乗っており、その身を白銀の鎧に包んでいたために、

正確なところがわからなかったからである。


だが、おそらく盗賊を捕えるためにこの草原に来た騎士的な存在なのだろう。

なれば、やることは唯一つだ。


「助けてください!!!!!こいつらが俺の友だちを殺したんです!!」

「殺ったのオメーだろ餓鬼!!!!!!」


「なるほど……」


智太は盗賊と一緒に捕らえられた。

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