固有スキル《ステータス》

 アベルが何気ない声でそうつぶやいた時、場の空気が確かに揺らいだ。何かの魔法が発動された気配がかすかにしたが、一見変化はない。


「本当は黙って見ることも出来るんだ。けど覗き見は主義に反するからね」


 アベルは空中にまるで見えないインターフェイスでも浮かんでるかのように、なにもない空中を人差し指でタッチしてゆく。目線はこちらを向いているのに、焦点が合わない。自分より30センチ手前の空中を眺め、まるで何か読むように目が横に滑るのが、怖い。人外の目線の動きだ。


「ちょっと……何してるんです」

「ん〜……中々におもしろい《ステータス》だ。へえ……なるほどねえ……」

 アベルはさも面白そうに笑った。


「君は……アレだね。無関心を装っているけれど、内面はそんなことはないね。繊細で、多感な方だ」

「……何て?」

 空中の一点を見つめるアベルが、何かを読み上げ考察するようにペラペラと喋りだす。高揚した声色が不快だ。


「学力……知識欲……向上心……申し分ない。品性も兼ねそなえている。君はきっといい魔女になるよ。しかしなんだい、このゴミみたいな体力は。これで本当に魔法が使えるのか? 魔力の質はとびきり上質なのに、肝心要のMP量はカスだ。目も当てられない……。ははあ、さては君、若いのに走り込みをしてないな?」

「ご明察」

 フギンが耳のそばで、からかうように笑って言った。


「なるほど、潔癖な傾向も見受けられる。もちろん綺麗好きという意味ではないよ、倫理観の話だ。君には現実はさぞ生きにくいだろう。まるで在りし日の僕を見ているようで心が痛むよ」

「ちょっと待て! 待て待て待て!!」

 私は耐えかねてついに会話の腰をへし折った。

「なんだい?」

「さっきから、何を長々と言ってくれちゃってんですか。それが、勇者のスキル?」

 私の問に、アベルはまたしても肩をすくめてみせる。

「なんだい、この僕の能力を疑っているのかい? 試しに経験人数でも読み上げてみせようか?」

「マジでやめて!!!!」

 アベルはハハハと腹から舞台役者のように笑った。

「冗談だよ。勇者だとか、血筋とか、能書きはどうでもいい事だ。重要なのは、僕には君のステータス……能力を数値化したものや獲得実績トロフィーが見えている、この結果だ」

「……そんな」

 バカみたいなことが、と続けようと思ったが、この自信満々に語る自称勇者を否定する要素を持ち合わせていない。


(……他人の情報を覗く能力なんて、そんな能力……)

 聞いたことがない、と続けようとしたが……、残念ながら、良く聞く。ゲームや、あふれかえる異世界転生ものなどの、フィクション上では、おなじみの能力だ。大抵の場合、主人公が一番最初に使う。主人公だけの特別な能力だ。それを目の前のひとりの女の子――生徒会の会長であるというだけの女生徒が使うという。


 改めてアベルを見た。青髪と赤髪が混ざる髪の毛。長い睫毛に縁取られた意思の強いオッドアイの瞳。さも自分が世界の主人公ですと言わんばかりの自信満々の喋り方……。そして、魔力持ちの外見は、生まれ持った魔力の性質を示すようになると聞く。

(嘘だろ……胡散臭いのに……勇者のキャラデザっぽいと思えてきた……)


 うっかり信じそうになって、頭を振った。この世はいろんな奇人変人がいる。この、目の前の自称勇者は、日本でもトップクラスの奇人だろう。そして、自称勇者なんてありえない設定を受け入れて、歓迎して持て囃すクラスの女子たちも、奇人だ。奇人ファミリーだ。

(……奇人の仲間入りはしたくない)

 自分だけは最後の砦でいたい。本当にヤツが勇者か否かという問題は、永久に保留にしておこうと心に誓った。

 

「僕は、この靴を割った犯人の手がかりを掴みたい。しかし、君は犯人ではない、と言う。動機はあるように見受けられるが、さも初耳だという君のトボケた顔も、演技とも思えない。このままでは真実を見失う。そういう時に、このスキルは役に立つ。君の細かなデータを慎重に読み解けば、性格や行動原理が見えてくるってもんだ」

「……その話が仮に、万が一、本当なら、清々しいほどにプライバシーの侵害じゃないか」

「だから保護者の不銀殿に、前もって許可をもらっただろう?」

「ウム」

 フギンはふんぞり返って返事をした。

「……普通は真っ先に本人に同意を求めるもんでしょうが……」

「おや。任意同行に抵抗しなかったし、同意は取れたものと思っていたよ」

「えぇ……?」

 徒労感がのしかかった。このキワモノの二人に常識を求めるのは難しいようだ。アベルは全く意に介さない様子で、ページをめくるような指の動きをさせながら、虚空を興味深そうに眺めた。


「君のとぼけ顔が演技かどうかを知りたければ、演芸関連の獲得称号が《ステータス》にあるか調べればいい。おや、『寡黙な樫の木』の称号があるね。学芸会では木の役だったのかい?」

「なんだその称号、バカにしてるのか?」

「僕に言わないでくれよ、君の実績だろ? 君に他人を騙すような高度な演技は期待できなそうだね。……余談だけど、もちろん他にも実績はあるよ。最近でいうと、『使い魔思いのご主人様』、『駆け出しネットショップオーナー』、『顧客の願いに報いし者』、『友情はいつもツンデレ』……」

「ちょっと!! いちいち読み上げるのやめてくれませんかね!?」

 自分の実績とは信じたくないけれど、なんとなく身に覚えがあるようなフレーズを並べられるとゾワゾワとする。こいつの能力、信じたくないけれど、……信じたくないけれど……!


「うーん……これ以上、演技に役立つものは見当たらないね。君のとぼけ顔は、素のリアクションであるらしい。あとは動機だな……どれどれ。思想的にも、過激なものはないね」

「そりゃどーも!」

 組んでいた足を解き、デーンと前に投げ出した。なんだかもう、好きにしてくれという気分だ。


「思った以上に正義感がある……。ただ、臆病だ。ひどく臆病だ。勇者の僕から見ると大抵の人間はそうだけれど、君の勇気の数値はある時期から右肩下がりだ」

 ある時期から、という一言にドキリ、とした。

「……ある時期」

「そして、この歳の女の子にしては、擦れている。君ぐらいの年頃の子なんていうのは、きっと誰かが現れてなんとかしてくれると――白馬の王子を待つように、誰かの助けを待つもんだが。救ってくれる人間なんて居ないことを、誤学習してしまった。その反面、『死ぬまでにもう一度、王子の存在を、誰かを信じたい』と願っている――心を開こうと努力したいと願っている」

「――そんなこと」

 ない、と続けようとしたが、アベルはかぶせるように続けた。


「けれども、やはり君は怖いんだ。そりゃそうさ。心の扉をあけて、誰でも出入りを自由にすれば、善人ばかり入ってくるわけじゃない。泥棒や裏切り者だって、君のきれいな心を土足で踏み荒らすだろう。確率の問題だけれどもね、そういう信頼を仇で返す輩は一定数、必ず、絶対、いるものだ」

「……」

「人を信じるのが怖くて、けれどやはり信じたくて、問題を先送りしている。『いつかは、もう一度信じよう』。聡明な君の頭は、本来考えるべきことを横に置いて、思考停止し、過去の傷口をなぞってばかりいる。では聞くが、その『いつか』はいつ訪れる? 十年先? 二十年先?」

 そんなこと、分かっていたら苦労しない。押し黙る自分に、アベルはなおも続けた。


「先送りは楽だ。『その時が来たら出来るんだ』と希望が持てるからね。しかし傷とは果たしていつ癒えるのか。どうやったら癒えるのか。それが問題だ。その癒えるタイミングが死の直前ならば、君はどうする?」

「アンタは一体何が言いたいんだ!」

 私は立ち上がった。アベルは白い歯を見せて、爽やかに笑ってみせた。睨む私の視線を断つように、または場に区切りを設けるように、両手をパンと叩いた。


「さて。《ステータス》のおかげで君のことが、良く分かった」

「…………サイデッカ」

 一方的に持論を展開させて不愉快極まりない気持ちだ。

 ただでさえ怪しい能力だ。いちいち思い当たる節があるとはいえ、その情報をたたき台にしてお説教をされる謂れはない。事情を知っている人物――親とかフギンとかふーことか――にされるならまだしも、数時間前まで他人だった人に言われても、聞く耳なんて持てるはずもない。正論であればあるほど程、耳に入っていこないというものだ。


「残念だけれど、この事件ははじめから調べ直しのようだ」

「!」

「――すると」

 後方に控えていたしのぶが、声を上げた。


「メイジ君は《魔女狩り》ではない。この子の中身は単純だよ。この性格では、悪事を働くことはないと思ってもよさそうだ。他人を騙すような器用さも、騙されている様子もない。陸上空部との接点も皆無だ。恨みも何も、運動そのものに興味がない。自分以外の魔法使いがスポーツで活躍しようが失敗しようが、どうでもいいといった様子だ」

「……」

 言い当てられて、不本意ながら首肯した。自分にスポーツ観戦の趣味すらない。


「メイジ君は、《魔女狩り》ではないと僕は考える。以上! 聞き込みは終わりだ。ご協力に感謝する」

 アベルは自分に向かって手を差し出した。感謝の握手のつもりなのだろう。しのぶの様子を振り返ると、なぜだかものすごく悔しそうにこちらを睨んでいる。

 ……どうやら本当に、これで自分はお役御免となったらしい。

 差し出された手を掴むのは気が引けたが、これで不愉快な思いが終わりならばと、握りかえした。アベルはその手をブンブンと縦に揺さぶった。


「ね? スキルを使えば手っ取り早かっただろう?」

「……初めから、全部質問してくれたら嘘偽りなく答えましたよ。それが一番手っ取り早かった」

「でも、君の返答が本当か嘘か、僕には見抜けない。ステータスを見た今なら、君が嘘をつきたがらない性格だと分かるけどね。だから君と僕は対面する必要があったし、僕の目で直々に、真実を確かめる必要があったんだよ」

「……よっぽど自分のスキルとやらに自信があるんですね」

「内面も把握できるからね。最短ルートだと自負しているよ」

「……」


(果たしてそうだろうか?)

 と胸中で思う。

 スキルの効果が仮に本当だとして、他人の人生の出来事を一部知ることができたとしても、その人のすべてが分かる訳じゃない。

(人間はそんな簡単じゃない……と思う)

(人間は、実績や結果だけで出来てるわけじゃない……)

 ゴールに到達できなかったものは評価されないシステムでは不十分だ。大事な過程を割愛して、人間の何が分かるというのだろう。

 一見同じ実績でも、過程が違えば違う意味合いになる。例えば「東大合格」という実績があるとして、一方は裕福な学生で有名塾通いの末苦労もせずストレート合格、一方は苦学生で参考書すら買えない中独学で挑んだ結果では、見えてくる物語が違ってくる。

「……」

 それでも、アベルが勝手に納得して、厄介な容疑が晴れたというなら、それで良しと片付けよう。はあ、とため息をつくと、アベルはウインクを投げつけてきた。


「まあ、本音を言えばね、君を呼んだのには別の理由もあってね……」

「なんです」

「君が犯人じゃなかったら、……いや、まあ犯人だとしても、かな。僕は君に言いたいことがあったんだ。伝えたかった。面と向かって」

「だから、……なにを」

 私は彼女が何を言い出したのか検討がつかず、先を促す。


「……《幸運の鍵しっぽ》の件は、実に残念だったね。君は、悪くないよ」

「――な」

「よく耐えたね。君は他人を思いやる心を持った魔女だ。君の行いに唯一ケチをつけるとしたら……。効果のないオマジナイに『幸運になる』だなんて、慣れない嘘を付いた事くらいさ。でもまあ誰しも、相手に良かれと思って優しい嘘をつくものだ。休学に追い込む程の大罪ではないだろう」


 突然アベルの口から、あの日欲しかった言葉がこぼれ落ちた。


「おや、色々と聞きたげな顔をしているね。さっき言ったろ? 僕らは丁寧に火元を調べると。丁寧に、丁寧に、……本当に、丁寧にだ。過去を遡り、県をまたぎ、手を尽くして、当時の事を調べたのさ。もちろん、城間君へ協力を仰いだよ。高見君と、取駒君、だっけ? 彼女たちにも」

「高見、取駒」

 アベルの口から――つい数時間前に出会ったばかりの人物から――人生を狂わせた重要人物の名前が挙がり、動揺を隠せない。アベルはそんな自分を全く気にしない様子で続けた。


「そして、僕は事件を両面から洗って、君の過去を追体験した」

「……追、体験」

 驚きで言葉が詰まる。

 あの日、誰も拾い上げなかった自分の物語を、この人は、時間と場所を超えて拾い上げたというのだ。アベルはこちらの様子を気にせず続けた。


「君は、運がなかった。進学後の書き込み発覚もね、不運としか言いようがない。君は差別を良しとする他人を憎み、不条理な世界に絶望した。実際、君の《ステータス》は、人間不信に陥っていることを明確に示している。それなのに、懲りずにもう一度、学校に来た。失ったものを取り戻すために。そして今も、僕の前で、震えるように立っている。素晴らしいよ」

 アベルは淀みなく続ける。

「僕が同じ中学で、君のクラスメイトであったなら、君に出来たこともあっただろう。書類を眺めて、何度も思ったもんだよ。勿論、僕なら立ち上がる。あの日の口論の中で!」


 目の前の、数時間前まで他人だった少女は、まるで壇上でスポットライトを浴びているかのように、まっすぐにピッと手を挙げてみせた。


「『四方山メイジ君は、そんなことをする人じゃない!!』と。『まだ疑うのならば、この僕が、証明してみせよう』と叫ぶ! ……いや、待て……? 『取駒君、君に《呪い》というものがどんなものか、真の恐ろしさを教えてやろうか!?』っていう切り口もあるな」


 私は呆気に取られながら、それでもなんとか言葉を紡いだ。

「……それじゃ、アンタまで『悪い魔女』扱いをされる」

「何を言っているんだい。そんな事を臆するような僕だと思うか。僕は勇者だ。結城家の勇者だぞ!」

 アベルは自身の胸をドンと叩いてみせた。

「僕なら君のそばに立ち、一緒に立ち向かったさ。君の無実を皆の前で立証しきってみせる。あの日の君と高見君の行動を分刻みで洗い直し、《呪い》は不可能だと立証してみせる。いや、してみせた」


 アベルは、私にクリップ留めされた書類を投げつけた。反射で開かれたページに目を落とすと、「四方山メイジ9月20日行動表」と題されたページが目に入ってきた。細かくセル分けされたその表には、高見さんの証言や行動、商店街の地図まで細かく纏められている。これは。これは……。


「君の最大の不運は、僕が、城間君が、隣にいなかったことだ」

 アベルはそう言って、自分から書類を取り上げ、いたずらにページをめくる。


「迫害は、魔力持ちの宿命だ。……魔力持ちのほとんどが、大なり小なり君と同じ体験をする。人より多くの力を持って生まれてしまったのだから、見た目が違うのだから、多少の軋轢はしょうがない……と、言う者もいるが、そんなのが何の慰めになる? 痛みは個々人のものであり、他人の弁説でどうこうなるものじゃない。……だから僕も、『君は、良く耐えた』『君は、悪くない』と月並みな事しか言えない」

 アベルは分厚い書類を会長席に投げた。過去の痛みをまとめた書類束は磨かれた机の上をすべり、二つに断たれた靴にぶつかって止まった。


「しかし、役に立たないなりに……。寄り添う事くらい、許されるはずだ。これは、隣に立つ者の特権さ。僕は君に直接会って、こうしてやりたかったんだ」


 アベルはまだ着慣れない自分の制服の背中を、さすった。胸の内側に、いまだ半乾きの傷を抱えた自分には、その手の重みは、とても温かく感じた。


「……っなんで、こんな事を自分に言うんですか」

「何故って、……」

 アベルは少し思案した。


「勇者たる僕は、勇気のある同胞が好きだが、臆病者が勇気を振り絞って立ち上がる様はもっと好きだから、だろうか……。事件を調べているうちに、一言贈りたくなったんだ。闘う君を。応援してるやつも世界にはいるぞ、と。僕は仲間だ、と」

 見返すと、アベルはにっこりと笑って、今度は無遠慮に背中をバンと叩いた。


「人生は面白いだろう。絶望して、希望なんて世界中どこを探しても無いと分かっても……こうやって時を越えて、全く別の場所で、全く予想もしない人物から、全く関係ないタイミングで与えられるものさ」

「……本当に今、……そう、思ってます……」


 本当にそう、思った。人生、何がどうなるか分からない。あの日、重たい胃を引きずって、勝ち目のない巨大な壁と戦っていた小さい自分が、ほんの少しだけ、救われた気がしている。


「でも、そうやって、あけすけに全部口にだされると、本当に心底興ざめです」

「そこが君の君たる所以だな」

 アベルは今日一番いい笑顔で笑った。私も、やっとそれに答えて笑うことが出来たのだ。




「さて、話は変わるが――……」

 アベルはひらりと短いスカートを翻して反転した。パン、という手拍子付きだ。


「僕には、どうしても僕の仲間に入れたい人がいてね。何度も勧誘したけれど『幼馴染のお守りが大変で』と断られてしまっていた。その幼馴染がこうして立ち直った事で、彼女もそろそろ僕の話を聞いてくれるのではないかと期待している。紹介しよう」

 アベルが廊下の方を見た。扉の向こうからドタバタと誰かの走る足音が聞こえた来たかと思ったら、ガチャと音を立てて扉が開き、見慣れた顔が部屋に飛び込んできた。


「メイジちゃん、大丈夫!? ちょっとどいて!」

「グハッ」

 扉の前で止めに入ったしのぶが、ふーこに突き倒された。ふーこは物騒にも、片手に白百合の杖を抱えた姿だ。


「ご存知、城間冬子君だ」

「メイジちゃん! 酷いことされてない!? 大丈夫!? クラスで何があったの!?」

「ふっ、ふーこ……!?」

「ちょ、コラ! 勝手に入ったらアカン!」

 ふーこはしのぶの静止の声も聞かず、自分のところまで小走りで駆け寄って、アベルから自分を守るように杖を構えて立ちふさがった。


「アベル先輩! メイジちゃんに何したんですか!」

「おいおい。全く、人聞きが悪いな。来るなり決めつけるのはよさないか。なんにもしていないよ」

 アベルは冗談っぽく降参するように両手を上げる。


「城間君はね、臆病な君に代わって、火消しを全部やってくれたんだよ」

「火消し?」

「某巨大匿名掲示板、並びに各SNS上の書き込みの削除申請、書き込み元の弁護士を通してIPを調べ、プロバイダー経由で……お金と根気と時間と、おおよその労力が掛かる面倒なことを、全部さ。当事者じゃなかったから、だいぶ骨が折れたと思うよ。有能だね」


 改めてふーこを見る。いつも綺麗にしているゆるふわの金髪が乱れている。よっぽど大慌てで生徒会室までやってきたらしい。


「某掲示板に事実無根の書き込みをした犯人は、君の元クラスメイトだそうだ。城間君はその人の家まで乗り込んで、もう事件を吹聴する真似は二度としないよう念書を取ったそうだよ。中学の尻拭いの件といい、君はもっと友情に感謝するべきだと思う」

「……ふーこ……」

 私が呼びかけると、ふーこは気まずいのか、目を反らしたまま言った。

「……わたし、メイジちゃんのために出来ることは何でもするんだって、小さい頃から、決めてるの。メイジちゃんに言ったら、『自分のことは自分で解決する』って怒られちゃいそうだから、その……い、色々黙ってて……、ごめんね」

 庇われた格好ではふーこの背中しか見えないが、後ろ向きのふーこの色素の薄い小さい耳が、さあっと赤くなるが分かった


(なんでこいつは……)

 いつもいつも飽きもせず見捨てもせず、自分に良くしてくれるのか分からない。「恩返しだ」とふーこはいつも言うけれど、恩を売った覚えはないし、ふーこからはいつも受け取るばかりだ。中学の時も、今も。


「ふーこ……。その、いつも……。いつも、ありがとう」

 こいつに謝ったりお礼を言ったりするのは、照れくさい。本心から述べる時は、なおさらだ。

 ふーこは勢いよくグルリとこちらを振り返った。目尻も頬も鼻も赤い。大きな水色の瞳に涙をいっぱい溜め込んでいる。あ、だめだ。こいつ、めちゃくちゃ感極まっている……。

 そう思う暇もなく、ふーこががばりと抱きついてきた。

「グエ」

「君は孤立無援で戦っているつもりだろうが、いい加減仲間に頼ることを学習したほうが良い。君を助ける者も、理解する者も、いる。狭い教室に居なくとも、広い世界には、絶対にいる。……だいたい、ヒーローなんてものは存外卑劣で、徒党を組んで悪を倒しているじゃないか。アレは婉曲に『目的のためなら手段を選ぶな』『他人の手を借りろ』と教えてくれているのだよ。君は一体何を彼らから学んだんだ?」

「……確かに」

 アベルのあまりの言説に、私は思わず笑ってしまった。

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