シーズン1「春はあけぼの。やうやうゲームにそまりゆく」-5

 「マッキーやっぱうめえな。俺たちの中でも断トツだよ」

「そんなことないよ。みんなもうまいし、みんなのおかげで僕もうまくなれたんだ」

僕たち四人はいつも一緒だった。マッキーは僕のあだ名。はじめてつけてもらった宝だ。その日もいつものゲームセンターに対戦に来ていた。負けたら交代。僕はその日、絶好調ですっとプレイを続けていた。

「これで九人抜きか。次で十人。ここの猛者たちに十人抜きってすごいぞ」

「対戦来た!やってやれマッキー」

僕は気合を入れてレバーを握りなおした。

「おい。お前ら。ずっとやってるよな?俺たちもやりてえんだよ。そろそろどいてくれねぇか?」

強く攻撃的な声を浴びせられた。いままで悪意のある言葉を投げられた経験がなかった。言葉だけで、声だけで、怖くてたまらなかった。

「ど、どきません。僕たち何も悪いことしないですから」

「そうだ。僕たちは悪くない」

「マッキー気にしないで続けて」

友達の声が震えていた。いたたまれなくて、胸が苦しくて、喉が渇いて、何度も何度も唾を呑み込んだ。

「このガキが。中学生ぐらいだろ?いいから早くどけよ」

画面では対戦がはじまっていた。僕は、僕は、手を止め勢いよく立ち上がった。椅子が大きな音を立てて転がる。

「勝負……」

「あん?」

「勝負しましょう。あなたが勝ったらもうここには来ません。僕が勝ったらもうここに来ないでください」

心臓が体全体を震わし、大きな音を立てていた。息が苦しくて、鼻で必死に空気を吸った。

「はははっ。いいねぇ。やってやろうじゃないの。ほら、向こうの対戦台行こうぜ」

「マッキー……」

なんで勝負なんて言ったのか分からない。他にいい方法があったと思う。でもその時は必死で咄嗟に出たんだ。


 スト4の対戦台。僕は使い慣れたガイルを選んだ。相手は「豪鬼」だ。以前は隠しボスとして登場していた強敵。求めるものは究極の「死合い」。多彩な攻撃を持つ攻撃的なキャラクターだ。気を抜けば、一気にやられてしまう。しかし隙はある。隙をついてカウンターを狙うんだ。

「マッキー、勝ってくれ。あんなやつ倒して」

友達が肩に手を乗せた。熱が伝わってくる。こんなに力強いことはない。画面に、レバーに、ボタンに、集中した。

「FIGHT」

開始と同時に豪鬼は後ろに下がって波動拳を放った。波動拳を追って距離を詰めてくる。僕は波動拳をガードし、相手がジャンプすると読み、サマーソルトキックを放つ。しかし読みははずれ相手はガードした。飛んでしまった僕を昇竜拳で追撃し、立て続けに攻撃を入れられた。

「K.O.」

一戦目はあっという間に取られてしまった。まだ、まだ、ある。大丈夫。相手の攻撃は読んだ。いける。いける。今後はこっちから仕掛けよう。

「FIGHT」

豪鬼はジャンプして上から波動拳を放つ。これを読んでした。ソニックブームを放ち、相殺すると、ステップして距離を縮め上下の蹴りで一気に畳み込んだ。よし!と思った瞬間だった。豪鬼はジャンプしてガイルの後ろに回り込んだ。ガードが間に合わない。連打を浴びせられる。さらに攻撃は続く……。

「K.O.」

負けた……。相手が蔑んだ笑みを見せる。

「おい。約束だよな。ガキはさっさと失せなっ」

僕たちは無言のままその場を去った。そしてもう二度と四人が揃うことはなかった。


 「翌日、友達と学校で顔を合わせてもかける言葉が見つからなかった。お互い避けるようになっていった。そして僕は、人とも学校とも距離を取るようになった。さらに転校したことでもうどうしようもなくなった」

些細な事が、オレたちには重大だったりする。オレも仲のいい友達と疎遠になったことがある。ちょっとだけ、想いがすれ違っただけで。

「怖いんだ。また負けて、すべてを失うのが。居場所を失うのが」

牧田はうつ向いたまま、歯を食いしばる。オレはそっと目線を夜景に移した。

「……大丈夫。今度は大丈夫だよ。負けても何も失わない。私はピカイチくんの味方。負けたって友達だから。ねっ。飛鳥くんもそうだよね」

「そ、そうだよ。オレも味方だ。友達、だよ」

友達……。オレも怪我でサッカーを辞めてから、人と距離を取っていた。サッカーでしか友達の作り方を知らなかった。中学三年生の頃は、いつも一人でいた。千葉からこの東京杉並区の高校を選んだのも誰も知り合いがいない所に行きたかったからだ。中くらいがゲーム部に誘ってくれて、同じクラスに牧田がいてくれて、友達になれて、居場所ができて、救われたんだ。

「ねぇ……。ゲームしない?みんなで楽しくゲームやろうよ」

「ゲーム?」

牧田とオレの声が重なる。さすが中くらい、いい意味で空気を読まない。よし!とりえあずゲームして難しいことは置いておこう。牧田のゲームがいっぱいの部屋で「ボンバーマン」で仲良く殺しあった。笑い声が絶えない平和な世界だった。中くらい、ボンバーマン強えの。むきー。また負けた。誰だって負けることはある。負けるからまたやりたくなるし「次こそは」って立ち上がれるよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る